059 オリアーニ嬢からのお願い
「アズマさん!」
「はい?」
オリアーニ嬢が錬金術師ギルドに住むようになってから、早1週間。距離感は依然とそこまで変わらないが、お互いが生活空間にいることには慣れてきた。
「わたくしにお料理を教えていただけませんか?」
「はい?」
まあ、慣れてきたからといって何もかもが分かったわけではないから、こんな風に困惑するような出来事が起こるわけだ。
「稀人様のいる世界はわたくしたちの世界と比べて料理が発展していると聞きます」
「あ~、そうなんですね。……残念ですが、僕が見た限りではこの世界と僕のいた世界で料理のレベルが違うということはありませんよ」
師匠から始まりの稀人……この世界に初めてやってきた異世界人が料理の知識を教えたと聞いている。
その時には僕たちの世界よりも料理の知識が遅れていたのかもしれないけれど、この世界でそれなりの時間を過ごして料理に不満を持ったことはない。
もちろん、この世界では食べられない料理もあるけれど、それは技術不足とかではなく、そもそも食材そのものが流通してなかったりすることに起因する。
「そうなの……ですか?」
「ええ。そもそも僕が用意する食事だって、基本的に外で買ってきたものを並べているだけですしね」
朝食時にはベーコンを焼いたりサラダを作ったりはするけれど、パンだったり夕食時に出すおかずに関しては屋台やお店で買ってきたものがメインだ。
もちろん前の世界では一人暮らしだったので簡単なモノくらいは作れるが、節約料理というか男飯がメインだったので教えられるようなものじゃない。
ちなみに師匠から評判がいいのがアヒージョ。あれはオリーブオイルに唐辛子とにんにく、それに適当な野菜やら肉やらを入れるだけなので簡単なのだ。
「そうなの……ですね」
「というか、なぜ料理を?」
「お世話になっていますし、これから何をするかを考えたら出来ることは多いほうが良いかと」
ふむ、一理あるな。オリアーニ嬢は空間魔術師の天職持ちなので、空間魔法のスクロールを作っているけれど、師匠に聞いたら空間収納以外は需要が少ないらしい。
それに、もう一つの天職である書記に関しても、協会の職員のように利用価値がある職業もあるけれど、元貴族であるオリアーニ嬢が就くのは難しいらしい。
となると、錬金術師ギルドで空間収納のスクロールを作ることになるけれど、作業量的にも収入的にも他に出来ることがあったほうが良いだろう。
「ふむ。料理を教えるのは難しいですけど、基礎知識くらいで良ければ教えることはできますよ」
「本当ですかっ!?」
オリアーニ嬢の食いつき方がすごいが、この世界では天職持ち以外で料理をする人がほとんどいないらしいから、簡単な調理法や道具の使い方くらいは教えられるだろう。
なんせ錬金術師ギルドで一人で暮らしていた師匠ですら、包丁の使い方はもちろん火加減なんかもよくわかっていなかったからな。
ちなみに師匠が出来たのはお茶を淹れることくらいだったので、お湯を沸かすこと以外はやったことがなかったらしい。
「ええ、まずは包丁の使い方と簡単な料理の仕方ですかね」
「包丁……使ったことありません」
「ですよね。師匠も使ったことがないと言っていましたし。でも料理をするのなら、包丁は使えないとダメですよ」
まあ包丁を使わなくても作れるものはあるけれど、包丁を使えたほうが料理に幅が出るからな。
「そう……ですね。頑張ってみます」
「ええ、頑張ってください。……といっても、そう難しいものでもないので、そこまで気合を入れなくても良いですけどね」
「刃物ですよね? 危ないのではないですか?」
「きちんとした持ち方をして、ふざけたりしなければ危なくないですよ」
この世界には前の世界にあったような手が切れにくい包丁のようなものはないけれど、持ち方や食材の抑え方を間違えなければ、そうそう手を切ることもない。
前の世界でも包丁で手を切るのは間違えた使い方をするか、慣れてきて手癖で包丁を使ったりした時くらいだったからね。
「まあ、ゆっくり教えていきますので、安心してください。まずはオリアーニ嬢の手に合った包丁を買わないといけませんね。ギルドにあるのは僕の手に合ったものなので」
錬金術師ギルドにも包丁はあるけれど、基本的に料理はしないので万能包丁のようなものしか買っていない。
この世界では包丁一本取っても規格化されていないので、使用者のサイズに合わせて作られるから、錬金術師ギルドにある包丁を手の小さいオリアーニ嬢が使うのは難しいだろう。
「そうなんですね」
「ええ、ついでですから料理道具も揃えますか。ギルド内には、やかんとフライパンくらいしかないですしね」
料理を教えるとなると鍋だったりボウルだったりも必要だから、その辺も買いそろえてしまおう。




