第十五話 私はなぜ愛人とこんな話をしているのか
「シャルロット様はさ、クロード様のことが好きなんだよね?」
夫の愛人からこんなことを聞かれる妻なんて、私以外にいるだろうか。
私がクロードのことを好いてるですって?
うーん、家族としてある程度大事には思っているけれど、イヴが聞いているのはそういうことではないわよね?
恋愛的に好きかどうかということよね?
そうであれば、答えはノーだ。
私が「いや、別に」と答えると、イヴは目をまん丸に見開いた。
顔には「この女、信じられない」と書いてある。
だいたい、クロードと結婚するまでに顔を合わせたのなんか数回だ。
おまけに結婚初日に「お前を愛することはない」と言い放たれている。
そんな状況でいつ好きになれというのか。
けれど、夫の愛人であるイヴにそこまで話してやる義理もない。
せいぜい理解に苦しんでいてくれればいい。
イヴには「アンタ、思ったよりだいぶ変な女だな」と言われ思わず笑ってしまったが、堂々と職場で不倫しているコイツには言われたくないと思う。
「ところで、アランソン公爵令嬢って聞いて何か思うことはある?」
それまで薄ら笑いを浮かべていたイヴの顔が真顔に戻る。
覚えがあるということね。
「アンタが数年前にクロード様を略奪した女性だけれども」
「それが何」
イヴはさっきよりもふてぶてしい態度で切り返して来た。
「とある人に聞いたの。アンタがアランソン公爵令嬢からクロード様を略奪したせいで、彼女は心を病んで、そのまま病気にかかって死んでしまったのですって。それなのにアンタとクロード様は悪びれる様子もなく交際を続けて、クロード様が結婚してからも恋人関係を継続してる。異常だと思わないの?」
私はここにきて初めて、真っ向からふたりの愛人関係を批判した。
別に貴族に愛人がいる話なんて珍しくはない。
けれど、愛人はあくまで愛人。
ちゃんとした手続きを踏んで妻になった私が、夫からないがしろにされる理由はない。
私はこの二人を別れさせたい訳じゃないが、ないがしろにされ続ける人生を送りたいわけでもない。
私は一人の人間として、もっと尊重されるべきだと強く思っている。
私はボーモン夫人たちとの文学サロンでの活動を通して、自分らしく生きることの意味をずっと考えていた。
彼女たちは私の存在も、やりたいこともすごく尊重してくれる。
これこそが人間関係の正しいありかたじゃないの?
クロードと仲睦まじい夫婦になることなんて、とっくに諦めている。
けれど、私はまだ彼と家族として上手くやっていくことは諦めていない。
そのためには、イヴとクロードに自分たちの異常性について一度省みてもらう必要があるはず。
「僕たちが異常だって? じゃあシャルロット様は自分が正常だとでも言いたいの? 馬鹿馬鹿しい! だいたいアランソン公爵令嬢は流行り病で死んだって聞いたよ。僕のせいじゃない」
「私は自分こそが正常だって言いたいんじゃないけど」
「けど、何」
イヴの目がまっすぐに私を見つめる。
自分こそが正常だって言いたいわけじゃない。けど……
けど、私だってまともな結婚生活を送りたい。
イヴたちが自分たちの過去や今も続く不倫関係を反省してくれたら、私の生活もちょっとは改善するかもしれないと考えるのは、あまり論理的ではないだろうか?
「そもそもだけどね、シャルロット様。そういう話をクロード様としたことがあるの?」
イヴの問いかけに、私はドキッとした。
言われてみれば、愛人がいる件についてクロードを問いただしたことはない。
私は思わず口をつぐんだ。
「どうせ、クロード様とはロクに話もしてないんでしょ? あのね、僕は愛人っていう弱い立場だから文句を言いやすいのかもしれないけど、そもそもシャルロット様がクロード様とちゃんと話をしないことにははじまらないでしょ」
コイツ、愛人のくせにもっともなことを言う。
「ちゃんと話をして、その上で『俺にはイヴが一番なんだ! イヴしか愛せないんだ!』ってハッキリ言われちゃったらどうなの。そうしたら諦めもつくでしょ」
イヴの自信満々さは、腹が立つどころか、いっそすがすがしかった。
彼はどうしてここまで自分が愛されていると自信を持って言えるのだろうか。
「クロード様には、結婚初日に『君を愛することはない』って言われたわ。だから、それ以上話すことはないかと思ってた」
「シャルロット様が今後もクロード様と家族ごっこを続けるなら、もう少し話した方がいいと思うけど。……って、僕は何のアドバイスをしてるんだろうね」
そう言ってイヴは苦笑した。
「イヴは、私とクロード様に別れてほしい?」
「うーん……正直シャルロット様のことは目障りだと思ってたけど、段々どうでもよくなってきた。投げやりな気持ちってワケじゃなくて、どうせ、ふたりが別れたところで僕がクロード様と結婚できる訳じゃないでしょう?」
うちの国では同性婚は認めれられていないし、仮に異性だったとしても貴族と平民の結婚は難しい。
イヴはクロードと同じ騎士団の一員だが、身分が異なる。
どのみち成就しない恋なのだろう。
「既婚者っていう隠れ蓑があった方がクロード様が堂々と過ごせるなら、僕はそれでいいかと最近は思ってるんだ。あ、シャルロット様のことを認めてるっていう訳でもないんだけど」
イヴはツンとすました顔をした。
その横顔は、名のある作家の彫刻作品かと思うほどに美しい。
これほどまでに一途で美しくても、ただ平民の男であるというだけで、彼ははがゆい思いをしている。
私は貴族の女だけれど——やはり、イヴとは別の方向ではがゆい想いをしている。
「ままならないわね」
私の独り言に、イヴも苦笑した。
イヴとここまで話して気づいたが、結局クロードが悪いのだろう。
平民の男であるがゆえに愛人の座に収まるしかないイヴと、実家との兼ね合いもあって自分からは離縁を言い出しにくい私。
二人の我慢を見て見ぬフリをして、今の状態を維持しようとしているクロードこそが元凶なのだ。
「早くクロード様が帰ってこないかしらね」
彼が戻ってきたら話し合いをしなくては。
私は治療院の窓から外を見た。
クロードが戦地へと出征した時よりと比べて、木の葉はずいぶんと色づき、また地面へと落ちている。
間もなく冬が来る。
結局クロードが悪いよね!




