第109話 間が悪い護衛
「学園は現在、研究棟での事件を踏まえた上で警備体制の強化について検討している所だ。……今回の件については古代魔法の脅威によるものという極めて例外的な事例ではあるから再発の可能性も低いだろうけれど……流石に一般人の耳に入る程騒ぎが大きくなってしまったからね。学園の体裁の為にも動いてもらわざるを得ない形だ」
空気が緩んだところで、グザヴィエ殿下が話し始める。
何故突然、学園の現状の報告へと話題が移ったのかと抱いた疑問は、その後の彼自身の言葉や次いで添えられたアンセルム様の補足によってすぐに解消された。
「その為、少なくとも方針が定まるまでの間は生徒の希望者には護衛をつけることが許可される事となった」
「暫くの間はニコレット嬢も護衛をつけることが出来る……つまり、今日のような事態を避けることが出来るという事です」
「なるほど。それは……非常にありがたいお話ですね」
日頃、ヴィーや友人といる時は気を遣って離れている事が多いが、ジュリエンヌ様の立場でいうカミーユのような護衛は当然私にも存在する。
その人物の顔を思い浮かべ、後程早速学園内の護衛も依頼しようと決意するのだった。
「そうだ。二人とも、このあと少し時間はあるかい」
そんな私の意識も、グザヴィエ殿下の声で現実に引き戻される。
私がグザヴィエ殿下達と合流した時点で授業終わりから随分時間が経っていた事もあり、護衛についての話に片が付いた時点で、空も暗くなりつつあった。
他に議題などがなければ今日はこのまま解散になるか、と私は踏んでいたが、どうやらグザヴィエ殿下は他にも用がある様であった。
彼が問い掛けた先は私とジュリエンヌ様。
既に帰宅の予定時間は大幅に過ぎていたが、寄り道をしたり突発的に帰りが遅くなることはままある。
グザヴィエ殿下からのお声掛けであれば、彼から遣いが寄越されるだろうし、問題もないだろうと私は考えた。
「はい」
「わたくしも、問題ありませんわ」
「ありがとう。では悪いのだけれど、少しだけ王宮に顔を出してからの帰宅でも構わないかな?」
「それは、構いませんが……」
グザヴィエ殿下やヴィー関係、または上位貴族という立場上、王宮へ赴く事はそれなりにあるが、このようにいきなり招かれるような事はほぼない。
故に不思議に思っていると、アンセルム様が苦く笑いながら事情を告げた。
「クロエに会ってやっていただけませんか」
「まさか……まだ王宮にいるのですか?」
私が最後にクロエ様に会ったのはシャルル様のお見舞いの時だ。
そして現在はあれからそろそろ一ヶ月は経過しそうな頃合い。
いくら何でも長居し過ぎである。
また、私よりも王宮へ出入りしているはずのジュリエンヌ様も驚いたように目を見張っている為、彼女もまた、あの日以降クロエ様とすれ違ったりはしていないのだろう事が察せられた。
思わず聞き返した私の言葉に、アンセルム様は困ったような顔をする。
「最近の天気のせいか、ラファルグ侯爵邸までの道の途中で土砂や落石があり塞がってしまっている状態のようでして。迂回するとただでさえ距離がある侯爵邸までの移動時間が大幅に増えてしまう上、本来の経路より治安が悪い場所も通らざるを得ないようでして」
「ああ……雨季に入ったものね」
熱帯地域のように一定の時期に凄まじい雨が降るといった事はないが、レグリアス王国やその周辺国でも比較的雨が降りやすい時期というのが存在する。
その時期を我が国では雨季と称するのだが、それが丁度今の時期なのだ。
「まあそのような理由から、ラファルグ侯爵に道が整備されるまでの間、彼女の滞在を許して欲しいと頼まれていてね。彼女はセルの婚約者だという事もあるし、理由をこじつけて長居出来るように便宜を図ったんだよ」
「な、なるほど」
「クロエの性格から考えると……王宮での生活はさぞかし心細いでしょうね」
私とジュリエンヌ様はクロエ様の引っ込み思案な性格を思い出し、遠い目をしてしまう。
家から遠く離れた場所、それも自分より尊き立場にある王族の居住区に寝泊りしている状況で彼女の心が休まるとも思えない。
「……是非行かせていただきます」
「ええ、そうね。グザヴィエ様、馬車へ向かっても?」
「話が早くて助かるよ」
涙目のクロエ様の姿を思い浮かべ、こうしてはいられないと私が腰を浮かせると、ジュリエンヌ様も同時に席を立つところであった。
そんな私達を見て、グザヴィエ殿下は満足そうに頷くのだった。
***
グザヴィエ殿下の計らいで帰りが遅くなるとタウンハウスに遣いを出してもらい、私は自分の家の馬車に乗って王宮へと向かう。
……何故かジュリエンヌ様が私の馬車に乗っているのは、先程までご心配をおかけしてしまったせいもあるのだろう。
学園内でも護衛をつけられるようになった件を説明するのなら同時にしてしまった方が手っ取り早いし、説明の漏れも防ぎやすい、などと言っていたジュリエンヌ様は私の隣に座って腕にべったりとしがみ付いている。
また向かいの席にはカミーユと、我が家の密偵兼護衛である少年リュカが座っている。
両目を黒い前髪で隠し、尖った歯が特徴的な少年。
齢十四であり、また同年代の中では小柄な彼は護衛としての腕を見縊られがちだが、その実、非常に優秀な人材だ。
また彼は我が家の護衛としての制服にローブを身に纏っており、一見すると魔導師にも見える装いをしているが彼が得意としている戦術は別物である。
「ボクはさておき……珍しいですねぇ、ニコレット様の護衛が馬車に同乗しているのは」
「近くでも勿論心強いけれど、彼の長所は目の良さと遠方の脅威への対応力だから。それに普段は主人に遠慮して身を隠している事が多いし」
「気を遣っているというか、身を隠している方が敵に警戒されなくて都合が良いんですよ。……いくら腕を磨いたところで、近くにいない時に危険に遭遇されるとどうしようもないんですけどね」
リュカの両目は長い前髪のせいで見えないが、その下には物言いたげな目があるのだろう事が見て取れる。
彼はダブルデートの際は私の命でカミーユや他の騎士達と共に離れた場所の脅威の殲滅に勤しんでいたし、仮面舞踏会の時は立場上、そもそも会場に入ることが出来なかった。
また研究棟の際は彼の長所を活かすべく、また想定された経路以外から脅威が迫った時の切り札として入り口から離れた場所につかせていた。
そして今日もまた、学園の規則の問題から彼は私を送り届けた後、一度馬車と共に学園を離れていた為にラガルド殿下に連れられた私を目撃することが出来なかったのだ。
致し方ない事情が重なったとはいえ、彼が不満を抱くのも当然である。
「何と言うか……すっごく間が悪い子ですよねぇ」
「……心配を掛けてごめんなさい」
「過ぎた事なんでいいですよ。大事なのは今後なんで。……それで? おれまで呼んだのは何でですか、お嬢」
代々我が家に仕える密偵兼護衛の家で生まれ育ったからか、リュカはその歳には合わない程落ち着いた少年だった。
彼に本題を促された私は頷きを返すと、ジュリエンヌ様と共に事情を話し始めるのだった。
さて。
暫くの間、学園内での護衛もお願いしたい……と二人へ伝えた直後の事だった。
「えぇ~……」
日頃飄々とした態度を取っているカミーユが、あまりにも明らかな嫌悪を滲ませ、その美貌にあるまじきしかめっ面を披露した。
まるで汚物や鼠……多足の虫に触ったかのような顔である。
「いやで」
「駄目よ」
カミーユの反応はある程度想像していたのだろう。
ジュリエンヌ様は拒絶の言葉をぶった切り、どこか圧のある笑顔を顔に貼り付けたまま言った。
それを聞いたカミーユは顔を強張らせて言葉を失い、頭を抱えて蹲るのだった。




