第二十一話 夫のパパ、ブチギレ
「クロード! お、お前……シャルロットという妻がありながら、騎士団の同僚にうつつを抜かしているのではあるまいな⁉」
久しぶりに会った義理の父は、ワナワナと唇を震わせながらクロードに詰問し始めた。
クロードにとっては予想外の質問だったのだろう。
彼は一瞬ピクリとした後、ぎこちない笑みを浮かべて言った。
「父上、突然何をおっしゃいますやら」
「しらばっくれても無駄だ! もう騎士団の方からもこちらに連絡が来ている。平民の間でお前とイヴ・シャルルの恋仲が噂の的になっているとな!」
イヴのフルネームを出され、クロードは今度こそビクッと肩を震わせた。
それを見た私の義父、フォントネル侯爵は「やはりそうか」と呟き、深い溜息を吐いた。
書斎に重苦しい空気が漂う。
「最初は、うちの屋敷で働く侍女たちの噂話から始まったのだ。平民の間で話題になっている本に、クロードそっくりの登場人物がいる、とな。それを聞きつけた侍女頭が面白半分に件の本を買って読んでみたところ、これは間違いなくクロードをモデルにしていると確信したらしい」
ひぇ~。まさかクロードの実家の侍女が私の本を読んでるとは思わなかった。
ボーイズラブもかなり市民権を得てきたということね。
……なんて呑気に考えている場合ではない。
私の頭頂部から冷や汗がたらりと垂れるのを感じた。
フォントネル侯爵は怒りに震えながら話を続ける。
「本を確認した侍女頭は、お前もよく知っているアネットだ。小さい頃から世話になっただろう。ある意味で、親戚よりもお前のことを深く理解している人間だ。そんな人間だからこそ気づいたのだ。登場人物の人物像があまりにもリアルだと。これは事実を元にしているのではないか、とな」
侯爵はすうっと息を吸い、そこからは一気にまくし立てた。
「私もアネットからその話を聞いたときはまさかと思ったさ。私が言うのもなんだが、クロード、お前は社交界でも評判の美男子だった。お前の心を得られなかったどこぞの令嬢が、嫌がらせ半分にでも書いたのかと思っていたのだ。けれど、先日騎士団の方から問い合わせがあったのだ。お前が騎士団副団長の職権を乱用し、騎士団内の風紀を乱しているとの指摘が市民から相次いでいるとな! それについて父である貴殿はどこまで知っているか、と聞かれたのだぞ⁉ これが我が家にとってどれだけの醜聞なのか、クロード、お前は理解しているのか⁉」
侯爵はここまで言い切ると、肩で息をしながらクロードを鋭く睨みつけた。
「父上、それは誤解です! 俺が騎士団の風紀を乱すなど、あるはずがありません! ご指摘のあったイヴ・シャルルは親しい同僚のうちの一人に過ぎません」
「それならば、どうしてこの本を読んだ若い女子たちが騎士団の訓練所の周りをうろついているというのだ⁉ 騎士団から聞いているぞ。身分を問わず、様々な令嬢がこの本を片手に騎士団の訓練所の周りをうろついているとな! 不審に思った門番が女子に尋ねると、皆恥ずかしそうにお前はいるか、一目姿を見たいと言うと。それは騎士団の風紀の乱れを指摘する以外にどんな意味があるというのだ⁉ その女子たちは戦時に風紀を乱すなとお前に物申しに来たのではないのか⁉」
そ、それは……
聖地巡礼……!
私は思わず手で口元を押さえながら、フォントネル侯爵が私のアンソロ本を握りしめるのを眺めていた。
ごめんなさい、お義父様。
オタクには聖地巡礼という風習があるのです。
訓練所の周りをうろついていた女子たちは騎士団を非難したいのではなく、小説の舞台になった場所をその目で見たいだけなのです!
クロードの姿を見たいと言った女子に関しては少々マナーのなっていないオタクだろうが、それでも小説のモデルを一目見てみたかっただけで、非難したいという意図はないと思う。
「父上、誤解です。誤解なのです……」
クロードの美しい顔の額に、冷や汗が浮かぶ。
「何が誤解だ⁉ 騎士団の方では既に他の団員に聞き取りをしたと聞いているぞ! そしてイヴ・シャルルに関してはお前との恋仲を認めたと!」
「そんなっ……」
さっきカフェでイヴと遭遇した時にはそんなこと一言も言ってなかったのに⁉
私の口から思わず声が漏れた。
「シャルロットはこの噂について知らなかったのだな。愚息のしでかしたことで迷惑をかけ、誠に申し訳ない……」
フォントネル侯爵は心底残念そうに私に謝罪の言葉を述べた。
違うんです。
私はもうそこまで話が広がっていることに驚いていただけで、ふたりの不倫については前から知っていたのです。
でも、そんなことを言える雰囲気ではないので、私は口元を押さえたまま黙っていることにした。
「クロード。フォントネル侯爵家の名を辱めた責任、どう取るつもりだ⁉」
書斎に、侯爵の怒りの声が響いた。




