第十七話 これはデートじゃなくて打合せだから
ボーモン侯爵家からの帰り道。
私を呼び止めたアクセル様は「わが社から、シャルロット様に単独での小説出版をご提案したいのですが」と囁いた。
えっ、なんですって⁉
アンソロ本じゃなくて、私がひとりで本を出せるということ⁉
アクセル様は私がアワアワしてるのを楽しそうに眺めながら、もう一度私の耳元に口を近づけた。
彼の低く甘い声がすぐそばで聞こえて、なぜだか鼓動が速くなる。
「つきましては、是非打合せの機会を頂きたいのですが」
「ももも、もちろんです……!」
私は帰りの馬車に揺られながら、アクセル様からの提案を何度も心の中で反芻していた。
私がまた本を出せる……?
しかも今度は一人で……?
それって一人前の作家みたいじゃないの……‼
◇
三日後の昼下がり。
私は以前アクセル様と偶然会ったカフェのテラス席で、今度は彼としっかり待ち合わせをしてお茶をした。
もちろん、出版に関する打合せのために!
晩秋にしては珍しく、今日は暖かな風が吹いている。
私達のテーブルにほかほかと湯気の立ち昇る紅茶が運ばれたのを合図に、アクセル様はにこやかに話し始めた。
「以前、文学サロンの皆様と共同で出版された小説ですが、実はシャルロット様の小説が一番評判が高かったのです。登場人物たちに生々しい魅力があって、また騎士団の描写が素晴らしいと」
そりゃあ実在のモデルがいますからねぇ。
クロード達の了解も取らず勝手にモデルにした訳だが、評判になっているのなら彼らにバレるのも時間の問題かもしれない。
私は新しい本を出版できるという興奮と、そろそろ隠し事がバレそうだという焦燥による二重の意味でごくりと唾を飲み込んだ。
「それで、次回の出版の形式なのですが、短編集という形はどうでしょう?」
「短編集? 私、てっきり長いお話を書くものかとばっかり」
「プロの作家の方にお聞きしたのですが、長編小説というのは矛盾なく、さらに緩急をつけながら書くのが大変難しいそうでして。それならば短編をいくつか書いていただいたほうがクオリティが上がるのではないかと思ったのです」
アクセル様の漆黒の瞳が私を捉えた。
彼は親切な友人のような存在ではあるが、実際はビジネスパートナーだ。
アクセル様はあくまでも出版社の人間。
ボランティアで私達の小説を出版している訳ではない。
おそらく、アクセル様から見て私は長編小説を書けるほどの実力はないと判断されたのだろう。
少し歯がゆい気もするが、下手に自己主張をして出版の機会を失う訳にはいかない。
ここは彼の言うことに従う方がいいだろう。
……もしかすると、クロードとの結婚生活で、私は誰かに自分の意見を言うのが苦手になってるだけかもしれないけれど。
「わかりました。いくつか短いお話を書いてみますね」
「短いお話のうち一つは、前回の続編という形でも結構ですよ」
続編かぁ。
確かに前回の小説が好評だったのなら、続編を書けばそれだけで話題になるかもしれない。
私の脳裏に、イチャイチャするクロードとイヴの様子が浮かぶ。
もはや彼らは私のネタでしかなく、そこに嫉妬心は微塵もない。
そうね、こんなふうに私服姿のイヴがカフェに訪れるシーンとかがあってもいいかもしれない……やはり美青年なだけあってどこに居ても絵になるわね……
って、私の妄想じゃなくて本人⁉
私の目の前に、まごうことなきイヴ本人がつかつかと歩みよってくる。
「ねぇシャルロット様。この男、誰?」
イヴはいつも通りの茶髪のふわふわ頭に、服は平民の間で流行っている型のベージュのコートをさらり羽織っている。
そして長い指先で、無礼にもアクセル様を指さした。
「イヴ、アンタ騎士団の治療院にいたんじゃ?」
「さっき退院したの。明日から部隊に復帰するから、その前に買い出ししようと思って街に来たんだけど……誰なの、この男は⁉ クロード様という人がありながら‼」
待て待て。
私の浮気を疑ってそれを咎めたいのかもしれないが、そもそもアンタは私の夫の愛人だろ!
なんでアンタに咎められないといけないのよ!
私は抗議するべく、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。




