第二十話 夫の実家からの呼び出し
アクセル様との打ち合わせから帰宅すると、そこには居るはずのない夫クロードがいた。
「クロード様⁉ いつ戦地からお戻りになったのですか⁉」
「小一時間前だ。それよりも、さっさと支度をしろ。フォントネル侯爵家から呼び出しがかかった」
「し、支度とは……? それよりも、お戻りになるのなら前もって知らせて下されば良かったのに」
私がそう言うと、クロード様は苛立ったように小さくため息を吐き、前髪を掻きあげた。
戦地に赴く前よりも、全体的に髪が伸びている。
中でも前髪は目にかかるほど長く、少し鬱陶しそうだ。
「俺もこのタイミングで休暇を取るつもりなど無かったんだ! 無論、ここに戻るつもりも無かった。まだ戦争は終わっていないからな。ただ、今朝我が国はナーバートと停戦協議に入ったのだ。おそらく数日間は停戦する。このタイミングで実家から今すぐに帰れと連絡があって、帰ってくるしかなかったんだ」
「フォントネル侯爵家から、急ぎの用ですか?」
「ああ。詳しくは向こうに着いてから説明すると言われている。そして、その際には必ずシャルロットを伴うようにと言われたのだ」
「私も一緒に、ですか」
クロードが騎士団として戦地に赴いている最中に、妻である私と一緒に実家に顔を出すようにと言ったってこと?
私の義理の両親であるフォントネル侯爵夫妻は、結婚前と結婚式当日などに数回顔を合わせたのみで、ほとんど付き合いはない。
けれど、戦時に無茶を言うような人たちでも無さそうだけれど……。
「とにかく、俺達は今すぐフォントネル侯爵家に向かわねばならん。同じ王都といえど馬車で一時間はかかる。今すぐ用意しろ」
◇
馬車に乗って鬱蒼とした木々に囲まれた道を抜けると、フォントネル侯爵家の大きな屋敷の前に出る。
私たちの馬車を見つけるやいなや、満面の笑みを浮かべた子供が、たたた、と走り寄ってきた。
「ユーゴ。また大きくなったな」
クロードが私に対しては絶対に聞かせることのないような、優しい声で子供の名を呼んだ。
馬車から降りたクロードに跳びつくようにして現れたのは、クロードの甥であるユーゴだ。
ユーゴはクロードの兄夫婦の息子で、3歳になる。
その後ろから、ややぎこちない笑みを浮かべた女性が歩いて来た。
彼女はユーゴの母であり、クロードの義理の姉にあたるアニエスだ。
「クロード、久しぶりですね。国境の方は髪を切る暇もない程に忙しいのでしょうね。少し前髪が長いわ。シャルロット様もお元気そうですね」
「義姉さん、結婚式以来ですね。フォントネル家は変わりありませんか」
「ええ、お義父様の機嫌がすこぶる悪い以外は……。クロード、あなた、あの噂は……」
アニエスは言いにくそうに言葉を区切った。
「噂、とは?」
「あなた、まさか何も聞かされずにここに来たの?」
アニエスが少し驚いた様子で目を見開いた。
どういうことだろう。
私は怪訝な顔をするクロードと目線を交わした。
「俺は急いで帰ってこいと言われただけですよ」
「そう……そうなのね。お義父様たちは、奥の書斎にいらっしゃるわ。クロード、シャルロット様とここに来たということは、あなた達は、その……」
アニエスが口ごもっている間に、使用人はそれを遮るように「クロード様、シャルロット様、お待ちしておりました」と私達を屋敷の奥へと連れて行った。
今から一体何が始まるのだろうか。
私は嫌な予感で満たされる胸を押さえつつ、書斎へと向かった。
「クロード、シャルロット。お前達がどうして呼ばれたか、分かっているだろうな」
フォントネル侯爵は明らかに苛立った様子で目をすがめた。
えっ、怖いんですけど……!
するとフォントネル侯爵は一冊の本を取り出し、その背表紙の角をコンコンと机に打ち付けるようにした。
その本は明るい茶色の表紙で、背を向け合って立つ二人の男たちが描かれている。
それはどう見ても私が婦人たちと書いたアンソロ本じゃないの……!
私は頭からサーっと血の気が引くのを感じた。
次第に手足が冷たくなり、お腹の下の方がぎゅっとなる。
恐る恐るクロードを盗み見ると、彼は全く意味が分からないと言った顔で首を傾げている。
「クロード! お、お前……シャルロットという妻がありながら、騎士団の同僚にうつつを抜かしているのではあるまいな⁉」




