第108話 らしくない
着替え終わった私は廊下で待っていてくれたヴィーとジュリエンヌ様と合流する。
「お待たせしました」
「いいえ」
「持つか?」
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」
「そっか」
衣類で手が塞がった私を気遣うヴィーの言葉に首を横に振り、私は生徒会へ続く廊下を見やる。
「それでは向かいましょうか」
「はい」
ジュリエンヌ様が先に立ち、私達は生徒会室へと向かう。
授業が終わってから暫く経っているからか、別の生徒とすれ違う事がないままに私達は目的地へ到着したのだった。
***
生徒会室でグザヴィエ殿下とアンセルム様と合流した私は早速事の顛末を報告した。
ラガルド殿下を追って姿を消したという騒ぎを起こした割に、特段何か事件があった訳でもなければ有益な情報が得られた訳でもないのだが……それでも心配を掛けた身として、報告は大切だ。
グザヴィエ殿下とアンセルム様は暫くの間は真剣な面持ちで私の話を聞いていたが、やがて特に問題があった訳ではない事を悟るとそれぞれ強張っていた表情を和らげた。
「うん、経緯は理解したよ。大変だったね」
「一先ず、ご無事で何よりです」
「お騒がせをしました」
私が戻らなかった事、またカミーユからの伝言を受け取った事から、ジュリエンヌ様はグザヴィエ殿下達に私がラガルド殿下絡みで想定外の事態に遭遇している事は伝えてくださっていたらしい。
それもあって、一度大まかに説明するだけでグザヴィエ殿下やアンセルム様は状況はある程度理解したといったように頷きを返した。
「まあ、当時の君の立場を鑑みるに、あの場でラガルドを追う判断は誤りではなかったと思う。……ヴィーやジュリエンヌは納得出来ないだろうけれど」
不服そうな視線を二つ集めたグザヴィエ殿下が軽く両手を上げながら補足する。
彼はヴィーとジュリエンヌ様の視線に困ったように肩を竦めたが、その顔にはいつも通りの微笑が浮かべられていた。
「勿論、無茶をしろという話ではなくてね。これは君が無事だったから言える事でもあるけれど……まあ、私からとやかく責め立てるような事はするつもりがないというだけの話だ。事実、君の協力は大きい。それによって助けられている面もあるし、私個人としては非常にありがたいと思っているからね」
「光栄です」
「――でも、ニコルは王宮直属の人間じゃないですよ」
私とグザヴィエ殿下の会話に口を挟んだのはヴィーだった。
これは私にとって意外な事だった。
確かにヴィーは長い付き合いであり婚約者である私の身を案じてくれている。
しかし同時に私達は第一王子であるグザヴィエ殿下やその婚約者ジュリエンヌ様をお支えする為に協力関係を保って来た。
ダブルデートの時然り、彼はこれまでだってグザヴィエ殿下の立場を維持する為の手段や必要な協力者として、危険や悪意が及ぶ可能性のある場所に私を同行させる事だってあった。
今後もグザヴィエ殿下という最も優先すべき存在にとって有益な場合には私もリスクを負うべき場面が少なからず発生すると考えていたし、それを理解した上で互いに手を組めている状況こそ、一定の信頼関係を築けている証だと思っていた。
「ましてや騎士や魔導師でもない。体を張るような立場じゃないですよ」
王太子従きの護衛騎士であるヴィーにとって最も優先すべきグザヴィエ殿下という存在。
そんなグザヴィエ殿下の見解に否定的な意見を述べた事も、またそれがこれまでの関係について考えの変化が見られるような発言であった事も、私にとっては想定外の事であった。
「ヴィーがニコレット嬢を案じる気持ちはわかるよ。けれど彼女が私にとって心強い味方である事も事実だ。現に、研究棟での一件は彼女の力添えがなければより望ましくない方向に転がっていただろう」
「でもあれだって、本来は学園側の対応の問題じゃないですか。で、学園がシャルル様の進言にもっと危機感を持って対応していれば、国だって大々的に行動に踏み切れた訳で」
「そうならなかった状況で適切な判断と最善策を見出してくれた事、おまけに『夢の香霞』を持ったラガルドの企ての一部を阻止してくれた事。それを私は評価しているというだけの話だよ。……どうしたんだい、ヴィー。君らしくもない」
『らしくない』。何に対しての言葉であるかを明言しなかったのは同じ空間にジュリエンヌ様がいたからだろう。
彼が『剣術バカ』であると認識しているジュリエンヌ様には、日頃従順なヴィーがグザヴィエ殿下に食い下がる事そのものが珍しいという指摘に見せかける。
けれど実際にグザヴィエ殿下が指摘しているのは『わかり切った事について批判する』という非合理的な行いをしているヴィーについてだ。
この場の誰よりも聡明だと分かっている人間からすれば、彼の発言により強い違和感を抱いていた。
ヴィーはその指摘に対し、数秒口を閉ざす。
何とも重苦しい空気が流れたが、次の瞬間彼は、グザヴィエ殿下の傍から、椅子に腰を掛けている私の背後へ移動すると、勢いよく私を抱き寄せる。
「だって! ニコルが危ない目に遭うのはヤなんだもん!」
ヴィーの大きく明るい声に真剣な空気感は皆無だ。
どうやら彼が『剣術バカ』を演じているらしい事に気付いた私は、張り詰めた空気から解放された安堵で溜息を吐いてから、すり寄るヴィーを引き離そうとする。
「……苦しいわ、ヴィー。あと、声が大きい」
「もんって、お前な……。成人済みの大男が何を言っているんだか」
「君がニコレット嬢を大切に思っているのはわかり切った事だけれどね」
緩んだ空気に乗じて、アンセルム様とグザヴィエ殿下も普段と変わらない様子で言葉を返す。
一見すればいつも通りのやり取りに、いつも通りの光景だ。
しかし私の胸の奥では、先程のヴィーの言葉がつっかえていた。
私は『剣術バカ』の婚約者を諫めるふりをしながら、もやもやとした心を隠すのだった。




