第二十七話 離縁して、ナーバートに嫁ぐ?
アルスラン様の突然の提案は常軌を逸していた。
「私とクロード様が離縁して……クロード様とアルスラン様が……結婚⁉」
私がやや大きめの声で聞き返すと、アルスラン様はニッコリと微笑んだ。
「そうよ。私、小説を読んで、さらに実物にお会いして、クロード・フォントネル氏のことがとっても気に入ったの。ほら、ナーバートでは同性婚が認められているでしょう? ナーバートは養子縁組も盛んだから、私と配偶者の間に子ができなくても何ら問題はないし」
何ら問題はない、とサラっというアルスラン様だが、彼の発言には問題しかないと思う。
「小説ではクールな人物として描かれていたけれど、実物のフォントネル氏は少し少年っぽくて、血気盛んな雰囲気も好みだわ。私、熱い男が好きなのよ」
アルスラン様は、まるで令嬢が恋バナでもするかのようなノリで言った。
何から突っ込んだらいいのか分からず、私は思わず口をパクパクさせてしまう。
その横で険しい顔をしたクロードが立ち上がった。
「待ってください。俺とシャルロットが離縁……? 和平の証に双方の国の者が婚姻を結ぶ、というのは理解できます。けれど、それは離縁させてまで行うことではないでしょう! 我が国にも独身の貴族はいくらでもいます。それなりに家格が高く、そちらの王族に嫁いでも問題ない身分の者もいます。どうして俺が——」
するとアルスラン様は涼しい顔で言った。
「だってあなた達、仮面夫婦でしょう? 私、知ってるのよ」
知ってるのよ、と言ったアルスラン様の目線が思いの外鋭くて、私はぐっと息を飲んだ。
「何をおっしゃいますやら」
クロードが冷笑まじりに答えたが、アルスラン様は顔色を変えない。
「戦争中に、自国にスパイの一人も混じっていないと思ってるの? 当然、そちらの国にはナーバートのスパイがいる。そしてその者たちからは平民から貴族まで様々な人物の情報が入る。握れる弱みは多い方がいいでしょう?」
“握れる弱みは多い方がいい”と聞いて、まだ和平会議の済んでいない今、我が国は戦争の真っただ中なのだと気づかされる。
アルスラン様は涼しい顔のまま続ける。
「クロード・フォントネル氏がイヴ・シャルルと恋仲であること。フォントネル夫妻が不仲であること。シャルロット様がボーイズラブ小説を書いていること。ナーバートは全てお見通しなのよ。もちろん、他の貴族の情報も多々掴んでいるわ」
クロードは相手の出方を伺うように、押し黙っている。
今度はアクセル様が口を開いた。
「アルスラン様、話が違います。あなたは、和平の一環として文化交流のためシャルロット様に会いたいと言ったはずだ。双方の文化を理解し、終戦後にスムーズに物や文化や人の行き来ができるように……と言っていたではありませんか!」
「そんなの建前に決まってるじゃない。だいたい和平会議で文化交流の話なんか出るわけないのよ。土地の割譲とか、補償とか捕虜の解放だとか、そんなのばっかよ。でも、和平の証として、双方の国の者が婚姻を結ぶ話が出ているのは本当よ。生憎、第一王子であるうちの兄は奥方が妊娠したばっかりでデリケートな時期だから、新しい妻を迎えるのには不適切なのよねぇ。その点、私は独身だし、ちょうどいいのよ」
「アルスラン様が婚姻を結ばれるのであれば、何も既婚のフォントネル氏にこだわる必要はないでしょう?」
「あらぁ、フォントネル氏が離縁したら、アクセル様にとっても都合がいいのではなくて? だって貴方、真っ昼間のカフェでシャルロット様に求婚していたそうじゃない。フォントネル夫妻が離縁することは、あなたにもメリットがあるのではなくて?」
すると、それを聞いたクロードは今度はアクセル様に掴みかかろうとした。
「アランソン、それは本当か⁉」
ひいぃぃぃ、今日はクロードの血の気が多すぎる。
私はクロードの後ろから抱き着くようにして彼を制止する。
「アランソン! 貴様、白昼堂々と人の妻に求婚するなど、恥というものを知らないのか⁉」
「ハッ、お言葉ですが騎士団の同僚と堂々と不倫している貴方に恥知らずなどと言われたくはありませんね! だいたい僕の姉と交際中もイヴ・シャルルと浮気して、姉を深く傷つけた! 貴方の方が恥を知るべきだ! シャルロット様のことも貴族としての世間体のために繋ぎ留めたいだけだろ⁉ そろそろ彼女を解放してやったらどうだ⁉」
クロードとアクセル様の言い合いはどんどんヒートアップし、もう止まりそうにもない。
誰か助けて……と祈るような気持ちでいると、部屋の扉がバタンと開いた。
扉から駆け込んできたのは——
「クロード様ぁ! ここにいたんですね!」
茶色いふわふわ頭は、そう言ってクロードに飛びつくように抱き着いた。
現れたのは、イヴだった。
間がいいのか、悪いのか。
どうか、このイヴの登場で場が収まる——訳はないか。
さらに混沌としそうな今後を思いやり、私は気が遠くなった。




