第七話 私達の性癖が理解できるっていうんですか
ボーモン夫人から紹介された男性は、温室の中にいる婦人たちを見回すと軽くおじぎをした。
「ただいまご紹介にあずかりました、アクセル・アランソンと申します」
男の声は、低くて甘い。
この国の人にしては珍しい黒髪で、それが少しミステリアスな雰囲気を醸し出している。
歳は私と同じくらいに見える。二十歳くらいだろうか。
「こちら、アランソン公爵家の次男の、アクセル様ですわ。アランソン公爵家は元々大きな書店をお持ちだったんですが、最近では出版会社も立ち上げたそうなんです」
「ええ。我が国にも印刷技術が導入されたことで、ここ数年劇的に本が増えましたでしょう? 今までは貴族向けの本ばかり扱っていたのですが、事業を拡大するにあたり、平民にも広く受け入れられるような本を作ろうと思っているのです。そこでボーモン夫人がお声がけくださったのですよ」
ボーモン夫人を除く婦人たちは、思わず互いに目を合わせた。
確かに私達が書いている小説は貴族向けではない。
平民向けの俗っぽい作風だ。
しかも、男同士が愛し合っているという、貴族的にも平民的にもちょっとニッチな部類のものだ。
最近販売部数を伸ばしているジャンルとはいえ——
「アクセル様は、わたくしたちの小説の内容をご存じなんですか……?」
伯爵夫人がおそるおそる尋ねた。
出版するからには、内容に全く目を通さない訳にはいかないだろう。
私達は自分の書いた小説を出版できるという喜びで浮足立って、その先のことを全く考えていなかった。
まさか出版を請け負ってくれる人が男だなんて!
こんな内容の物は出版できません、と言われたらどうしよう。
ボーイズラブ小説は読者のほとんどが女性だと聞いている。
男性であるアクセル様に、私たちの書いたものが果たして理解できるのだろうか。
しかし、私達の心配に反し、アクセル様は爽やかに答えた。
「ええ、すでに書き上がっているボーモン夫人の小説を拝読いたしました。いやあ、新しい世界が開けた気分です」
それは文学的になのか、性癖的にだろうか……。
まさかそんなことは聞けない。
私達はゴクリと唾を飲み込みながら、アクセル様の次の言葉を待つ。
「最初は男同士が恋愛するという内容に面食らいましたが……」
そこは面食らうんだ。
「でも、人が人を愛するということには変わりありませんものね。従来の古典的な恋愛小説は回りくどい言いまわしが多いですが、ボーモン夫人や人気作家のマリアンヌ先生の作品はとにかく読みやすいでしょう? 僕はこういった作風が気に入っているのです。文学界に新しい風を吹き込むのは、こういった作品に違いありません!」
アクセル様は胸の前で拳をグッと握った。
上品で柔らかな口調に対して、なかなか熱い男のようだ。
とにかく、ボーイズラブ作品に抵抗感がないのなら、それでいい。
「あと、少しよろしいですか」
おずおずと手をあげたのは、一番若い男爵令嬢だ。
「わたくしは、こういった小説を書いていることも、読んでいることさえ家族には話していません。アクセル様は……その……作家たちの秘密は守ってくださる方なのでしょうか?」
男爵令嬢のうるうるとした瞳がアクセル様を捉えた。
他の婦人たちも、真剣な眼差しでアクセル様を見る。
皆、ボーモン夫人の文学サロンに足を運んでいることは家族や友人に隠していないが、ここがボーイズラブ好きの巣窟であることは言っていない。
このジャンルにはまだ偏見も多い。
世間の偏見にさらされぬよう、私達は静かに自分たちの居場所を守っているのだ。
「もちろん、作者の素性についてぺらぺらと喋ったりはいたしませんよ! そこはご安心ください。それに、皆様ペンネームはお使いにならないのですか?」
「そうよ、ペンネームですわ!」
伯爵夫人がポンと手を叩いた。
そうだ、マリアンヌ先生だってきっとペンネームだ。
私達はペンネームを使うことで自分たちの素性を綺麗に隠すことができるはず。
「それに本の売り上げに応じてお金もお渡ししますが、それも個人のお宅にお持ちしてもいいですし、ボーモン夫人経由でお渡しすることも可能です」
あ、今回は自費出版じゃないんだ。
ということは、アクセル様の出版社が出版費用を持ってくれるってこと⁉
ひゃっほう!
私はテーブルの下で小さく拳を握った。
自費出版だったら実家から持参した金に手をつけなければならなかった。
けれど夫に愛されておらず足元のあやうい私にとって、手持ちの金は多い方がいい。
アクセル様の「売り上げに応じて金を渡す」という提案はとっても助かる。
出版社との細かい契約は次回、ということになり、この日はお開きになった。
自分の趣味が形になり、上手くいけば臨時収入もあるかもしれない。
そう考えるだけで胸の底からワクワクした気持ちが湧きがってくる。
お先真っ暗な結婚生活だが、自分の人生にはしっかり陽が差してきた気がする!
私がルンルン気分で自宅に戻ると、なんとびっくり、そこにはふわふわとした茶色の毛皮の小動物がいた。
……いや違う。
小動物のような可愛さを振りまく小悪魔男こと、イヴだ。
なんでアンタがうちの自宅にいんのよ!
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