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試験回:カメラが戦術になる


制御区画は、落ちない代わりに間違える場所だった。


橋は崩れない。床も抜けない。天井の補強材も、今日は鳴らない。


その代わり、判断を外すと全部が一度に噛み合わなくなる。


通路の幅。シャッターの開閉。非常灯の角度。死んだ監視カメラの死角。配線の熱。敵の寄り方。ひとつずれると、全部がずれる。


旧破砕ラインのほうが、まだ優しかった。

あそこの危険は黒い穴の形をしていた。見える。避けられる。

ここの危険は、目に見えない。見えないまま、判断だけを静かに噛みに来る。


白石が壁際の操作盤に寄りかかり、クリップボードを脇に挟んだまま言った。


「今日は足場は死なない」


冷たい声だった。


「だから言い訳が利かない」


その一言で、空気の温度が変わった。


落下は言い訳になる。崩落も、蒸気も、粉塵も、ある程度は仕方がないと言える。

でも今日は全部が持つ。足場は生きている。敵は弱い。光も通る。

だから失敗したら――それは全部、俺とミラの判断だけに返ってくる。


ミラが前に立っていた。黒いジャケット。右手のグローブ。剣はまだ抜いていない。制御区画の白い非常灯が、頬の片側だけを冷たく拾っている。面光を入れる前の、生の顔。強い。でも硬い。昨日の保守室で交わした言葉の角が、まだどこかに残っている顔だった。


「ルール、もう一回」


白石が言う。


俺は答えた。


「俺が引くと判断したら、ミラは一回だけ止まる」


ミラが続ける。


「私が押すと言ったら、佐久間は一回だけそのまま撮る」


白石が頷いた。


「どっちが正しいか決めるな。どっちなら、生き残って、なおかつ勝てるかだけ見ろ」


正論だった。正論だから逃げ場がない。


ミラが俺を見た。昨日みたいな怒りはもう表面にない。でも、完全には戻っていない。戻っていないまま、今日の現場に立っている。瞳の奥に、試すような光がまだ薄く残っていた。


「試すわよ」


「はい」


それだけ言った。それだけでいい。言葉を足すと、昨日の亀裂がまた開く気がした。


---


制御区画は、配信を切らなかった。


白石がそう決めた。


「見せる」


その一語で、待機枠が開いた。


タイトルは『判断試験』。それだけ。飾りもない。煽りもない。でもその三文字だけで数字が動いた。昨日の橋。蒸気。配信切断。そこからの続きだと、視聴者はもう知っている。


コメント欄が開く。


『来た』

『試験って何』

『また危ないやつ?』

『カメラマン死ぬな』

『労災申請フォーム、判断試験にも対応してますか』


笑っている。笑っているくせに、全員が昨日の切断を覚えている。笑いの底に、祈りみたいなものが混じっている。


ひとつだけ、毛色の違うコメントが流れた。


『○○のほうがうまくね?』


見覚えのある名前だった。何度か大手の切り抜きで見かけた、別チャンネルの配信者。今は気にしている余裕がない。指先がファインダーに触れる。冷たい。この冷たさだけが、今の現実の手触りだった。


制御区画の最初のフレームを作る。


正面に、長い搬送路。左右に古いシャッター。天井には死んだ監視カメラ。足元には細いケーブル溝。奥で、赤い非常灯がゆっくり点滅している。


敵はまだ見えない。でも、いる。


金属を小さく掻く音。軽い爪。群れ。速くはない。でも迷わない足音。壁の向こう側を、何かが一定の間隔で移動している。


白石が言った。


「導電狐。強くない。だが光と音に寄る」


最悪だった。


光にも寄る。音にも寄る。つまりカメラも、補助灯も、ドローンも、全部が餌になる。


――でも同時に、それは使えるという意味でもあった。


敵が寄る先を選べるなら、戦場の形を少しだけ作れる。その考えが頭に浮かんだ瞬間、心臓が一回だけ重く打った。怖いのか。違う。怖いなら手が震える。これは別のものだ。自分がこれからやることの輪郭が、初めてはっきり見えた感覚。


白石が続ける。


「今日は、それをやれ」


撮るだけじゃない。作れ、と言った。


---


最初の群れは、右シャッターの上から来た。


灰色。狐というより、金属の隙間を走る細い獣だった。毛は短い。背の線に沿って青白い筋が走っている。目は光らない。代わりに、配線の熱を読むみたいに首を傾ける。その仕草がやけに静かで、獣というより精密な機械に見えた。


先頭が三体。後ろに九体。


正面から見ればただの群れ。でも《空間把握》を薄く開くと、動きの質が違う。先頭は餌を探している。後ろは、先頭の反応を見てから動く。つまり先頭をどこへ向けるかで、後ろが全部ついてくる。


群れの構造が見えた瞬間、指が動いた。


まず、補助灯を切った。暗くなる。完全には消えない。非常灯の赤が残る。その赤だけで、導電狐の背筋が薄く浮かぶ。暗闇の中に青白い線だけが走っている。綺麗だった。綺麗なものが寄ってくるのは、いつだって厄介だ。


ミラが剣を抜いた。白い冷気が、制御区画の乾いた空気を一本だけ裂いた。


「押す?」


ミラが聞いた。前を向いたまま。試している声だった。俺がどこで押して、どこで引くのか。最初の一手を見ている。


「まだ」


短く返す。


ドローンを上げた。昨日の吹き抜けで使った古い機体。高いモーター音が制御区画の天井にぶつかって、短く返る。


先頭三体の首が一斉に上を向いた。


――来た。


光じゃない。音のほうへ寄った。ドローンを少し左へ流す。先頭が左へ走る。後ろの九体も、遅れて同じ方向へ流れる。


ミラの正面が、空いた。


俺は初めて、画じゃなく敵の動きを作った。


ほんの半歩ぶん。それだけ。でもその半歩で、ミラの剣の入る角度が変わる。頭の中で何かが繋がる音がした。カチ、と小さな音。誰にも聞こえない。俺にだけ聞こえた。


「今」


ミラが動いた。


白い刃が、流れた群れの横腹へ入る。正面からぶつかるんじゃない。横から切る。先頭三体が一閃で割れ、後ろの九体が一瞬だけ止まる。


その止まり方を、俺は引きで撮った。


寄らない。今は状況を見せるほうが先だ。導電狐が音に釣られて流れたこと。そのせいでミラの前に一本の線が通ったこと。剣がその線だけを真っ直ぐ抜いたこと。全部が一枚で分かる位置を、膝の高さを変えるだけで拾った。


コメント欄が速くなる。


『え』

『今、誘導した?』

『カメラで寄せた?』

『戦ってないのに戦ってる』

『#戦況カメラ』


またそのタグだった。でも今日は、前より意味がはっきりしていた。見えているだけじゃない。少しだけ、作っている。


指先が熱い。さっきまで冷たかったファインダーが、今は体温を吸っている。


---


二つ目の群れは、天井レールから来た。


上。正面。左。三方向。


天井に死んだ監視レールが残っていて、導電狐はそこを伝って走る。上を取られると、ミラの剣は間に合う。でも剣のあとに死角が残る。


昨日なら、そこまでだった。今日は違う。


非常灯の角度を見た。赤い光が、左シャッターの縁にだけ残っている。そこへ補助灯を薄く足せば、死角の輪郭だけが出る。


面光じゃない。今日は顔を盛る日じゃない。


輪郭光。言葉にするなら、それだった。


補助灯を左へ薄く振る。《微風》で空気中の粉を均し、光を狭く伸ばす。死角だけをなぞるように。


レールの下に、狐の影が出た。


言葉は要らなかった。補助灯を左上へ一瞬だけ強く振る。ミラの視界の端で、白い光が影を切り取る。それだけで十分だった。


ミラが見上げるより先に、剣が動いた。白い冷気が、赤い輪郭の中を通る。


四体のうち二体が落ちる。残り二体が、剣を避けて背後へ回る。


補助灯を低く這わせた。床すれすれ。背後から来た二体の腹が白く浮かぶ。


ミラが腰を落とす。二体が頭上を抜ける。そのまま前へ。そこへ、さっき残っていた群れの後尾がぶつかる。


群れ同士が、狭い搬送路の上で一瞬だけ絡まった。


ミラがそこへ一歩入った。正面から迎え撃つんじゃない。絡まった場所へ、最短で入る。


剣が白く走る。赤い非常灯。白い刃。灰色の殻。青白い筋。全部が細い通路の中で一度だけ重なって――散る。


散った光の残像が、まぶたの裏に焼きついた。


コメント欄がさらに速くなる。


『今のやば』

『見えてる』

『見えてるだけじゃねえ』

『カメラが罠作ってる』

『#指揮官カメラマン』


心臓が跳ねた。タグが増えるたびに、こちら側と画面の向こう側の距離が縮まっていく。見ているだけの人間が、俺のやっていることに名前をつけ始めている。


それが怖い。名前がつくと、期待がつく。期待がつくと、裏切れなくなる。


でも今は、それを考えている余裕がない。


三つ目が来る。


---


制御区画の中央には、古い搬送ベルトの切れ目があった。


穴ではない。幅一メートル半の、ただの空白。昔はベルトが通っていた場所。今は外されて、下に黒い機械油だけが残っている。深くはない。だが滑る。踏めば終わる。転んだ先に、導電狐の群れが来る。


白石が言った。


「次、正面から八」


ミラが足を踏み替えた。剣を持ち直す。視線が前方に固定される。


「押す」


今度はちゃんと言った。


その声で、分かった。


ミラは勝ち筋を見ている。


正面から来る八体は、狭い通路で横に開けない。先頭を斬れば後ろが詰まる。詰まった一拍に、全部が一列になる。


――押していい状況だった。


ミラが剣を振る。先頭二体が割れる。後ろ六体が詰まる。


その詰まりを、俺は寄りで撮った。


今度は引かない。正面から、詰まる群れの圧と、その手前で止まらないミラの目を、一枚に押し込む。ファインダーの中でミラの瞳が光った。戦っている目じゃない。見えている目だった。全部が見えていて、だから止まらない目。


ミラが二歩目を踏む。足元の空白ぎりぎり。剣が返る。六体が一息で裂ける。


白い冷気が、空白の上を横切る。その向こうに黒い機械油。さらにその向こうに、割れた殻。


危ない。でも勝ち筋だ。


撮り切ったあとで、自分の息が止まっていたことに気づいた。肺が空だった。シャッターを切る指だけが動いていて、呼吸を忘れていた。


ミラが一瞬だけこちらを見た。誇るでもなく、煽るでもない。


――これが見えてるなら、次からは分かるでしょ。


そういう目だった。


俺はそこで初めて、少しだけ頷いた。頷いた自分に驚いた。昨日の俺なら、頷けなかった。


---


試験が変わったのは、その次だった。


中央区画を抜けた先。制御盤の残骸が並ぶ細い通路。左右に開閉シャッター。上には死んだ配線。下は油混じりの水が薄く光っている。


導電狐は弱い。でも数が多い。視界を埋められると判断が遅れる。


ここで白石が無線を切った。


ぷつ、と音がして、耳の中が静かになった。白石の声が消えた。指示が消えた。安全網が消えた。


現場に残るのは、俺とミラの判断だけ。


それで分かった。ここからが、本番だった。


左右シャッターのうち、右は閉じかけで止まっている。左は半開き。《空間把握》で見ると、左の隙間の向こうに群れがいる。多い。右の閉じかけの向こうにも、少ないがいる。


正面から行けば、左に呑まれる。引いて戻れば、右が背後を取る。


――引く。


判断が立った瞬間、補助灯を二度だけ短く明滅させた。


ミラの足が、止まった。


光で止めた。言葉じゃなく、光で。自分でも驚いた。でもミラは迷わなかった。補助灯の明滅を見て、一拍で止まった。俺の意図を、光の点滅だけで読んだ。


その一拍で、右の閉じかけシャッターへドローンを滑らせた。高いモーター音が金属板に反響する。右の群れが、音へ寄る。そこへ補助灯を一点。強くない。輪郭だけ。狐の背筋だけを白く拾う。


ミラが反転する。一閃。右が落ちる。


その音で、左の群れが動いた。


待っていた。左の群れは、右へ意識を向けた瞬間に通路の角度を変える。正面から来るんじゃない。シャッターの縁に沿って、細く流れる。


ミラが言った。


「押す」


今度は逆に、俺がそのまま撮る番だった。


左から流れてくる群れは細い。細いなら、ミラの刃は面じゃなく線で足りる。真正面で受けるより、通路の真ん中に立って流し切るほうが早い。


ミラが中央へ出る。白い刃が一度だけ横へ走る。群れの先頭が割れ、後ろがそのまま前へ倒れ込む。


そこで俺は、カメラを戦術の中心に置いた。


補助灯を、わざと少しだけ右へ振る。


残った群れの目が、そっちを向く。一瞬だけ、首が流れる。


その流れで、ミラの左側が空いた。


ミラが半歩左へ。剣が縦に落ちる。


群れが、真っ二つに割れた。


視界確保。誘導。死角補完。昨日までバラバラだったものが、ここで一つに重なった。


画を作るための光じゃない。戦況を作るための光だ。


その違いが、握っているカメラの温度で分かった。昨日まではカメラが冷たかった。道具だった。今は熱い。俺の体温と、現場の熱を同時に吸っている。道具じゃなくなっている。


コメント欄が爆発した。


『うわ』

『完全に戦ってる』

『今のライトで寄せたろ』

『カメラが戦術になってる』

『#戦術カメラ』

『#指揮官カメラマン』


その文字列を見た瞬間、昨日までと今日の境目がどこか、はっきりした。見えている人間が増えた。ただ上手い、じゃなく、何をやっているかを見始めている。


---


最後の区画は、制御室前の短い直線だった。


敵は残り少ない。でも直線の先に、ひとつだけ嫌なものがあった。


床の色が違う。


見た目ではほとんど分からない。でも《空間把握》が、そこだけ線を返さない。空白。薄い鉄板の下に、メンテナンス用の空洞。人ひとりなら持つ。ふたりが同時に乗れば危ない。


ミラはそれを見ていない。視線は前の敵だけに向いている。


正面に残った群れ。弱い。でも足を止めるにはちょうどいい数。


ミラが言った。


「押す」


その声で、分かった。


見えていない。


今の押しは、昨日の橋に近い。必要に追われた速さ。勝ち筋じゃなく、終わらせたい速さ。疲れが判断の精度を削っている。さっきまで冷たく正確だった瞳の奥に、わずかに焦りの色が混じっている。


心臓が重く打った。


ここだ、と思った。


どっちなら生き残って、なおかつ勝てるか。今日の試験の核心が、ここにあった。


補助灯を二回、明滅させた。


ミラの足が、止まった。


一拍。でもその一拍で十分だった。


ドローンを上げる。真上じゃない。斜め前。薄い鉄板の色の差を、上から拾う。補助灯を低く這わせる。床の歪みだけが白く出る。


「その一枚、死んでる」


短く言う。今日、初めて言葉で伝えた警告だった。これだけは光では伝わらない。


ミラの視線が、初めて前から足元へ落ちた。


ほんの一瞬。でもその一瞬で、この人の押しが止まった。必要の速さが消えた。代わりに、いつもの冷たい計算が目に戻ってくる。焦りが剥がれて、その下から本来の硬さが出てくる。


「……そう」


低い声。怒っていない。認めた声だった。昨日なら、ここで噛みついてきたかもしれない。今日は違う。今日のミラは、止まれる自分を選んだ。


導電狐が正面から来る。


今度の押しは、勝ち筋が見えたあとの押しだ。


「押す」


今度は、ミラの声が違った。必要の速さじゃない。選んだ速さだった。同じ二文字なのに、まったく別の言葉に聞こえた。


ミラが薄い鉄板を外して、右側の生きた継ぎ目へ乗る。


俺はそのまま撮った。


群れが正面から来る。ミラが右へ半歩ずらしたことで、群れの軌道も少しだけずれる。そこへ補助灯を左へ薄く振る。敵の首が一瞬流れる。


ミラの剣が、その一瞬へ入る。


白い線。灰色の殻。床の生きた継ぎ目。死んだ鉄板。全部が、一枚の中で意味を持って繋がった。


最後の一体が落ちたあと、通路が静かになった。


制御室前の赤い非常灯だけが、ゆっくり点滅している。自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえた。


ミラが振り返った。


「……今のは」


息が少しだけ乱れている。でも目は静かだった。戦闘の熱が引いたあとの、澄んだ目。


「引いて正解ね」


それだけ言った。


胸の奥で、何かが静かに鳴った。勝った、という音じゃない。噛み合った、という音。昨日の鉄板の上で一瞬だけ聞いた音より、もっと深く、もっと低い音だった。骨の奥まで届くような振動。これを聞くために、ここまで来たのかもしれない。


---


配信が終わったあと、白石が制御室前まで来た。


クリップボード。缶コーヒー。いつもの顔。でも目だけが少しだけ違った。缶コーヒーを一口飲んで、飲み込んでから口を開く。その間が、白石なりの敬意だった。


「どうだ」


誰にともなく聞く。


ミラが先に答えた。


「使える」


短い。でもその三文字の重さが、昨日とは違う。昨日の「使える」は許可だった。今日の「使える」は、事実だった。


白石が今度は俺を見る。


「お前は」


一拍。


「やっと撮るだけじゃなくなったな」


その一言が、今日の全部をまとめてきた。


撮るだけじゃない。敵を寄せる。視界を作る。押すか引くかを切る。勝ち筋が見えている押しと、必要に追われた押しを分ける。


カメラが戦術になった。


白石が続ける。


「だが、調子に乗るな。戦術になるってことは、失敗したときの責任も増える」


正論だった。正論だから胸に残る。正論だから、逃げられない。


ミラが横で言った。


「明日からは、私が押したら全部正しいと思わないで」


少しだけ間があった。


「でも、全部引けばいいとも思わないで」


その二つの間に立つのが、専属カメラマンの仕事なんだと、やっと分かってきた。押すと引くの間。安全と画の間。生き残ることと、勝つことの間。どこにも正解の線は引かれていない。毎秒、自分で引き直す。


---


Aゲートへ戻るころには、タグが増えていた。


『#戦術カメラ』

『#指揮官カメラマン』

『#判断試験』

『#カメラマン誰』


最後の一つが、一番嫌だった。嫌なのに、一番大きく伸びていた。名前のない人間に名前を求める声。それが何千と重なって、タグになっている。


モニターの前で機材班が騒いでいる。切り抜き班が、もう秒数を書き出している。玲奈は少し離れた場所で電話をしていた。声は聞こえない。でも顔で分かる。次の話をしている。もう今日の先を売っている。


そこへ、別のモニターが割り込んだ。


他チャンネルの配信クリップ。さっきコメント欄で名前が出ていた、大手ギルド系の人気配信者。

そいつが、今日の俺たちの切り抜きを見ながら笑っていた。軽い調子。でも目だけが、本気で値踏みしている。獲物を見る目じゃない。商品を見る目だった。


『……なあ、そのカメラマン、どこで雇った?』


周囲が少しだけ静かになった。


冗談みたいな口調だった。でも冗談じゃない。ああいう声で近づいてくるものほど、たいてい後で面倒になる。経験則じゃない。勘だ。でもこの現場で、勘は経験則より先に当たる。


白石が鼻で笑った。


「来たな」


玲奈は電話を切らずに、ほんの少しだけ口角を上げた。営業の顔だった。面倒ごとが、金の匂いを連れてきたときの顔。


ミラは振り返らなかった。でも歩幅が、ほんの少しだけ遅くなった。聞こえている。聞こえていて、振り返らない。それがミラの答えだった。


俺はカメラを持ち直した。右肩が鳴る。前腕の縫い目が脈を打つ。


痛い。でも今日は、昨日より少しだけカメラの重さが手に馴染んでいた。道具の重さじゃない。役割の重さだった。


撮るだけじゃなくなった。そのぶん、見られる側にも少しずつ近づいている。


それが嫌で、少し怖くて、でも――手は離れなかった。


Aゲートの白い光の中を、三歩後ろから歩く。


その距離は変わらない。

でももう、それは“ただの後ろ”じゃなかった。


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