第二話 腐女子の集まる文学サロン
結婚初日に、夫であるクロードから「君を愛することはない」と言い切られてしまった私。
新たな人生の幕開けがコレかと虚しくて、広いベッドでひとり、一晩じゅう泣いた。
でも、いつまでもウジウジしていてもしょうがない。
クロードの妻として最低限の務めを行う以外は趣味に生きる。
一旦そう決めてしまうと、私の心はずいぶん軽くなった。
どうせクロードは跡取りじゃないし、子供ができなくてもそこまで問題はないだろう。
双方の実家から何か言われるかもしれないが、のらりくらりとかわそう。
私は気持ちをすっかり切り替えると、結婚式の翌日から独身の頃から出入りしていた貴族の文学サロンへと再び足を運ぶことにした。
文学サロンはボーモン公爵夫人が自宅の温室で開催しているものだ。
皆でお気に入りの本を持ち寄っては、文学談義に花を咲かせる。
開催頻度は週1日。参加者は独身も既婚も含めて女性ばかり。
10代から50代までと年齢も様々だ。
私が温室の扉からひょっこり顔を出すと、ボーモン夫人は「あら?」と目を瞬かせた。
「シャルロット様じゃないの。昨日は結婚式にお招きいただきありがとうございました。とてもお似合いのお二人に思わずうっとりいたしましたわ。……シャルロット様はまだお疲れも残っているでしょうに、しばらくサロンの方はお休みされるとばかり思っていましたわ」
ボーモン夫人はそう言いながらも、優雅な笑みで紅茶を入れてくれた。
繊細な花模様が施されたティーカップから、白い湯気がふわりと立ち上がる。
このサロンには使用人はほとんど出入りしない。
文学の話に花を咲かせても、少々下品なゴシップに花を咲かせてもいい。
けれどボーモン夫人も、その後続々とやってきた他の婦人たちも、結婚式の翌日にサロンに現れた私に驚きこそすれ、「新婚旅行は?」だとか「初夜の後でお疲れなのでは?」だとか詮索してくる人はいなかった。
それは、皆がよくわきまえている分別のある人たちだから、という訳ではない。
皆、他人のゴシップよりも自分の趣味の方が大事なのだ。
「さてと、みなさんお揃いになられたようですし」
ボーモン夫人はコホン、と咳ばらいをすると、うやうやしい手つきで1冊の本を出して来た。
上品な紺色の表紙には「僕だけの騎士」と書かれている。
それを目にした瞬間、テーブルを囲った6人の婦人たちから「ひゃぁぁぁぁ」という細い悲鳴が漏れた。
皆一様に目を輝かせ、頬を染めている。
それはまるで想い人に出会った、恋する少女のようだった。
もはや貴族としての上品さや威厳などない。
でも使用人もいないし、いいの、いいの。
「ボーモン夫人、こちらはマリアンヌ先生の新作……ですか⁉」
顔を赤らめたまま、伯爵夫人が前のめりになって尋ねる。
「いいえ、新作ではないのです。幻の……デビュー前の作品!」
ボーモン夫人がそう言い放つと、婦人たちから「きゃああ!」という歓声があがる。
彼女が手に持っている本は、いま平民の間で大流行している人気作家マリアンヌ先生のデビュー前の作品らしい。
この世に10冊しか存在しないという自費出版のものを、公爵家のあらゆるツテを使ってゲットしたという。
マリアンヌ先生といえば、昨年彗星のごとくデビューし、瞬く間に街の書店を賑わせるようになった超人気の恋愛小説作家だ。
「タイトルが『僕だけの騎士』ということは、今回は騎士団の方が登場するのかしら?」
「そうですわ。騎士団の団員同士の、禁断の恋……!」
マリアンヌ先生はボーイズラブ作家なのである。
元々この文学サロンは、一般文芸作品について語り合う場であった。
しかしある時、ボーモン夫人が「平民の間で流行っているのですって…!」とマリアンヌ先生の作品を持ち込んだのだ。
それを見た婦人たちは「男同士の恋愛ですって?」と多少驚きはしたものの、その辺で売っている恋愛小説ではありえない際どい性的表現や、なんとも心を揺さぶる恋の駆け引きに、皆あっという間に夢中になった。
私達は「平民の文化を理解するのも大事ですものね」という言い訳のもと、際どいボーイズラブ小説を片っ端から漁っていった。
夫や家族には見せられない。けれども、その背徳感が私達をより一層盛り上がらせた。
「騎士団の恋……想像するだけでワクワクいたしますわ。そういえばシャルロット様の旦那様になった方も騎士団の方ではなくて?」
うっ。ついに自分の話題になってしまった。
皆の視線が一斉に私へと集まって来た。
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