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re-LIFE  作者: 田中タロウ
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エピローグ3

桜子は聖に言われた通り、11時に成田の国際線到着ロビーに着いた。

おそらく自分はここで誰かを出迎えるつもりだったのだろうが、今の桜子にはそれが誰なのか分からない。知っている人ならなんとか取り繕えるかもしれない。だが、22歳から28歳の間に新たに知り合った人なら顔すら見分けれないだろう。


桜子は到着を知らせる電光掲示板に表示されている飛行機の出発地から、どこから誰が来るのか推測しようとしたが、飛行機の数が多すぎてさっぱり分からない。


アメリカ、カナダ、中国、韓国、イギリス・・・


いや、もしその人物が乗り継ぎ便で来るのだとしたら、ここに書かれた出発地など意味がない。


桜子は11時を少し回った時点で推測を諦め、ロビーの椅子に座ってそこに置かれたテレビに目をやった。

お腹の重みのせいで立ったり歩いたりするのが想像以上に大変で、一度座ってしまうと立ち上がる気力が沸かない。


仕方がない。もう成るようになれ、だ。


やや投げやりな気分でNHKが流れるテレビを見ていると、出国ゲート付近が騒がしくなった。

大きな飛行機が到着し、その乗客が出てきたようだ。


もしかして、この便かな。


時間からして、アメリカ西部から飛行機だろう。

桜子はまさに「どっこらしょ」という感じで立ち上がると、出国ゲートに向かった。

そこは既にたくさんの歓迎や再会の笑顔で溢れていたが、知っている顔や桜子に近づいてくる人物は見あたらない。

どうやらハズレのようだ。


が、もう少し待とうと思って椅子に戻ろうとしたその時、出国ゲートのガラスの壁の向こうに懐かしい人影が見えた。


桜子は足を止め、目を凝らした。

向こうも桜子に気が付き、笑顔で大きく手を振ってくる。


・・・まさか。


桜子は懐かしさでいっぱいになった。

何年ぶりだろう?

夢の中にいた時間も合わせると、10年以上会っていないような気がする。


「柵木君!」


最後の手荷物チェックを終えてゲートから出てきた柵木に、桜子は駆け寄った。


「本竜!久しぶりだな。身重なのにわざわざありがとな」


柵木は桜子を以前通り旧姓で呼ぶと、笑顔で桜子の肩に手を置いた。

高校時代はやんちゃなイメージの強かった柵木だが、すっかり大人びて落ち着いた印象になっている。

しかし明るく無邪気な笑顔は何年経っても変わらない。


臨月の身体を押してでもここに来ようとした理由が柵木の出迎えなら、頷ける。


「うわー、久々の日本だ!アメリカとはなんか匂いが違う!」


柵木は思い切り背伸びをしながら空気を吸い込んだ。そんな仕草も昔と変わっておらず、桜子は思わず微笑んだ。


と、柵木の足元から小さな女の子がひょこっと顔を出した。そして大きなクリクリした瞳でじーっと桜子を見つめてくる。その瞳が余りに柵木と似ていたので、桜子は柵木に見つめられているような気分になり、なんだがドギマギした。


「あ、本竜は初めてか?ひびきって言うんだ。ほら、響。おばちゃんに挨拶しろ」

「おばちゃんはないでしょう、おばちゃんは」


桜子は苦笑し、大きなお腹に苦労しながら屈んで女の子と視線を合わせた。


「こんにちは、響ちゃん。はじめまして」


桜子がそう言うと、響は視線を桜子の顔とお腹の間を何往復もさせながら、恥ずかしそうに「こんにちは」と言った。


「いくつ?」

「ななつ」

「ななつ?うわあ、そんなに大きいんだ」


桜子は、まだこれから第1子を出産しようとしている自分に対して同級生の柵木に7歳になる娘がいることに軽い衝撃を覚えた。


あ、でも違う。そう言えば・・・


あることを思い出して顔を上げると、そこにはまた別の懐かしい人物が立っていた。


「亜希子さん!」

「久しぶり、桜子ちゃん。大きなお腹ね!大丈夫?立てる?」

「はい!お久しぶりです!」


海光の先輩であり、桜子の病院の受付で働いていたこともある亜希子が、笑顔で桜子の所へやって来た。


今度は懐かしさの代わりに安堵が桜子の胸を占める。


以前の現実では、柵木は亜希子と子供のことが心配で、アメリカの高校卒業後すぐに帰国し亜希子と結婚したが、アメリカで遣り残したことが多かった柵木は結局亜希子と離婚してアメリカへ戻った。

だが桜子は、夢の中で3度目に「飛んだ」時、柵木はアメリカから帰国せず最終的には亜希子と子供がアメリカへ行って結婚した、ということを日記を読んで知った。

どうやらそれで2人は今も上手く行っているらしい。


そしてその時の「子供」というのは目の前にいる響ではなく・・・


「奏、桜子ちゃんよ、覚えてる?」


亜希子が、桜子が立つのを手助けしながら振り返って訊ねた。

すると、そこにいた1人の少年が頷いた。

どうやら彼が「奏」らしいが、桜子の記憶の中の奏とは随分違う。

それもそのはず。


「え?君が奏君?」

「はい」

「・・・えーっと・・・」


桜子が戸惑うのも無理はない。

桜子の知っている奏は、まだしゃべることのできない1歳児だった。


それがどうだ。

すっかり大きくなって、顔はどことなく柵木に似ているが、昔の柵木よりずっと落ち着いた雰囲気の、見るからに聡明そうな少年に成長している。

桜子はなんとなく月島ノエルのことを思い出した。


「奏君って、今・・・」

「中学生です」

「ちゅ、中学生!?」


唖然としていると、柵木が奏の頭にポンッと手を置いた。


「俺達みたいに海光に入りたがってるんだけど、帰国が受験のタイミングに合わなくてさ。途中入学できるなら編入試験を受けさせてやりたいけど、無理なら別のとこに通わせるよ」

「そ、そう・・・もう中学生なんだ・・・」


なんだか自分が一気に老けた気がする。確かに亜希子は若くして奏を産んだが、それにしても柵木はまだ桜子と一緒で28歳だ、子供が中学生というのは大きすぎる気がする。

しかも柵木は童顔で奏は大人っぽいため、父子というより兄弟にしか見えない。


「若いパパね」

「まーな」


そんなことは言われ慣れているのか柵木は全く気に留めず、亜希子たちと久々の日本を満喫すべく空港の中を見回している。特に響はほとんど日本に来たことがないのか、見るもの全てが珍しいといった表情だ。


桜子も柵木一家につられて空港の中を見回した。が、さすがに桜子にとっては当たり前の光景ばかりだ。

まあ、飛行機をこんなに間近で見ることはあまりないが・・・


その時、桜子の目がロビーのテレビの所で止まった。

先程と変わらずNHKが流れているが、そこに映っている意外な顔に釘付けになったのだ。


アナウンサーがゲストに何やらインタビューをしている。

桜子は吸いつけられる様にしてテレビに近づいた。


『さて、劇団こまわりに軸を置かれたまま舞台や映画でご活躍されている伴野さんですが、今秋からご自身初の連続テレビドラマにご出演されることが決まりました。今までずっとテレビドラマの仕事を請けなかった伴野さんが、どういう心境の変化でテレビドラマにご出演なさることにしたんですか?』


NHKのアナウンサーと言えばパリッとしたスーツを着ている印象が強いが、この番組は若者向けなのか、上品ながらもラフな格好をしている。

そしてその向かいに座っているのはもっとラフな格好をした・・・聖だ。


桜子は息を飲んだ。


『実はもうすぐ子供が生まれるんです。妻が出産という未知の領域に挑戦しようとしているんだから僕も何かに挑戦してみよう、と思ったんです』


驚くより先に桜子は笑った。


「僕」って。

聖がそんなこと言っているの、初めて聞いたし。


『それはおめでとうございます。楽しみですね』

『はい。でもつわりのせいで食卓が貧相になるのはちょっと辛いですよ。今日の朝食も焼いてないパンだけでした』

『ははは、大変ですね』


・・・もう、余計なことを。


と、桜子が苦笑していると、お腹の内側からドンドンと大きな衝撃が来た。赤ちゃんがお腹を蹴っているらしい。

その蹴られている部分をそっと手で撫でると、何かに満足したかのようにその振動は収まった。

まるで赤ちゃんが「パパを悪く言わないでー」と言っているような気がして、桜子はまた苦笑した。


そして大きな自分のお腹を撫でながら、桜子は悟った。

今まで人生をやり直す意味をあれこれ考えてきたが、何故神が自分にそんなチャンスを与えたのかだけは全く分からなかった。


だが、その答えは単純なものだった。

神は本来生まれてくるべき命を、生まれさせようとしただけなのだ。


桜子と聖の些細な行き違いや意地のせいで、前の現実では2人の夫婦仲は冷め切っていて子供など望めるような状況ではなかった。

だが、もし2人が普通の夫婦のように愛し合っていれば、子供はできたはずなのだ。


前の現実で産婦人科医として仕事をしていた時、桜子はこんな話を聞いたことがある。

子供は親を選んでやってくるのだ、と。


桜子と聖は、自分達を選ぼうとしてくれていた子供を自分達の勝手な事情で拒み続けてきた。

きっと神は桜子と聖にその命を受け入れさせるために、桜子にチャンスを与えたのだ。


いや、桜子たちの子供だけではない。

柵木と亜希子の第2子である響も、前の現実では存在し得なかった。


この世にはどれだけたくさんの「親に拒まれた命」があることだろう。


桜子は神ではないから、神が桜子に与えたようなチャンスを誰かに与えることはできない。

だが。


「生まれてきた命を守ることはできるわ」


桜子は呟いた。

母として医者として、やれることはある。


人生をやり直したことを、無駄にしてはいけない。

自分の子供を産むということだけに留めてはいけない。


そんな気がした。


「おーい、何見て・・・あ、本竜の旦那じゃん。なに今更自分の旦那に見とれてるんだよ」


柵木は桜子のところにやって来ると、テレビを見て言った。


「あら、柵木君は亜希子さんに見とれたりしないの?」

「しない、しない。何年夫婦やってると思ってるんだよ」


自嘲気味にそう言う柵木。

だがそう言いながらも、亜希子と子供たちを眺める柵木は幸せそうだった。


確かに何年も夫婦をしていれば、お互いに見とれるということはなくなるのかもしれない。

だがその代わりに、家族の幸せに見とれるようになるのだろう。


「あ、こら、響!勝手に店に入るなって!」


桜子は、走っていく柵木の後姿に微笑んだ後、もう一度テレビの中の聖を見た。



私たちにもいつか、見とれる対象が変わる日が来るのかな。



そんな期待を胸に、桜子は柵木一家の元へ向かった。







――― 「re-LIFE」完 ―――






長い小説にも関わらず、最後まで読んでいただきありがとうございました!次の連載もお楽しみに!

*聖とお嬢様のお話は「triangle」でお楽しみください。

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