第十八話 アンタには言われたくないわよ
「誰なの、この男は⁉ クロード様という人がありながら‼」
偶然カフェで遭遇したイヴは打合せ中の私とアクセル様を見て、ぷんすかと怒り出した。
まるで恋人の浮気現場を目撃した女のような発言だ。
いや、待て待て。
アンタは私の夫の愛人でしょうが。
なんで恋人の浮気現場を目撃した女みたいな発言をしてるのよ。
私はイヴに抗議するべく、椅子からガタリと立ち上がった。
「あのねぇ! 私にだって男性の知り合いの一人や二人います! それにこちらのアクセル様とは打合せでここにいるの。変な勘繰りはよして頂戴」
「……打合せぇ?」
イヴが怪訝な顔をする。
ヤバい、私は小説を書いていて本を出していることをイヴには言っていない。
しかも私の小説はモロにイヴとクロードをモデルにしているため(ネタにしているとも言う)、イヴに今バラす訳にはいかない。
どうやって誤魔化そうかとアワアワしていると、横からアクセル様が助け舟を出してくれた。
「国境で日々頑張っておられる騎士団の方々に送る、支援物資についての打合せですよ」
「支援物資……? シャルロット様、今まで散々支援物資は送ってきたじゃん。まだ良い妻アピールをし足りない訳?」
イヴがさっきとは違う方向で不機嫌になり、私をジロリと睨む。
しかし私もこんなところで負けている訳にはいかない。
「あのねぇ、いつも良い妻アピールとか言って私を馬鹿にするけど、私はれっきとしたクロード様の妻なの。騎士団副団長の妻が、戦地にいる夫とその同僚の方々に支援物資を送って何が悪いのよ」
「クロード様に愛されてないくせに、悪あがきをしてるみたいで目障りだなって思っただけ」
イヴは形の良い唇から、べえっと舌を出した。
顔が抜群に美しいゆえ、そんな表情も絵になるのがまた腹が立つ。
「良い妻アピールのために、他のお貴族様も巻き込んで大々的な支援を行おうってこと?」
「そ、そういうことよ。良い妻アピールじゃないけどね。他の方にも意見を伺って、騎士団の皆様により喜ばれる支援物資とは何かについて考えていたのよ」
私がそう言い切ると、イヴは「ふーん」と面倒臭そうに返事をした。
「好きにすれば。言っとくけど、シャルロット様がいくら支援物資を送ったところで、クロード様は別に喜んでないからね? 勘違いしないで」
だから勘違いしてないし、クロードの心を得たいとも思ってないってば!
私は純粋に、戦地で頑張る騎士団の人や、国境で戦火に耐える国民たちの支援をしたいだけなのだ。
それがどうにもイヴには伝わらないのだが、彼はもう気がすんだらしく「じゃあね」と投げやりな挨拶をしてカフェから去って行った。
小さくなっていくイヴの背中を見ながら、アクセル様が苦笑交じりに言った。
「あれがイヴ・シャルルですね? 言葉を交わすのは初めてですが、いや、思った以上の曲者だな……」
アクセル様はそう言いながら、やがてクックッと肩を震わせながら笑った。
「あんなに強烈な人物だとは思わなかった。僕の姉からクロード様を略奪するだけはある。シャルロット様、よくぞあれだけ冷静にお話されましたね。僕が貴女なら、夫の愛人にあんな尊大な態度を取られた日には激昂してしまうかもしれません」
「ふふ、もう慣れました。イヴとは何べんも顔を合わせていますからね。それに……」
私が中途半端に区切った言葉に、アクセル様が首を傾げる。
彼に私の胸の内を全て打ち明けてしまっていいだろうか。
新婚の女性として、淑女として、胸の内を明らかにするのはみっともないだろうか。
けれど、私は数秒の逡巡ののち、口を開いた。
「それに、私はクロード様を愛していません。その上、彼から愛されることも諦めています。だからイヴにあんな態度を取られても、あまり腹が立たないのだと思います」
アクセル様は何も言わず、眉尻をさげて私を見つめている。
「お恥ずかしい話ですが、私は結婚初日にクロード様から『君を愛することはない』と言い切られてしまったのです。ここだけの話ですが、男女の関係もありません。完全に形だけの夫婦なのです」
私があけすけに言ったからか、それとも私の置かれた状況がアクセル様の想像を上回るものだったからか、アクセル様は「まさか」と小さく呟いた。
「仲睦まじいとまではいかなくても、クロード様とうまくやれることを願った時期もありました。子供も欲しいと思っていました。けれど、この結婚では何も叶いませんでした。みじめでしょうがない日々に、アクセル様が私の小説を拾い上げてくださったことは、まごうことなき人生の光ですよ」
もちろん、文学サロンの婦人たちも私の光だ。
婦人たちもアクセル様も、私の人生の大いなる光であり、心の支えなのだ。
大げさでなくそう思う。
するとアクセル様は、さきほどよりもその漆黒の目に力を込めて私を見つめた。
テーブルの上に置かれていた手は、いつの間にか私の両手を包み込んでいる。
「シャルロット様。あなたのように素晴らしい人が、クロード様に飼い殺しにされていい訳がありません。彼と離縁して……僕の元に来ませんか?」




