第111話 戦争
「しゃ、シャルル様……っ」
「やあ、ニコレット嬢。……いや、考えてみればここは学園ではないし、先輩後輩ではなく貴族としてきちんと敬いを示すべきかな」
想定外の人物の参加に驚いた私が腰を浮かせると、シャルル様はこちらを向いて軽く手を振る。
微笑んでいる彼の顔色は良く、どこか不調を抱えているようには見えない。
それどころか、自分よりも地位が上の私を目上の人間として冗談らしく立てようとしてくる始末だ。
「普段通りで構いません。それよりも、お体の方は」
「ああ、お陰様でね。もうすっかり良くなったよ」
「そうですか……良かったです。けれど、どうかご無理はなさらず」
「どうもありがとう」
研究棟の一件から精々一ヶ月程度しか経っていない。
生死を彷徨う程深い傷を負った事を考えれば、彼の怪我が完治していない事は明白だったが、それでも苦しんだり痛みに耐えているような素振りはない。
その事に胸を撫で下ろしていると、シャルル様は室内を見渡してジュリエンヌ様の姿を見つけ、彼女の前へ歩み寄った。
「昔、社交の場でご挨拶した事はありますが、こうした人数が限定された場でお会いする事は初めてですので、改めて。シャルル・フォンタニエと申します。どうぞよろしくお願いいたします、ジュリエンヌ・ファリエール様」
「わざわざありがとうございます、シャルル様」
頭を深く下げるシャルル様に応えるように、ジュリエンヌ様もまた席を立って丁寧なお辞儀を披露する。
「ご家族の事は伺っております。何と申し上げればよいか」
「どうかお気になさらず。元々殆ど絶縁していたようなものですから」
話によると、フォンタニエ伯爵が捕らえられた後、彼に協力していた疑いからシャルル様のお兄様お二人も捕縛されたとか。
現在はフォンタニエ伯爵家やその領地を国がどう扱うのかという点に注目している貴族も多い。
(けれど、恐らくは重要な話をする場にグザヴィエ殿下がお呼びしたという事は、もしかしたら)
ある推測が過るも、公言されたわけではない話である為、私はその予感を頭の隅へ押しやる。
その間にジュリエンヌ様と挨拶を済ませたシャルル様は次にジュリエンヌ様の隣にいたカミーユを見やる。
「どうも」
短い挨拶に対し、カミーユは普段通りの笑顔のまま片手を軽く上げる。
挨拶に応えるというよりは、その声掛けが不要であると伝えているようであった。
「今のボクは伯爵家の人間としてではなく、ジュリエンヌ様の騎士としているので。いちいち挨拶は不要ですよ」
「そうか」
(二人は学園の在籍期間が被っている時期があったそうだし、もしかしたらどこかで付き合いがあるのかもしれないわね)
何ともそっけない会話が交わされた後、シャルル様の視線が私の隣――リュカへ向いた。
私は我に返ると、リュカを手で示す。
「護衛のリュカです。……リュカ、彼女にも」
「リュカです。姓はカルメル」
リュカは席を立つとシャルル様へ頭を下げる。
意図せずして自分の護衛を紹介する機を手に入れた私は、初対面であるクロエにも同じように挨拶をするようにと彼を促した。
「く、クロエ・ラファルグ……です」
「……リュカは人付き合いが苦手なだけで、滅多に機嫌を損ねたりはしないので。気にしないでくださいね」
クロエ様の名乗りに無言で会釈だけをするリュカが冷たい人間に見えないよう、私は口添えをする。
幸いにも、クロエ様が気を悪くした様子はなさそうであった。
「ああ、君が……。研究棟の時は君にも世話になったらしいね。どうもありがとう」
「……いえ」
「さて。ある程度、自己紹介は終わったかな?」
不愛想なリュカへも穏やかに接した後、グザヴィエ殿下が軽く手を打つ。
更に彼はシャルル様に空いている席に着くよう促し、シャルル様は同じ列に座る者達へ軽く会釈をしてからアンセルム様の隣に腰を下ろした。
王宮の使用人すら離れた室内で、気を配ったカミーユがテーブルに置かれたポットから人数分の紅茶を注ぎ、グザヴィエ殿下はそれを見届けてから再び話し出す。
「薄々気づいているとは思うけれど、今日ここに集まってもらったのは大切な話をしたかったからだ。一部、事前に伝えている者もいるけれど、改めて……ね」
机の上に手を組むんだ彼は鋭い眼光を伴い、普段よりも低い声で告げる。
「今、我が国の裏ではいくつかの暗躍する影が存在する。残念ながら、それを対処しようにも、古代魔法という規格外の力が絡んでいるせいで講じられる手段が限られてきている」
『夢の香霞』は他者を洗脳する力がある。
これがある以上、本来味方として信用に足るはずの人材にすら信頼を置くことが出来ず、重要な情報を易々と共有できない状況下にあるからこそ、盤石な守りの体制を築く事も難しい。
この場に若い人材ばかりを呼び付け、家臣や重役、王太子を強く支持する貴族達を呼ばないのもそのような事情があったのだろう。
「だがリスクを恐れ、いつまでも後手に回る訳にもいかない。このままではいつか迫りくるだろう危機に呑まれてしまうからね」
「その危機というのは、王太子が代わる事を望む者達による革命などの事でしょうか?」
「それも含むだろうね。けれど残念ながら、私が想定しているのはもっと大きな規模の話だ」
手を上げ、問うたのはカミーユだ。
それに対し、緩やかに首を振ったグザヴィエ殿下は、一つ息を吐いてから告げる。
「――戦争だよ」




