第112話 豹変
――戦争。
その言葉に空気は重くなり、誰もが口を閉ざす。
しかし取り乱す者はいなかった。
直前のグザヴィエ殿下の口ぶりから過る嫌な予感に身構えていた事もあったのだろう。
クーデター以上に大規模な危機など、早々あるものではないのだから。
「これまで聞かされていない者もいるから、改めて現状について整理しよう。特にクロエ嬢、カミーユ、リュカは不明点があれば都度聞いてくれ」
「は、はい……」
「畏まりました」
クロエ様とカミーユがそれぞれ返事をし、リュカは無言で頷く。
思い返してみれば、事の発端はレーヌ様が自らを聖女と名乗り、ジュリエンヌ様を貶め、グザヴィエ殿下を籠絡させようとした事だった。
そしてこの件に関しては殆どが学園内の出来事であり、またレーヌ様のその後についても共有は学園内で行われた。
王立学園の敷地に立ち入らないクロエ様やカミーユ、リュカが持つ情報は私達に比べて圧倒的に少ないと言える。
故にまずはこの場の全員の前提知識の足並みを揃える必要があった。
「まず、未来の王太子妃であるジュリエンヌを陥れようとした罪でマリオット男爵の養子、『聖女』レーヌが捕らえられた話は知っているかな」
「はい。後にマリオット男爵家は義理の娘の犯した罪の責を感じた事や周囲からの批判に耐えられず一家で心中したと」
「ああ、世間ではそのように言われているだろうね」
積極的に発言をする性格ではないクロエ様やリュカの反応を窺ってから、カミーユが彼女達の代弁も兼ねて返答する。
しかしカミーユの話はあくまで公になっている、不十分な情報だ。
「だが彼女の罪状は別にも存在する。平たく言うなら、国家反逆罪だ」
重い沈黙が訪れる。
既に真相を知っている者も、初めて耳にした者も、易々と口を開く事は出来ない空気が漂っていた。
「マリオット男爵はソニストゥセ王国の間者と繋がり、我が国の内部崩壊を目論んでいた事が明らかとなっている。レーヌはその為にレグリアスへ派遣され、『聖女』という絶対的な能力と立場を利用して私の籠絡と、ジュリエンヌの立場を奪う事を目的としていた」
「王太子妃となり、政治に口出しできる立場を求めたと。ただの男爵令嬢では不可能な話ですが、『聖女』ともなれば話は別ですしね。事実、歴史上には平民の『聖女』が王族と結婚した国もありますし」
「そういう事だ」
顎を撫でながら情報を整理するカミーユの言葉に、グザヴィエ殿下が頷きを返す。
そう。戦争という言葉を初めに意識したのも、あの時だった。
平和の為、長きに渡って続いていた関係をソニストゥセ王国が反故にする動きはあの時からあったのだ。
「更に問題だったのは、彼女が『夢の香霞』を我が国へ持ち込んでいた事。国が厳重に管理している魔法器を個人が盗み出せるわけもない事を考えれば当然、これもソニストゥセ王国の決定だろう」
「一時期、ジュリエンヌ様に関する根も葉もない噂が流れたのも、それを信じてレーヌ嬢の肩を持つ者が増えたのも、彼女が『夢の香霞』を用いた事が理由だと考えられます」
「『夢の香霞』……待ってください。今、レーヌ・マリオットは捕らえられているんですよね? では三魔法器の内二つが我が国で管理されているという事ですか?」
「我が国に存在するという点は正しいが、管理出来ているという点は誤りだね」
グザヴィエ殿下の説明と、それに続くアンセルム様の補足。
それに対するカミーユの問いに、グザヴィエ殿下は首を横に振った。
「『夢の香霞』はまだ我が国にあると考えて良い。ただしレグリアス王国として管理が出来ている訳ではない。何故なら、元の所持者であったレーヌ嬢は――既に、暗殺されているのだから」
「「……っ」」
カミーユとリュカが目を見張り、息を呑む。
その矢先。
カシャン、と音がした。
驚いたクロエ様が持っていたカップを滑らせてしまった音だった。
幸い、カップはソーサーに戻される直前であった事もあり、紅茶も少し飛び散る程度で済んだ。
「クロエ」
「ご、ごめんなさい」
アンセルム様はハンカチを出してクロエ様に差し出す。
更にヴィーが壁に寄せられていたワゴンから台拭きを取り、テーブルの濡れた箇所を手早く拭いていく。
クロエ様の顔色は悪く、肩は細かく震えていた。
それを見たアンセルム様は、彼女を安心させるように震える手を握ってやりながらグザヴィエ殿下を見る。
「殿下、やはり」
「悪いけれど、退席はさせられないよ」
アンセルム様の言わんとしている事を悟ったのだろう。
彼の言葉はグザヴィエ殿下によって遮られた。
「その話はもう終わったはずだよ、セル。この場にはこの話を知るべきと判断した人物しか呼んでいない。それにこの話を聞く事が彼女の為に繋がるという事も、理解しているはずだ」
グザヴィエ殿下の口調は淡々としており、怒りのような激しい感情は感じさせない。
穏やかな笑みも普段通りだ。
……だが。
「――退室は、許可しない」
改めて言い切った彼の纏う空気には、日頃物腰柔らかな印象を抱かせる彼からは想像もつかないような重圧を感じさせられる。
肺が圧迫されるような威圧感と、微笑みの奥に隠れる冷ややかな視線。
それらが私の――延いては周囲の者達の背筋を凍らせたのだった。
いつも評価・ブクマ・リアクション等々、応援ありがとうございます!
難しいお話が続いておりますので、キリが良いところまではなるべく更新頻度高めにしたいなの気持ちでおります!
少なくとも8月中は毎日投稿できたらいいな……。
難しい話は作者の頭がパンクするのでうんうん唸りながら頑張ってます^^;;
一緒にうんうん付き合っていただけますと幸いです……。
そしてま~~た想定以上に話が伸びているので、近々章の整理をさせていただければと思います。
チラ見せしている章の名前や初期から想定している展開もきちんと回収しますので、もう暫くお付き合いいただけますと幸いです……!
(完結はまだまだ先になりそうです……!^^;;)
今後ともご無理のない範囲で、何卒よろしくお願いいたします!




