表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/59

正面を潰せ


中央の赤は、まだ穴の底に沈んだままだった。


見えている。

だが、顔までは出ていない。


沈んだ制御円の真ん中。黒い穴。その奥で、たった一つの赤だけが、呼吸みたいに濃くなったり薄くなったりしている。


ミラが前を向いたまま言う。


「親玉、どうするの」


透はカメラを下げなかった。


「まだ顔を出させません」


「出てきたら」


「その前に周りを痩せさせます」


ミラが小さく息を吐く。


「ほんと、言い方が最悪」


「知ってます」


外周の目玉が、また一斉に這う。

静かだ。

静かなのに、足音だけが妙に多い。


多脚の目玉は、殺しに来るというより、視線の位置を奪いに来る。前へ出ない。横へ散る。ミラの正面を取らず、画面の隅に入る位置へ回り込む。


見せ場を作るための動きだ。


透はカメラの露光をもう一段落とした。

暗い。暗いが、足元はまだ見える。


コメント欄がざわつく。


『暗くね?』

『何も見えん』

『敵どこ』

『もったいぶるな』

『画面仕事しろ』


その流速だけを拾う。言葉の中身じゃない。跳ね方だ。


中央の赤は、さっきほどは膨らまない。やはり、派手な熱狂よりは弱い。


「いけます」


「その“いける”を信用するの、腹立つのよね」


ミラが左外周をさらに削るように進む。狭い線。観測盤の残骸と壁のあいだ。一体ずつしか来られない場所。


最初の一体が低く跳んだ。


透は補助灯を振る。

照らさない。白い線だけを床の割れ目へ走らせる。赤い目がそちらへ流れる。


「今、下」


ミラの刃が低く潜る。脚が飛ぶ。落ちた目玉が転がる。転がった目玉の赤が少しだけ濃くなる。


透はすぐにピントを外した。綺麗に映さない。死骸に意味を与えない。


「死んだやつ、見せません」


「被写体への敬意がゼロね」


「死ぬよりましです」


「それはそう」


短いやりとりのあいだにも、二体目が来る。二体目は壁を使った。三体目は天井から落ちる。


「上、遅い」


ミラが見上げない。見上げないまま、半歩だけ右へ抜ける。天井から落ちた目玉の脚が空を切る。


透はドローンを上げなかった。低いまま、壁へ這わせる。小さな羽音を残骸へ返す。赤い目が動く。


「左、今」


白い刃。赤い丸が二つ割れる。


コメント欄の流れがまた変わる。


『今の何した?』

『敵を映せって』

『でも処理速い』

『状況わからんのにうまいの分かるの怖い』

『情報カメラか?』


熱狂ではない。苛立ちと理解が半分ずつ混じっている。この温度の方が、敵の育ちが遅い。


ミラがぽつりと言う。


「配信をつまらなくして勝つ日が来るとは思わなかった」


「今日はつまらなくないと死にます」


「名言みたいに言わないで」


「事実です」


「最低」


「はい」


その言葉の直後、中央の赤がゆっくり大きくなった。


透は止まる。今の会話ではない。コメントでもない。別の熱が入った。


視線を上げる。


天井の縁に、小さな赤いランプが点いていた。

一つ。二つ。四つ。


固定だ。人工区画の名残みたいに埋まっていた小型の公式固定カメラが、中央制御円を向いて順番に起動している。


ミラも気づいたらしい。


「……最悪」


「運営です」


「見せたいのね」


「見せたら育ちます」


言い終わる前に、透の手元の端末に強制オーバーライドの通知が走った。


【OFFICIAL SUB CAMERA ONLINE:メイン回線へ映像を統合します】


コメントが爆発する。


『お?』

『固定来た』

『やっと全景』

『親玉映る?』

『運営わかってる』

『そこそこそこ!』


中央の赤が、今度ははっきり脈を打った。呼吸じゃない。拍動だった。

見られる準備が整った、と理解した時の動きだ。


透は舌打ちを飲み込む。


自分のカメラを捨てても、配信自体は捨てられない。こっちが熱を落としても、運営のカメラが敵の正面を作ってしまえば意味が薄れる。


ミラが低く聞く。


「どうする」


透は中央を見たまま答えた。


「正面を潰します」


「固定を?」


「はい」


「公式のを?」


「はい」


ミラの口元が一瞬だけ動く。


「ほんと、今日のあんた最悪」


「今さらです」


固定の一台が、中央の穴へゆっくりズームする。オートだ。過剰な演出の匂いがする。親玉の初お披露目、それだけで数字が跳ねると運営は読んでいる。


その通りだろう。

そして、その通りなら、こっちは死ぬ。


透はカメラを低く構え直す。


「右上、一台。外周の残骸の上」


ミラが見ないまま頷く。


「二歩後に飛ぶ」


「一拍で」


「分かった」


目玉の群れがまだ外周にいる。固定を壊しに行けば、背中を取られる。順番がいる。


透は補助灯を振った。

光じゃない。線。足場だけ。ミラの踏み切り位置だけを切る。


一体が跳ぶ。二体目が横へ回る。三体目は床を這う。


「正面、捨てて右だけ切る」


「はいはい」


白い刃が短く二回。脚が散る。右だけが空く。


「今」


ミラが飛ぶ。正面じゃない。親玉へ向かう動きでもない。右上の残骸へ斜めに飛び、着地と同時に剣を返す。


天井端の固定が、赤いランプごと真っ二つに割れた。


コメントが一瞬だけ止まる。


『は?』

『固定壊した?』

『わざと?』

『今何切った』


中央の赤の拍動が、ほんの少しだけ鈍る。

効く。


透はすぐ次を探した。左端。制御円の向こう。壊れた観測盤の影に二台。


「左奥、二。連続で来ます」


「順番」


「手前から。奥の視線は切ります」


ミラが床を滑るように左へ入る。群れの残りがその脚へ集まる。


透はカメラを捨てなかった。捨てないまま、補助灯を逆手に持つ。白い線を固定ではなく、目玉の眼球へ直接入れる。


赤が逸れる。その半拍でミラが一台目を割る。


二台目は少し高い。ミラの剣では届く。届くが、そこへ行く動線が一つ足りない。


透は低く言った。


「止まって」


ミラが止まる。その横を、外周から来た目玉の脚が空振りで抜ける。


透はすかさず、その群れの頭上へドローンを低く滑り込ませた。カメラとしてではなく、羽音を最大にして囮にする。


赤い目が一斉に上を向く。


「今」


白い刃が上へ走る。二台目の固定が割れた。


中央の赤が、明らかに揺れた。


見られる窓を物理的に削れば、育ちが鈍る。やっぱりそうだ。


ミラが着地して低く笑う。


「配信者が公式カメラ壊してるんだけど」


「あとで死ぬほど怒られます」


「あとで済めばいいわね」


「済ませます」


「頼もしいのか図々しいのか分かんない」


「たぶん両方です」


そのやりとりの直後、中央制御円の縁が砕けた。


遅かった。固定を三台落としたが、ゼロには出来ていない。別アングルのどこかでまだ見られている。それだけで、親玉には十分だったらしい。


黒い穴の縁から、赤がせり上がる。


目だ。


さっきまでの目玉たちとは比べ物にならない。丸いというより、縦に長い。半分だけ開いた瞼の内側に、濡れた赤が詰まっている。


その縦長の瞳孔が、まるでカメラのレンズを探すように、ぎょろりと不気味に動いた。視線そのものを貪欲に喰おうとする生き物だ。


『来た』

『親玉』

『うわでっか』

『何あれ』

『見せろ見せろ』


透は親玉を正面から撮らなかった。撮らなかったが、もう空気だけで分かる。


あれは、ただ育つだけじゃない。視線が集まる画角へ、自分から形を寄せてきている。


「……ミラ」


「何」


「次、もっと見せ方を切ります」


「まだ切るの?」


「敵の顔、完全に捨てます」


ミラが一度だけ息を止めた。


「そこまでやる」


「勝つなら」


「私の見せ場、ゼロよ」


「生きて帰る方を取ります」


短い沈黙。

それから、ミラが小さく言った。


「じゃあ、付き合う」


親玉の縦長の赤が、こちらを執拗に見つめている。


次の勝ち筋は、もう一段深い場所にある。さっきまでのやり方では足りない。


透はカメラを握り直した。


配信そのものを敵に回すなら、まだ切れるものがある。

その確信だけを持って、中央への一歩目を待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ