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第六章 初めて見る顔

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第107話 敵対の覚悟

 ヴィーとジュリエンヌ様と合流した後、私は事の顛末を、カミーユは尾行中の自分が見て取れた状況などを共有した。


「……そう。ご苦労様」


 一通りの話を聞いたジュリエンヌ様は小さく息を吐いてから腕を広げる。

 そして私の背中に手を回して抱き締めた。


「貴女の献身がグザヴィエ様の為に繋がっている事には感謝しているわ。けれど、わたくしにとっては、貴女もかけがえのない存在なのよ。出来るだけ、心配は掛けないでね」

「ジュリエンヌ様……。申し訳ございません」


 剣術大会一日目が終わった頃にジュリエンヌ様と話し、他人として見て見ぬふりをしないと決めた時から、私にとって優先すべきはグザヴィエ殿下の御身と、彼に降り掛かる不利益を取り除く事となった。

 それを踏まえれば結果的に何も起きはしなかったものの、私がラガルド殿下の後を追った判断自体は間違いではなかったと言えるだろう。

 しかしそれが親しい人に心配を掛ける結果となった事については、たとえ避けられなかった事であったとしても謝罪すべきだと思った。


(それに、警戒が足らずラガルド殿下の企てに嵌ってしまった事も……今後はもっと気をつけないと)


 ジュリエンヌ様は私を抱いたまま首を横に振ってからゆっくりと離れた。

 彼女は優しく笑い掛けると、学園の内部へ続く道を視線で示した。


「さ、グザヴィエ様とアンセルムが待っているわ。向かいましょう」

「はい」

「じゃあ、ボクはここで待って……あ、ジュリエンヌ様」


 そんなジュリエンヌ様をカミーユが呼び止める。

 カミーユは服のポケットから櫛を取り出して、ジュリエンヌ様を笑顔で手招きしていた。


「あら」


 ジュリエンヌ様は手招きの意図を悟ったらしく、カミーユの前まで歩み寄ると背中を向ける。

 恐らく、授業が終わってからは私の為に慌ただしく動いてくれていたのだろう。

 ジュリエンヌ様の髪は少し乱れていた。

 カミーユはそんな彼女の編み込みを一度解いてから、金色の髪に櫛を丁寧に入れる。


「駄目ですよぉ、ただでさえ最近は殿下とお会いできる事も少ないんですから。折角お会いできる時くらいは気に掛けておかないと」

「ふふ、そうね」


 話している最中もカミーユは手慣れたようにジュリエンヌ様の髪を整え、あっという間に先程とは異なる髪型に結い直してしまった。

 カミーユは小さな手鏡をジュリエンヌ様の視線の先に持ち、彼女が頷いたのを確認してから道具をしまう。


「可愛いわ。ありがとう、カミーユ」

「いいえ、どういたしましてぇ」

「相変わらずカミーユは手先が器用ね」

「いえいえ、それ程でも~。もしよければニコレット様も……ああ、いえ、雨に打たれたばかりですし、結ぶよりも下ろして乾かした方がいいですねぇ」


 カミーユの腕前に感心し、素直な感想を述べれば意外な申し出がされる。

 しかしそれは傍に居たヴィーが突然私を抱き寄せて不服そうにカミーユを睨んだ事によって阻止される。


「もう、ヴィー。カミーユに嫉妬するのはやめてって言ってるのに」

「だってさぁ」

「ふふ、ヴィクトルは普段から子供っぽいけれど、ニコレットの事となるとより幼く見えるわね」

「俺だってなろうと思えば大人っぽくなれますよっ!!」

「その発言がもう駄目そうですねぇ」


 相変わらず『剣術バカ』らしく素直なヤキモチを演じているヴィーに乗じて、私は言葉だけの小言を告げる。


 四人で軽い会話を交わした後、私とヴィー、ジュリエンヌ様はカミーユと別れて生徒会室へと向かった。

 その途中で寄り道をして、私は制服を着替えることになる。

 全身を濡らした私はとても王太子であるグザヴィエ殿下に見せられるような姿ではなかった為だ。


 魔法の授業では実践演習がある為、制服が汚れる可能性もある。その為、制服の数に余裕がある生徒は学園で指定されたロッカーに制服を置いているのだ。

 扉の前でヴィーとジュリエンヌ様に待ってもらい、空き教室で手早く着替えを済ませた私は、ラガルド殿下から与えられた服を畳む。

 その服を眺めれば、自然と今日の出来事が過り、言葉にはし難い複雑な気持ちが広がった。


「……あ」


 そしてふと、私は自分の髪に着いていたバレッタの存在を思い出す。


 ――命令と共に僕に押し付けられたとでも言えばいい。


 そう言ったラガルド殿下との命令の効力はもう切れていると言っていいだろう。

 おまけに、今はヴィーが傍に居る。

 どの様な理由であれ、婚約者が別の異性からもらったアクセサリーを身に着けるなど、ヴィーからすればいい気はしない。


 そう思い、私はバレッタへ触れる。

 それを外す時、愛称を呼んだ時の彼の笑顔が過って、罪悪感が芽生えた。


 ――既に情は湧いてしまっているんじゃないですか?


 カミーユの忠告が脳裏で反響する。


(今日が最初で最後。彼が足を止めない限り、私達は敵対し続ける)


 カミーユの言う通り、ラガルド殿下に少なからず情は湧いているのだろう。

 けれどそれが、私の身近な人達の立場を不安定なものにし、安全を脅かすものとなってはならない。

 何よりも優先すべきは身近な人達の存在だ。


 私は深く息を吐いてから正面を見据えた。


(いちいち揺らいでいてはいけない。しっかり、覚悟を持たなければ)


 気持ちを強く持ち、私はバレッタを髪から外す。

 畳まれた服の上に、紫色の花が静かに添えられたのだった。

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