第十三話 それでも妻として
アクセル様の亡くなったお姉さまと、私の夫クロードがかつて恋人だった……。
それはいい。
別に嫉妬も何もない。
問題は、クロードが見た目よし性格よしの公爵令嬢であるアクセル様のお姉さまを捨ててまでイヴを選んだことだった。
二人はそんなに長く付き合っていたのか。
少なくとも3年以上は恋仲なのだろう。
こうなってくると、後から現れた私が妻だからといって権利を主張していいのだろうか。
同性ゆえに結婚できない二人の間に割って入った、私こそが邪魔者ではないのか。
ここまで考えて、私は気づいてしまった。
いつかクロードがイヴと別れて、私と仲睦まじいとまではいかなくとも、普通の夫婦のように暮らせる日が来るのではないか、そんなふうに自分が心のどこかで期待していたことに。
クロードが好きな訳じゃない。
むしろ嫌な奴だとさえ思っている。
けれど、夫からないがしろにされ続ける人生よりは、普通に夫婦として暮らしてみたかった。
子供だって産んでみたかった。
けれど、今の私には何も叶わない。
公爵令嬢ですらそんな扱いを受けたのなら、そしてクロードとイヴの絆が何年にも及ぶものなら、私がぞんざいに扱われているのにもなんの不思議もない。
「シャ、シャルロット様……!」
アクセル様にハンカチを差し出されて、私はようやく自分の目からポロポロと涙が零れていることに気が付いた。
私は妻なのだから堂々としてればいいと思っていたけれど、堂々としていたところでもう幸せにはなれそうにもない。
自分が望んだような結婚生活は得られそうにもない。
クロード達にはこれからも邪魔者扱いされるんだろう。
どうやら私は、まだ”愛されない結婚生活”を心の中で受け入れられていなかったらしい。
「シャルロット様、すみません。あなたを泣かせるつもりはなかったのです。クロード様たちのこともてっきりご存じで、だからこそネタにされているのかと……」
私はぐすぐすと鼻をすすりながら答える。
「ええ、もちろん存じてました。アクセル様がおっしゃるように、こうなったらネタにしてやろうという気持ちで小説を書いたのです。けれど、アクセル様のお姉さまの気持ちや、クロード様とイヴ様の絆の深さを想像すると、思わず涙が——」
私はこれからの人生を、本当に割り切って生きていけるのだろうか。
周りの夫婦たちを羨まずに、心を強くもって暮らしていけるだろうか。
私は胸に広がる黒い気持ちをなんとか押しとどめ、アクセル様に作り笑いを見せた。
「驚かせてすみません。自分では割り切っていたつもりですが、甘かったようです。貴族たるもの、もっと,感情を自制できねばなりませんね」
「いいえ。今のは僕に配慮が足りませんでした。本当に申し訳ない」
テーブルにくっつきそうなほど頭を下げるアクセル様に、私は尋ねた。
「アクセル様は、お姉さまを深く傷つけたであろうクロード様を恨んでいますか?」
アクセル様は一度私の目をみると、そのままふっと反らす。
「正直にいうと、姉を傷つけた彼らを恨んでいます。けれど、姉だけでなくシャルロットさまをも傷つけていることに、僕は憤っているのです!」
アクセル様の黒い瞳が、再び私をまっすぐに捉えた。
「貴族社会で愛人がいるなんてことは珍しくありません。けれど……けれど! 僕はそれをいいとは思いません。縁があって結婚したのだから、相手に対して誠実であるべきです。彼らはまるで、自分たちしか見えていない。シャルロット様もそう思いませんか?」
「もちろん、そう思いますわ。ふふ、わたくしの夫がアクセル様のような誠実なお方だったらよかったのに」
軽い冗談のつもりで言ったつもりが、それを聞いたアクセル様はピタッとフリーズしてしまった。
ん?
私なんかまずいこと言った?
「んんッ……シャルロット様のようにお綺麗な方にそう言われると少々照れますね」
アクセル様はほのかに頬を赤らめた。
こんなに素敵な人だから、さぞかし女性から好意を向けられまくっているだろうと思っていたのに、私の何気ない言葉に照れるなんて。
(意外と純真なのかしら)
「ところでシャルロット様、本は再来週にも発売となります。もし順調に売れて、売上金が入ってきたら、使い道はもう考えていらっしゃいますか?」
「使い道ですか……」
新しいペンや机を買う?
いや、今あるので充分ね。
じゃあ、新しいドレスでも買う?
うーん、クロードがいない今、ひとりで社交パーティに行くことも無くはないけれど、あまり頻度も高くないから何着もドレスはいらないわ。
私は心の中で自問自答を繰り返しながら、ふと戦場をさまよう子供のイメージが頭をよぎった。
私がこうやってのんびりとお茶を楽しんでいる間にも、騎士団の団員たちは命をかけて国土を守り、そして自分たちの生活の場に戦火が迫った民たちは気の休まらない日々を送っているのだ。
王国騎士団副団長の妻として、自分がやるべきことがあるじゃないか。
「アクセル様、もし本の売り上げ金を頂けるのなら、わたくしは国境で生活に不安を抱える者たちの支援をしたいと思います。食料を支援するのか、医薬品を支援するのかは、もう少し考えますが……。それか、騎士団に支援物資を届けるのもいいかもしれません」
「それは、クロード様のため、ですか?」
私はクロードの体裁のために支援をするのか?
いや、違うわね。
「わたくしは、自分に対して誠実でありたいと思います。例え夫が冷たくても、それを理由に自分のやるべきことを放棄したくはありません。わたくしはあくまでも騎士団副団長の妻です。戦地から離れていても、自分にできる最大限のことをやります」
私がそう言うと、アクセル様は目を輝かせた。
「素晴らしいと思います。僕にできることなら、なんでもお手伝いしますよ」
クロードもイヴも腹の立つ存在だ。
けれど、文句は彼らが無事に帰ってから言えばいい。
まずは、彼らが思いっきり戦えるように、私は後方から支援することにする。
そう決めると、不思議と心がすっきりした。
それから、相変わらずクロードからは何の沙汰もないまま1ヶ月が過ぎた。
私の住む王都には、なぜかイヴだけが帰ってきた。




