第二十六話 これって和平会議じゃないんですか?
自分の妻こそがボーイズラブ小説を書いた本人だと気づいたクロードは、私を物理的にギリギリと締め上げた。
「シャルロットォ……! こんなことをして許されると思っているのか⁉」
クロードが容赦なく襟元を掴んでくるせいで、息がしにくい。
視界も霞んできた。
もうだめ……と意識を手放しかけたその時、視界にアルスラン様の熊のように大きな手が入り込んできた。
「はぁい、そこまでよ!」
先程よりも随分くだけた喋り方のアルスラン様は、私とクロードをべりっと剥がし、遠ざける。
ゲホゲホと咳き込んだあと、私は空気を貪るように吸い込んだ。
涙で視界が滲む私の背中を、アクセル様が優しくさする。
「フォントネル氏、いくらなんでも女性相手にやりすぎよぉ」
アルスラン様は、まるで女性のような口調でそう言った。
しかし、彼は私を心配するというよりは、この状況を楽しんでいるように見える。
アルスラン様に促され、私達は再度席につく。
「フォントネル氏もお気づきの通り、私とロロット先生……もといシャルロット様は男と男が愛し合う小説を書いています。先ほども言いましたように、いわば同志です。そして私はシャルロット様が書いた小説の素晴らしさに、深く感銘を受けました。なんとも狂おしく切ない心理描写、そして生き生きとした登場人物たち。この世界を描いた先生に是非お会いしてみたい、そしてそのモデルたちにも是非会ってみたい。そう思った私は、自分の立場を利用し、あなた方をこの場にお呼びしたのです」
アルスラン様はそう言うと、私たちの顔をニッコリと見回した。
この圧倒的余裕が、今は少し疎ましい。
いまだ怒りの冷めぬクロードは、イライラした様子でアルスラン様に尋ねた。
「あなたは『自分の立場を利用し』とおっしゃいましたが、あなたはナーバート国にとってどのような立場なのですか? 外交官か何かですか?」
「あら! 私としたことが自己紹介をすっかり忘れていましたね。ウフフ、私はナーバート国の第二王子、アルスラン・クーウンと申します」
「王子ッ……⁉」
「王子様ですって⁉」
私とクロードの声が重なる。
「私達のような一介の貴族が、他国の王子様と会談を行っていたというのですか」
「ウフフ、会談っていうほどのものじゃないわよ。この場は非公式なものだし。分かってると思うけど……これを和平会議だと思っていたんじゃないわよね?」
え? これ和平会議じゃないの?
ちらりとアクセル様を見ると、彼はため息をつきながらゆるゆると首を横に振っている。
「アルスラン様、フォントネル氏やシャルロット様をからかうのはおやめください」
「んーもう、からかってないわよ」
二人の空気はどこか気安い。
もしかして、前から知り合いだったのだろうか?
すると私の視線に気づいたアクセル様が説明してくれた。
「実は、アルスラン様は我が国に留学されていたことがあるのです。そして、僕の姉の友人でもあります。ナーバートと我が国が緊張状態に入ってからは没交渉でしたが、僕たちは元々顔見知りなのです」
それからアクセル様は色々と説明してくれた。
アルスラン様が元留学生であり、我が国の文化に詳しいこと。
マリアンヌという名前で本を出版する前に手紙で相談を受けたこと。
二人は今日久しぶりに会うということ。
それから、アルスラン様が第二王子としての発言力を利用して、和平会議の前に小説家ミセス・ロロットに会ってみたいというワガママを言ったということ。
「じゃあ、私達がここに来ることが和平の条件のひとつ、というのは嘘だったんですか?」
私は体からふわっと力が抜けるのを感じた。
なぁんだ。
私達の存在が和平会議を左右する訳じゃないのね。
ナーバートに何を要求されるのかと身構えていたが、結局は小説の読者が私に会いたがってくれたっていう認識でいいのよね?
クロードに私の所業がバレてしまったのは痛手だし、これからのことを考えると気が重すぎるが、私の責任は重大ではなさそうなので一安心だ。
……と思ったのも束の間。
アルスラン様は驚くべきことを言い出した。
「本題はここからよ。これから行われる和平会議では、和平の証として双方の国の者が婚姻を結ぶことが提案されるの。それで、私から提案よ。シャルロット様、クロード・フォントネル氏と離縁なさい。そしてフォントネル氏は私と結婚するの。どうかしら?」




