058 真実の愛の真実(元・第一王子視点)
「自業自得とはいえ、ここまでの辺境に飛ばされるとはな」
俺の名前はロベルト・ベットーリ…………いや、皇位継承権をはく奪されて今はロベルト・デ・リオか。
もともとはベットーリ帝国の第一王子なんてものをやっていたが、真実の愛に目覚めて婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を宣言して、辺境地へと飛ばされた……ということになっている。
まあ、婚約破棄をしたのは事実だが、それは真実の愛なんてもののためじゃない。
「あらあら、領主様になるのだから、もっと喜べばいいのに」
「……というか、なんでいるんだ?」
俺は馬車にてリオ領へと向かっているのだが、その馬車内には真実の愛の相手として選んだ平民の女がなぜかいる。
この女は帝都の劇団で修業中の女優見習いだったのだが、同期の実力が高かったのか、それとも女自身の実力が足らなかったのかクビ宣告されていたところを拾ったのだ。
まあ、婚約破棄をした際にはいい演技を見せてくれたから、単に同期の実力が高かったのだろう。
「あら、真実の愛なのでしょう?」
「嘘だと分かっているのに、その手のからかいをするのは感心しないな」
女はクスクスと笑うが、そもそも俺は第一王子だったのだ。平民など子供……というか庇護対象にしか見えないし、本気で愛を乞うわけがない。
真実の愛うんぬんは、俺が皇位継承権から外れる口実、そしてソフィアを……オリアーニ公爵令嬢を巻き込まないための口実だ。
生まれた時から皇帝になることを望まれていた俺だが、そもそも俺は皇帝になりたいだなどと願ったことは一度としてない。
幼いころから帝王教育を仕込まれ、気づいたときにはオリアーニ公爵令嬢との婚約までされていた。
だが、俺には国全体のために地方を切り捨てることも、大多数の民のために少数の民を切り捨てることも出来ず、一人悩んでいた。
オリアーニ公爵家の持つ空間魔術師の天職を王家に入れるためには俺が娶る必要性も理解していたし、感情を切り捨て王族としての務めを果たそうと考えていた。
そんな折、王家にもたらされたマジックバッグ……あれによって空間魔術師の天職を王家に入れる必要がなくなり、俺が感情を捨て去る必要がないことも知った。
もしもマジックバッグがなければ、俺が婚約破棄したところで弟の婚約者へと挿げ替えられるだけだっただろうが、空間魔術師の天職の価値が暴落した現在ではその心配もない。
そんなわけで、俺は自分だけが悪役になるべく、真実の愛などという馬鹿げた理由でオリアーニ公爵令嬢に婚約破棄をしたわけだ。
「この後はどうするのです?」
「別に、普通に辺境地を盛り立てていくだけだ。幸いにも帝王教育を受けていたからな、領地経営のノウハウも騎士として領地を守り抜くことも可能だ」
「婚約者は?」
「結婚などするつもりはない。そもそも、俺は王命に背いた罰で断種の措置が取られている。俺が死ねばリオ領は王領に戻るからな」
断種……といっても体を切り刻まれたわけではない。以前に他国にやってきた稀人様の知識で、各国の王族にだけ知らされた断種用の薬を飲まされている。
数日の間、高熱にうなされることになるが、ほぼ確実に生殖機能だけを殺す薬で、馬鹿なことをして継承権をはく奪された王族に用いられる。
「あら、あたしを領主夫人にしてくれるのではないのね」
「だから、からかうな。……とはいえ、協力してもらったのは事実だからな。領都に舞台付きの酒場でも用意しよう」
リオ領は辺境も辺境で、領都といえど帝都付近の村くらいの規模しかないらしいから、女優である女の才能を生かすのなら舞台から作らなければならない。
まあ、女の協力がなければ今の俺はないから、安い買い物だ。
「舞台っていったって、あたし一人で出来る劇などたかが知れているわ」
「仲間を増やせばいい。それに一人の間は歌や踊りを見せればいいだろう。……確か、そういう訓練もしてきたと言っていただろう」
「……はあ、そうね。ま、あたしには領主夫人よりも女優の方が性に合っているわ」
「ああ、平民から見れば貴族は華やかに見えるかもしれないが、実態を知っているものとしては貴族になんてなるもんじゃない。夢を追って努力している方が健全だ」
平民たちの中では貴族は何の苦労も知らずに遊んで暮らしていると思われているようだが、人の命を背負う覚悟がいる。
帝都に出る前に調べたリオ領の総人口は3561人……この旅路の中で増減しているかもしれないが、それだけの命を背負う覚悟がいるんだ。
俺にはその覚悟がある……だが、帝国の総人口を背負う覚悟はなかった。
今の俺が出来るのは次期皇帝となる弟が帝国を背負う覚悟が持てるように……そして、俺の身勝手で傷つけてしまったオリアーニ公爵令嬢が幸せになることを辺境の地から願うことだけだ。




