機材地獄:死ぬのはカメラから
特殊鉱層の入口は、最初から画面を壊しにきていた。
一歩目で分かった。白い。暗い。両方ある。
壁一面に埋まった反射鉱石が、外の照明を拾って返している。なのに通路の奥は湿った闇のままだ。明るい場所と暗い場所が交互じゃない。同時に重なっている。
目で見るぶんには分かる。脳が勝手に調整してくれる。カメラはそうはいかない。明るさの基準を一個しか持てない機械は、こういう場所で壊れる。殴られて壊れるんじゃない。判断できなくて壊れる。
ファインダーが迷った。
露出が上がる。下がる。上がる。下がる。壁の白飛びを抑えようとして人物が沈み、人物を起こそうとして壁が爆発する。自動補正が追いつかない。追いつかないどころか、迷うたびに画面が揺れる。機械が困っている。困っている機械を抱えて、俺も困っている。
「最悪」
声に出してから気づいた。配信中だ。
ミラはもう中に入っている。黒いジャケットの背中が、鉱層の反射で何枚にも増えて見えた。右に一人。左に一人。天井に一人。正面に本物。偽物のほうが多い。
「佐久間」
振り返らない。
「画面がうるさい」
うるさい。ミラの言い方だ。白飛びとか露出とか、そういう技術の話じゃない。画面がうるさい。見ていて不快だ、という意味。
「分かってます」
分かっている。でも直っていない。分かるのと直せるのは別だ。分かるだけなら昨日までの俺でもできた。直すのが、今日の俺の仕事だ。
通路幅、六十センチ。右は鉱壁。左は落ちる。
床は濡れている。水じゃない。鉱石が吐く結露に魔力が薄く混じっている。靴底が半拍遅れて吸い付く。足を上げるたびに、ぺたり、と音がする。気持ち悪い。深層の沈む床とは違う不快感だ。あっちは恐怖。こっちは不愉快。不愉快のほうが集中を削る。
新しいカメラは軽い。軽いせいで、余計な震えを拾う。昨日の壊れたカメラは重かった。重いぶんだけ安定した。新品の軽さが、今は敵だ。
深層帰りの手はまだ昨日のままだった。握力が一定じゃない。右肩も死んでいる。靭帯が呼吸のたびに鳴る。自動補正をかけても、湿度と反射が多すぎて機械の判断が遅れる。機械が遅れると、手で補う。手で補うと、肩が鳴る。肩が鳴ると、画がブレる。
悪循環だ。
モンスターは弱い。現場は強い。
昨日、現場の男が言った通りだった。あの男は予告しか外さない。
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配信はもう始まっていた。
同接の数字が右上で回っている。桁は昨日より少ない。少ないけど十分に多い。十分に多いせいで、コメントの流れが速い。
『専属初日きた』
『画面まぶしっ』
『いや暗っ』
『どっちだよ』
『反射えぐい』
『酔う酔う酔う』
『労災申請フォーム、白飛びして見えません』
見えません。そうだ。俺にも見えない。ファインダーの中で世界が白く潰れている。
補助灯を絞った。白飛びが少し収まる。その代わり、ミラの輪郭が沈んだ。黒いジャケットが闇に溶ける。顔が消える。
明るくすれば壁が死ぬ。暗くすれば人が死ぬ。どっちを殺すか選べ、と鉱層が言っている。
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ミラが立ち止まった。
鉱層の小部屋。天井から水滴が一定間隔で落ちている。床には浅い水膜。壁の反射で、空間が実際の倍に見える。鏡の箱の中に放り込まれたような場所。
中央に、犬くらいの大きさの鉱蟲が三体。外殻は半透明で、内側に赤い筋が走っている。強くはない。深層帰りの今なら、ミラの相手にもならない。
でも、撮るには最悪だった。
半透明の殻が光を通す。通した光が床の水膜に反射する。反射した光が壁の鉱石に当たる。当たった光がレンズに返る。光が四回跳ねて、全部がノイズになる。
ミラが剣を抜いた。刃に沿って白い冷気が走る。ここだけは綺麗だった。鉱層の白とは違う、ミラの白。冷たくて、鋭くて、意志がある白。
「寄って」
来た。
「どこまで」
「死なないところまで」
いつも通りだ。いつも通りなのに、今日は昨日と違う。昨日は生き残れれば勝ちだった。今日は違う。寄って、生き残って、しかも使える画を出さなきゃいけない。
一歩。二歩。
壁の反射角を読む。正面に立つと、ミラの横顔が壁の中で二重になる。少し左。いや違う。左に寄ると補助灯が反射してレンズが死ぬ。半歩戻る。膝を落とす。高さを変える。床の水膜に映る像も画面に入る。嫌いじゃない。水面のミラは少しだけ柔らかく見える。でも今はノイズだ。
鉱蟲が動いた。速くない。だが湿った床を滑る。進路が読みにくい。水膜の上を、音もなく横に流れる。
ミラが前に出る。一閃。白い冷気。鉱蟲の外殻が割れて、内側の赤が飛ぶ。
その瞬間、画面が白く潰れた。
反射だ。ミラの刃の光を、壁の鉱石が拾った。拾って、四方からレンズに返した。白。何も見えない。人物も敵も空間も、ただの白。
遅れて、水滴がレンズに当たった。白飛びの上に滲みが乗る。何重にも殺される画面。
最悪だ。
『うわ』
『今の絶対決まってたのに』
『見えねええええ』
『画面が死んだ』
『神回ならず』
神回ならず。
その五文字が、腹の底に落ちた。昨日の俺は偶然の神回を撮った。今日の俺は、同じ場所で画面を殺した。
偶然の成功は、実力じゃない。今日証明しているのは、そっちだ。
ミラが鉱蟲の残骸の前で止まった。
振り返った。表情は薄い。でも目だけで分かる。採点が終わった顔だ。
「盛れてない」
喉が詰まった。
「……はい」
「やり直し」
一瞬、意味が分からなかった。
倒した。部屋は片付いた。通路は通れる。なのに、やり直し。
画が死んだから、やり直し。戦闘に勝っても画が負けたら意味がない。それが配信の現場で、それが俺の仕事だ。
ミラは淡々と言う。
「今の画は使えない。反射で死んだ。レンズも濁った。最初から全部ゴミ」
『ゴミ言ったw』
『厳しすぎる』
『いや今のは確かに見えんかった』
『専属初日、即ダメ出し』
『こわ』
ゴミ。
ミラがそう言うなら、ゴミだ。ミラは嘘をつかない。嘘をつくより、殺すほうが速いと思っている人間だから。
やり直し、ということは、もう一度同じ条件の場所に入るということだ。
スポンサー要請。鏡面反射の接写。最低三回。一回目が死んだ。だから二回目を撮る。
現場の資料の端に、隣室の同型巣の表記があった。同じような画がもう一つある。最初から撮り直し前提みたいな構造だ。知っていたのかもしれない。一回目は死ぬと。だから二つ用意した。
腹の底が冷えた。
冷えた腹の底で、何かが動いた。悔しさだ。
昨日は死にかけて、生き残って、それだけで精一杯だった。悔しいとか悔しくないとか、そんな余裕はなかった。
今日は違う。今日は生きている。生きていて、失敗した。失敗したから、悔しい。
悔しいと思えるのは、生きている証拠だ。
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二つ目の小部屋へ向かう通路で、機材が先に悲鳴を上げた。
バッテリー残量、七十二。さっき入口で見たときは九十四あった。まだ十分のはずなのに、減り方が異様に速い。
金属共鳴。
鉱層全体が、機材の内部に薄く干渉している。レンズユニット。補助灯。自動補正。全部が余計に電気を食っている。鉱石が放つ微弱な魔力が、機械の中で暴れている。
「減るの早すぎるだろ……」
聞こえるか聞こえないかの声量でこぼした。
ミラが前を向いたまま言う。
「死ぬのはカメラから、って言ったでしょ」
冗談みたいな口調で、本当のことを言う。ミラはいつもそうだ。笑えることと本当のことの境界線がない。
通路がさらに狭くなる。右壁から水が滲んでいる。左は落ちる。反射鉱石の密度が増した。壁のどこを見ても白い粒が返ってくる。小さな光が無数にあるせいで、ファインダーが常に迷う。
補助灯を切った。暗い。でも切らないと反射が増える。切ると人物が死ぬ。点けると画が死ぬ。
どっちも死ぬ。
さっきの小部屋で証明された。設定をいじっても無駄だ。明るさの問題じゃない。光の質の問題だ。硬い光が硬い鉱石に当たって、硬いまま跳ね返ってくる。だから白く潰れる。
柔らかくすればいい。
光を、柔らかくすればいい。
でもカメラにその機能はない。補助灯は一種類。柔光フィルターなんか持ってきていない。持ってきていても、この湿度で使えるか分からない。
持っていないなら、作るしかない。
俺の指が、無意識にレンズの縁に触れていた。
指先が、微かに震えている。寒さじゃない。迷いだ。
《微風》。
その名前が、頭の中に浮かんだ瞬間、古い痛みが胸の底で鳴った。
追放された理由の一つ。戦闘に寄与しない。雑用向きの、地味な風。志摩に使えないと言われた魔法。早乙女に笑われた魔法。パーティを追い出された原因の一つ。
使ったら、見える。
配信に乗る。視聴者に見える。分かる人間には分かる。カメラマンが撮影のために魔法を使っている、と。
昨日までは「うまいカメラ」だった。《微風》を使った瞬間、それが変わる。「何かやっている」になる。
でも。
さっきの小部屋で、画面は死んだ。
ミラにゴミと言われた。
コメント欄に神回ならずと書かれた。
設定で解決できない現場で、持っている手札を切らないのは、プライドじゃなくて、ただの怠慢だ。
掌に、力を入れた。
薄い風が生まれた。
レンズの表面に沿って、一ミリにも満たない空気の膜を走らせる。水滴が当たる前に横へ流す。曇りが出る前に薄く剥がす。
レンズ前面の空気が、少しだけ変わった。
試しに補助灯を点ける。水滴がレンズに当たる。当たって、止まらない。膜の上を滑って、端に流れた。
次。
露出を落とす。そのままだと人物が沈む。だから補助灯を絞るんじゃなく、光の当たり方を変える。
《微風》を横に走らせて、補助灯の前の湿気を薄く動かした。空気中の細かい水粒が、光をわずかに散らす。直撃しない。拡散する。
即席の柔光。撮影用の、空気で作った曇りガラス。
白飛びが一段落ちた。
ファインダーの中で、世界が少しだけ柔らかくなった。
手が震えている。魔力の消耗じゃない。《微風》程度で消耗する体じゃない。震えているのは、使ってしまった、という感覚だ。
追い出された理由を、自分から晒した。
『あれ?』
『画、急に見やすくなった』
『さっきより柔らかい?』
『補助灯変えた?』
変えてない。変えたのは、空気だ。
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二つ目の小部屋。
今度は広い。広いぶんだけ反射の逃げ場がない。
中央に鉱蟲。さっきより数が多い。壁面に張り付いている個体がいる。天井にもいる。全部が反射して、数が倍に見える。
ミラが剣を構えた。
「佐久間」
「はい」
「今度は落とさないで」
脅しでも励ましでもない。確認だ。俺が何をどこまでできるか、もう一段上の確認。
「……回ってます」
それだけ返した。昨日と同じ言葉。意味は少し違う。昨日は生きているの報告だった。今日は使える画で回す、という宣言だ。
ミラが入った。
速い。さっきより速い。一回目で敵の動きは見た。床の滑りも反射の角度も、もう頭に入っている。ミラは二回目の現場を嫌がらない。同じ死地を、より綺麗に通り直す。
鉱蟲が飛沫を吐いた。透明。粘る。レンズについたら終わるやつだ。
《微風》を前に走らせる。飛沫の軌道がわずかにずれた。全部は無理だ。でも中心は外せる。レンズの端を外れた分は、レンズ前に張った薄い風の膜が受ける。そこで流して、端へ逃がす。
飛沫が膜を叩いた。表面に広がる。その上を《微風》が撫でて、端へ流す。
レンズが死なない。
胸の底で、古い痛みと新しい何かが同時に鳴った。
使えない、と言われた魔法がカメラを守っている。
追い出された理由が、今ここで仕事になっている。
『今の飛沫、ついてなくない?』
『え、なんで平気なん』
『いや流れ方おかしくね?』
おかしいだろう。おかしいんだ。風で飛沫を逸らして、空気の膜でレンズを拭いている。こんな使い方、誰も想定していない。志摩も。早乙女も。俺自身も。
でも、できる。
ミラの剣が鉱蟲を割る。白い冷気。赤い内臓。湿った床。
今度は白飛びしない。光が柔らかい。反射の角度を半歩ずらしている。ミラの左側だけを壁の光に拾わせて、右は落とす。輪郭が立つ。顔は死なない。刃も死なない。
一体。二体。
三体目が壁を走った。壁面反射で、本体と虚像がずれる。普通なら惑う。昨日までの俺なら惑っていた。
《空間把握》が壁の凹凸と湿度を拾う。本体の足裏だけが水を弾いている。虚像は弾かない。
本物は、右。
カメラを半歩だけ右へ振る。レンズの向きでミラに伝える。ミラは振り返らない。だが剣が、次の瞬間には右を薙いでいた。
鉱蟲の殻が割れる。赤い飛沫が散る。床の水膜に、砕けた殻とミラの白い冷気が映る。
その反射まで含めて、一枚になった。
上のミラが斬る。下のミラが遅れて斬る。本体と水面の像が、一瞬だけ重なって、離れる。その間を、赤い飛沫が通過する。
使える。今のは、使える画だ。
心臓が跳ねた。跳ねるな、と自分で押さえた。上がった瞬間に次を落とす。喜ぶのは全部終わってからだ。
四体目。天井。
補助灯を上に振る。反射が来る。その前に《微風》で湿気の層を傾けた。光の角度がずれる。白飛びが逃げる。
ミラが跳んだ。低い。天井に頭をぶつけないぎりぎり。剣が天井の鉱蟲を裂く。中身が落ちる。
粘液。多い。
レンズ前の風の膜がきしんだ。一枚じゃ足りない。脇から回り込んでくる。
咄嗟に、左手で補助灯の前の空気を切った。風の層を縦に立てる。レンズ前だけじゃなく、カメラ全体の右側に薄い逃がしを作る。粘液がそこで流れ、グリップに届く前に床へ落ちた。
右手一本でカメラを支えている。左手は風を操っている。
両手が、別のことをしている。
右手は撮る。左手は守る。
追い出された理由が、右手の仕事を支えている。
『今のなに』
『いや今、カメラの前で風曲がったよな?』
『レンズだけ無敵すぎる』
『専属カメラ、なんかしてる?』
五体目。最後。
ミラが遅れた。
遅れたんじゃない。俺の画を待った。
鉱蟲が壁際にいる。背後の反射が強い。真正面だとまた白飛びする。
俺は一歩前に出た。安全線のぎりぎり。自分で引いた線の、ぎりぎり。前に出て、高さを落とす。レンズを床の水膜に近づける。
壁の白い反射じゃなく、水面の暗い反射を使う。
ミラの姿が、水に映っている。本体は上。水面のミラは下。二人のミラに挟まれた空間に、鉱蟲がいる。
ミラの視線が一瞬だけこっちに落ちた。確認。俺がどこから撮っているか、見た。
そのまま、剣が走る。
最後の一体が割れた。
白い冷気。赤い飛沫。水面の中でもう一人のミラが、一拍遅れて斬る。
上と下。本物と反射。その間を、赤が横切る。
画面が死ななかった。
生きている。全部、生きている。
コメント欄が一拍遅れて爆発した。
『今のやば』
『えっぐ』
『映画か?』
『二回目で修正してくるのこわ』
『カメラマン、今なにした?』
『魔法使った?』
ミラが呼吸も乱さずに言った。
「……やっと使える」
褒め言葉じゃない。「やっと」だ。「やっと」ということは、さっきまでは使えなかった、という意味だ。
でも十分だった。
一回目はゴミ。二回目はやっと使える。その差が、《微風》一つぶんだ。追い出された理由一つぶんの差で、ゴミが画になる。
笑いそうになった。笑ったら泣きそうだったからやめた。
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戻る途中で、バッテリー残量が四十二まで落ちていた。
一回の小部屋でこの減り方は異常だ。自動補正。補助灯。そこに《微風》まで重ねている。全部が機材の負荷になる。
「予備、何本ですか」
前を歩く運営スタッフに聞いた。振り返りもしない。
「二本です」
少ない。
「少なすぎるでしょ」
「想定内です」
想定内。この業界、死ぬ前提のものは全部その言葉で済ませる。想定しているのは数字だけで、人間は想定の外にいる。
現場の男がいつの間にか横にいた。
「その風、最初からやれ」
唐突だった。
俺は一瞬、歩幅を乱した。足が止まりかけて、止めなかった。止めたら認めることになる。
「……見えてたんですか」
「見える奴には見える」
短い。でもその一言で、二つのことが分かった。一つ、あの風は外から見えている。二つ、この男は最初の小部屋から見ていて、俺が《微風》を使うまで何も言わなかった。
待っていたのだ。俺が自分で使うのを。
ミラが歩きながら言う。
「佐久間」
「はい」
「次は最初から盛って」
次。当然みたいに、次がある。
「さっきの小部屋、三十点。次は六十」
「……六十」
「命が残ってるぶん、甘くしてるの」
甘い。これで甘い。百点満点の六十を目標にしろと言われて、それが甘いらしい。深層で命を削った女の採点基準は、カメラマンの命が残っている時点で加点している。
その時、待機モニター横の簡易チャットに切り抜きの速報が流れた。
『#専属カメラ』
『#神カメラ』
『#レンズ無敵』
『#風使ってない?』
最後のタグで、胸の底が冷えた。
視聴者に、バレ始めている。
昨日までは「うまいカメラ」だった。今日、そこに別の意味が混ざった。ただ撮るだけじゃない。画を生かすために、何かやっている。
何をやっているか。《微風》。追い出された魔法。使えないと言われた魔法。それをカメラのために使っている。
バレたら、どうなる。
「撮影に魔法を使っている」は、配信のルール上グレーだ。映像加工と見なされるかもしれない。やらせ疑惑が再燃するかもしれない。スポンサーが降りるかもしれない。
あるいは、逆かもしれない。
分からない。分からないまま、使った。使わなければ画が死んだから。
ミラもその表示を見たはずなのに、振り返らなかった。
ただ、鉱層の次の入口の前で一度だけ止まって、低く言った。
「隠す気、ある?」
「ありました」
過去形。
もうない。使った。使ってしまった。配信で。ライブで。
「もうないわね」
前を向いたままの声。責めていない。確認しているだけだ。
でもその声の奥に、別の音が混じっていた。
満足、ではない。もっと低い。もっと静かな。
待っていた、という音。
ミラは最初から知っていたのかもしれない。俺が《微風》を持っていることを。使えることを。使わないで我慢していることを。
「面接」と言った。深層を面接だと言った。
あれは戦闘力の面接じゃなかった。
俺が、自分の武器を自分で認められるかどうかの面接だった。
鉱層の奥で、次の小部屋が白く光った。反射鉱石が揺れている。何かいる。
同接がまた一段跳ねた。
『今のただのカメラワークじゃない』
『魔法だろ』
『撮影のための魔法って何???』
『専属カメラマン、普通にやばくない?』
ミラが、ほんの少しだけ笑った。
深層で見た笑いとは違う。歯は見えない。口角がわずかに上がっただけ。でも目が笑っていた。目だけが笑うミラを、俺は初めて見た。
「——やっと見つかったわね」
何が。
俺の魔法か。俺の使い方か。俺の覚悟か。
聞く前に、ミラは次の鉱層へ踏み込んだ。
俺も続いた。
右手にカメラ。左手に風。
追い出された理由を、両手で握っている。




