第十一話 もし俺が戦死したら、なんて言わないで
隣国であるナーバート国とついに戦争になってしまった。
クロードとイヴが慌てて屋敷を出て行った日の夜、開戦の知らせは瞬く間に我が国を駆け巡った。
土地が肥沃で食料自給率が高い我が国に比べ、隣国のナーバートはあまり食料事情が良くない。
土地は痩せ、一年中うっすらと寒いナーバートでは、作物があまり育たないようだ。
そんなナーバートが食糧事情の良い我が国の国土に目を付けるのは、ある意味で自然なことだった。
できれば向こうの先進技術と我が国の食料を交換してくれればよかったのに、彼らは武力行使を選んだ。
開戦した日の夜遅く。
自宅の食堂でひとり遅い夕飯を食べていたクロ―ドは、私を呼んだ。
「クロード様、どうしましたか?」
「……しばらく、家を空けることになる。屋敷と使用人を頼む」
どうして、と聞くまでもない。
彼はこの国を護る騎士団の副団長だ。
既に戦火に包まれているという国境付近に、明日の朝早くに発つという。
今騎士団の詰所では物資を大急ぎで馬車へと詰め込んでいるらしく、最低限の物資だけを持った先発隊は既に出発したらしい。
「シャルロット」
クロードは珍しく私の目をじっと見つめた。
結婚してから、こうやって彼にじっくりと見つめられたことがあっただろうか。
いつもと異なる雰囲気に、私の鼓動がにわかに早くなる。
「もし、俺が……戦死したら」
あまりにも直球すぎる言葉に、私の喉からはひゅっという音が漏れた。
「クロード様、何をおっしゃっているのですか? あなたは騎士団の副団長でしょう⁉ お強いんでしょう⁉ そんな簡単に死ぬとか言わないで……くださいよ……」
私の言葉はだんだん尻すぼみになっていく。
自分でも言葉を発しているうちに、どんどん不安になってきたのだ。
いくら騎士団が強くても。いくらクロードが強くても。
戦争となれば何が起こるか分からない。
それくらいは私でも分かる。
「もし俺が戦死したら、この屋敷と俺の資産は全てシャルロットのものになる。死ぬまで生活に困らないくらいの資産はある。だから、とりあえずは俺の留守の間に、屋敷と使用人たちをよろしく頼む」
「おまかせください」
皮肉にも、これが私とクロードの、結婚後はじめての夫婦らしい会話となった。
私たちの間に愛はない。男女の営みもない。
けれど、同じ家に住む主人と女主人として、守るべきものは一緒だった。
「クロード様、どうかご無事で」
彼は深く頷いた。
まさか開戦するとは。
そして、夫が戦火の中に飛び込んでいくとは。
私のこれからは一体どうなるのだろうか。
クロードに「君を愛することはない」と言われたあの夜よりも不安でたまらない。
私達はただテーブルを挟み、無言で向かい合っていた。
時計の音だけが響いているのを感じながら。
◇
クロードが戦場に向かってから、早くも2週間が経った。
一度彼に、こちらは変わりがないこと、それから向こうの状況はどうなのかを尋ねる手紙を送ったが、返事はない。
返事ができないほど忙しいのか、私に手紙をしたためる気はないのか。
悔しいけれど、できれば後者であってほしいと思う。
いくら自分に冷たい夫だからといって、死んでも構わないとは思わない。
クロードも、他の団員たちも、憎き愛人イヴでさえ、皆が無事であればいいと思っている。
会ったことのない国境付近の国民たちも、もちろん全員が無事であってほしい。
戦争が始まった今、甘すぎる考えであることは自分でもよく分かる。
けれど、私は皆が無事に家に帰り、また日常を再開できればいいと心から思っているのだ。
新聞には、国境付近の戦いはこちらが優勢であると報じられているが、果たして信じていいものだろうか。
家にいてもクロードたちの安否ばかりが気になり、鬱々としてしまう。
私は気分転換のために、侍女のエメを伴い街へ出ることにした。
書店に寄り、まだ持っていなかったマリアンヌ先生の既刊を購入する。
この本は一度ボーモン夫人に借りて読んだことがあるが、名作は何度読んでもいい。
薄いピンクの可愛らしい表紙をなでながら、私は自分の気持ちがわずかに上向くのを感じた。
「やっぱり本よ。小説よ! 家に帰ってじっくり読むのもいいけれど、カフェでゆっくり読むのもいいわよね……」
私は少し喉が渇いていたこともあり、カフェの入り口で足を止めた。
メニューに目をこらしていると、ふと横から低く甘い声が私の名を呼んだ。
「おや、シャルロット様?」
「あら! アクセル様!」
声をかけてきたのは、アクセル・アランソン様。
私達文学サロンメンバーのアンソロジー本を出版してくれる人だ。
「シャルロット様も今からカフェに入られるのですか?」
「ええ。お買い物も終わりましたし、少し休憩に」
私がそう言ったところで、エメが「あっ」と声を出した。
「奥様! 私、料理長から頼まれていた調味料を買い忘れてしまいました。買ってくる間、カフェでお待ちいただけないでしょうか?」
「それならシャルロット様、侍女が戻るまで僕と一緒にお茶をしませんか?」
アクセル様の上品な微笑みが私をとらえた。




