第十二話 夫の元カノの話
「それならシャルロット様、侍女が戻るまで僕と一緒にお茶をしませんか?」
ふと訪れたカフェで、偶然会ったアクセル様。
彼は私の侍女のエメが買い物から戻るまでの間、一緒にお茶をしようと言うが……
(私、一応既婚者なんだけど……。よその男性とふたりでお茶をしてもいいものかしら)
しかし私の懸念など知らないように、エメは「お知り合いの方がいらっしゃるなら、奥様をおひとりにせずに済みますね!」と嬉しそうに走り去ってしまった。
おおう、これはお茶をする流れで決定ね……。
私はにこやかに微笑むアクセル様にエスコートされ、カフェの中へと入っていった。
◇
「シャルロット様、文学サロンの皆様の合同出版本の見本が出来上がったのですよ。今度サロンにお持ちいたしますね」
香りのよい紅茶がテーブルに運ばれて、少し経った頃。
アクセル様はそう切り出した。
「まあ、もう出来上がったのですか」
もう少し時間がかかると思っていた。アクセル様の仕事の早さには驚かされる。
「婦人たちがしたためた小説はどれも勢いがあって面白いですね。少し表現が拙い部分もなきにしもあらず……ですが、僕はこの本はかなり売れると踏んでいます。通常の新人作家の本の、倍の部数を刷る予定にしています」
「ば、倍ですか⁉」
私の口から思わず大きな声が漏れる。
私はハッと口を覆うと、誤魔化すようにコホンと咳ばらいをした。
(倍ってすごいわね……。それだけ期待されているってことかしら。私が売れっ子作家になる日も近いわねぇ、うふふふ!)
私が顔がにやけそうになるのを必死に抑えようとしている中、アクセル様はふと真剣な眼差しになる。
「シャルロット様の小説も拝見しましたが、非常に面白かったですね。特に登場人物たちが本当に生き生きとしていて、フィクションの人物だなんて信じられません」
アクセル様にそう言われ、私は思わず紅茶を吹きそうになった。
(だってあの小説はモデルが実在しますし……)
「主人公は騎士団の団長にして、金髪の美男子。その恋人も騎士団の団員で、かわいらしい美少年……。設定は少し異なりますが、まるでシャルロット様の夫クロード様と、イヴ・シャルルのようですよね」
モロに名指しされ、私は今度こそ紅茶を吹いた。
いや、咄嗟にハンカチで押さえたため、飛び散るのは防げたからセーフ?
「ぐふぅッ。ア、アクセル様! 何をおっしゃいますやら……ほほほ……。確かに、夫について行って騎士団の訓練場は見学させて頂きましたの。そのイメージが小説に大きく繁栄されているんでしょうね。でもまさか、夫とイヴ様が恋仲なんてことは」
私は「はは」と笑い、その場を濁そうとした。
けれど、私の笑みはカラカラに乾燥して、その場にポロポロと崩れてゆく。
(上手く誤魔化せないなぁ)
私が少し俯くと、アクセル様の優しい声が降ってきた。
「僕の昔話を聞いてくれますか」
「むかしばなし?」
「ええ。僕には兄のほかに、実は姉もいたのです。彼女は王立学院時代、侯爵家の次男の恋人がいました。その恋人とは学院を卒業後も交際が続いていて結婚も視野に入っていたのですが、ある時急にふたりは別れてしまったのです」
アクセル様はつらつらと話始める。
お姉さまがいたとは知らなかったが、彼は突然どうしてそんな話をするのだろうか。
「急な別れに、姉はひどく心を病みました。それを見ていた僕は、別れは姉が望んだことではないのだと悟りました。家族に反対された訳でもない。姉から言い出した訳でもない。となると、恋人だった侯爵家の次男の心変わりとしか考えられません。シスコンかもしれませんが、姉は美しくて優しい人でした。そんな姉を差し置いてまで交際したい女性とは一体どんな人だろうか、僕は段々と姉の元恋人のその後が気になり始めたのです」
アクセル様は紅茶を一口飲むと、小さな溜息とともに斜め上に視線を向けた。
「そして色々と調べていくうちに、僕はひとつの仮説に辿り着きました。姉の元恋人の新しい想い人は、女性ではないのではないか、と。僕の予想は当たっていました。そして、僕を通して姉もその事実に辿り着いたのです。姉は泣きながら言いました。『私が男ではないから、彼を繋ぎ留められなかったのね』と。実際のところは性別が関係するかは分かりません。性別関係なく、新しい想い人が魅力的だっただけかもしれません。けれどそれをきっかけに、姉はより一層ふさぎ込むようになりました。そして、引きこもりがちになり体力の衰えた姉は、そのまま流行り病で亡くなったのです」
「そんな……」
そこまで聞いて、私はハッとした。
「まさか、アクセル様のお姉さまの元恋人の、侯爵家の次男というのは……」
「そうです。姉の元恋人は、クロード・フォントネル。あなたの夫です」
まさかクロードが公爵令嬢の美しい恋人を捨ててまでイヴと交際していたなんて!




