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第九話 不倫してるくせに開き直る男たち

 私がボーモン公爵家からルンルンで帰ると、ちょうど家の前から馬車が去ろうとしているところだった。


「騎士団の紋章が描かれている馬車だわ……ということは、もうクロード様がお帰りになったのかしら」


 いつもの帰宅時間より2時間ほど早いじゃないの。


 はあ、夫のあの仏頂面を思い出すだけで気が滅入る。


 できれば夕飯まで顔を合わせたくなかったが、帰って来たのなら仕方ない。

 

 一応おかえりなさいと声をかけるか——と思い家の中に入ると、どういう訳か玄関からほど近い応接室に人の気配がある。


 クロードが帰宅しただけではなく、客人もいるのだろうか?


「誰かお客様がいらしてたの?」


 ちょうど廊下にいた侍女のエメに尋ねると、彼女は茶器と茶菓子の載ったカートを押しながら答えた。


「ええ、騎士団の方がいらしております」


 私の脳裏にふわふわの茶髪頭の男がよぎる。


 まさか客人ってアイツじゃないでしょうね……


「旦那様、奥様がお帰りですよ」


 にこやかに入室するエメに続いて、私も応接間へと入る。


 するとチッと小さく舌打ちをしたクロードと目が合った。


 新妻が帰って来て舌打ちする夫ってどうなのよ。


 しかも!


 クロードの横には勝ち誇ったような顔の私の天敵、イヴが座ってるじゃないの!


「あっ、シャルロット様おかえりなさーい! お邪魔してまぁす! また婦人たちの集まりに行ってらっしゃったんですかぁ? もっとゆっくりしてくればよかったのにぃ」


 なんで私がボーモン夫人たちとの社交に出かけていたことをコイツが知ってるのか。


 私は口元がヒクヒクと痙攣するのを抑えられなかった。


「イヴの言う通り、シャルロットはもう少しゆっくりしてきても良かったんだぞ?」


 クロードのここのセリフだけを切り取れば、妻の交友関係やプライベートに寛容な夫にしか思えないだろう。


 しかしコイツらは、お邪魔虫である私に「邪魔するな。消えろ」と言いたいだけなのだ。


 あー腹立つ。


 以前の私だったら、挨拶だけしてとっとと自室に帰っていたことだろう。


 けれど今の私は違う。


 今の私は夫にないがしろにされる可哀そうな妻ではない。


 新人のボーイズラブ作家(もうすぐ出版予定)なのである。


 愛し合う男たちが並んでいるなんて、またとない取材の機会といってもいい。


 あまり私をナメるな。


「エメ、わたくしにもお茶をもらえるかしら? せっかくイヴ様が来てくださったのですもの。わたくしもお話したいわ」


「ええ、もちろんです! すぐに奥様のぶんのカップもお持ちいたしますね」


 事情を知らないエメは、爽やかな笑顔でキッチンへと戻っていく。


 それを見たクロードとイヴは互いに目配せをしたあと、2人揃って不機嫌になった。


「えー、僕、シャルロット様とお話することないんだけど」


 イヴはもう私に敬語を使うことはやめたようだ。


 愛人のくせにどこまでも私をナメている。


「あなたがなくても、私にはあります」


 私が毅然とした態度で言うと、応接間の空気がピシッと固まった。


 クロードがわずかに眉を寄せる。


「……イヴに何を言うつもりだ」


「クロード様ぁ」


 イヴはきらきらとした瞳で、上目遣いにクロードを見た。


 クロードは、さっと片腕をイヴの前に出し、私から庇うようにした。


 いやいやいや、その男、曲りなりにも騎士団の団員でしょう⁉


 か弱い婦人の私に何ができるっていうのよ!


 私はツッコミたい気持ちをぐっと押さえ、コホンと咳ばらいをした。


「わたくし、あなたたちの関係には気づいています」


 どうよ、言ってやったわよ!


 クロードの目がわずかに泳ぐ。


 しかし、その横にいるイヴは堂々としたものだ。


 イヴは足を組みなおし、偉そうに腕を組むと、少し顎を突き出して言った。


「それで? 僕たちの関係に気付いているから、何?」


「な、何って……」


 そこはアンタらが怯むところでしょう⁉


「逆に聞くけど、シャルロット様はそう言うことで僕たちをけん制できるとでも思ってるの? 僕たちが別れるとでも思った?」


 クロードは少し焦った様子で「おい、イヴ」と彼の腕を掴むが、イヴは私から視線を外すことはない。


 一歩も引く気はないつもりだ。


「シャルロット様が気づいている通り、僕たちは愛し合ってる。ポッと出のアンタなんか入る余地はないんだよ。アンタの実家についても調べさせてもらったけど、アンタの実家はどうせ事業の関係で侯爵家には強く出られないんだろ?」


 図星である。


 私の実家に言いつけても無意味だ。


「それに、変な噂を流すこともできない。だって噂を流せば、出どころは自分だって言ってるようなもんだもんね? クロード様に離縁されて、侯爵家がシャルロット様の実家と取引をやめてしまえば、アンタの実家はあっという間に窮地に陥る」


 ぐぬぬ。


 何も言い返せない。


 私がひとこと言うことで、2人が少しでも動揺してくれればそれで良かった。


 新妻を邪険に扱っていることに対して、少しでも申し訳ないと思ってくれれば良かった。


 それなのに、目の前の二人(主にイヴ)は、申し訳なさそうにすることもなく開き直っている。


 しかも、私にめちゃくちゃ喧嘩を売ってくるじゃないの。


 腹立つー!


 その時、応接室の扉の向こうから「失礼します」というエメの声が聞こえた。


 扉から入ってきたエメの顔が、心なしか曇っている。


 何かあったのだろうか。


「旦那様、今しがた騎士団から緊急の連絡がございました。……隣国との国境付近で、大きな爆発があったとのことです」


 クロードとイヴの目がはっと見開かれた。


 それまでの陰湿な空気からは一変して、2人は騎士団の顔になる。


「まさか、開戦したのか?」

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