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愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第一部

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第08話 管理人

「これだけの広さなのに鳥の声ひとつしない」

—— 静かな邸宅


「この管理人が知っているのは、外側から知ることのできる館の来歴だけのようだった」

—— 館の外歴

 門の前に着いた。

 まず目に入ったのは高い塀だった。

 私の背丈のゆうに倍はある。

 風雨に晒されて黒ずんだ石が左右のずっと先まで続いていて、内側にどれほどの敷地が広がっているのか外からはまるで見当がつかない。

 それはまるで敷地と外界を遮るように感じた。


 ――もし中で何かあっても、助けを呼ぶ声はこの石の壁に阻まれて通りまでは届くまい。


 いつもの癖で私はまず出入り口を探した。

 見える範囲の出入り口は錆びた鉄の門があるきりだった。

 ほかに人の通れる隙間は見当たらない。


 ――ここを閉ざされたら、外と内はそれきり切れる。


 なんということもない、いつも通りの観察のはずだった。

 だがそう思った瞬間にうなじのあたりがわずかにざわついた。


「気のせいだ」


 私は首を横に振りながら小さく呟いて前へ向き直った。


 門の横にはひとりの男が立っていた。


 年のころは四十半ばか。

 仕立てもそれなりで、きちんと手入れされた上着を着ている。

 実直そうな顔つきだった。

 私たちに気づくと男は丁寧に頭を下げた。


「お待ちしておりました。新聞社の方々ですね。自分がこの館の管理を任されております、ハーヴィと申します」


「取材でお世話になります。護衛のマーレです」


 私が名乗ると、ニナとセオも慌てて挨拶をした。


「初めまして、ニナといいます。今回、取材を依頼したものです。よろしくお願いします」


「僕はセオです。よろしくお願いします」


 ハーヴィは一人ひとりに律儀に頷いてから、話を続けた。


「本日はこの館の美術品を取材したいということですが、間違いないでしょうか?」


 その問いにニナが代表して答えた。


「はい。この館が取り壊される前に、この館にどんな美術品が存在したのかを記録して、記事にしたいと思っています」


「わかりました。ではご案内いたします」


 そういうと、ハーヴィは腰の鍵束から鍵を一本取り出し、門を解錠した。


「どうぞこちらへ。足元にお気をつけて」


 そういってハーヴィが門を押すと、錆びた音を立てながら、鉄の門が内へ開いていった。


 中は想像していたよりもはるかに広かった。


 かつては庭だったのだろう場所がいまは膝の高さまで草に埋もれている。

 枯れた噴水。

 倒れたまま起こされない園灯。

 石畳の隙間からも雑草が生えている。

 そんな石畳が建物へ続く唯一の道だった。


 そしてその先に……午後の陽を背に建物が建っていた。


 大きいとは聞いていた。

 だが目の当たりにすると想像のさらに上をいっていた。

 二階建ての本館は正面に塔のような玄関を戴きいくつもの背の高い窓を並べている。

 その右手には渡り廊下でつながった別館。


 どの棟も石と煉瓦で組まれた重々しい造りだった。

 打ち捨てられて十年というわりに崩落しているところも傾きすらもない。

 ただ窓という窓がどれも黒く閉じられており、内をのぞかせないようになっていた。


「わあ……」


 ニナが口を半分開けたまま立ち尽くしている。

 セオはもう鞄から転写をするための紙を取り出しかけていた。


 少し離れた木立の陰には離れらしい小さな建物も見えた。

 気になったのでハーヴィに聞いてみた。


「本館と、別館と……あちらの離れのような建物は?」


「撞球室でございます。前のご当主が、玉突きを好まれたとかで」


 ハーヴィが答えながら先に立って歩き出す。

 私たちは石畳の道を館へ向かってたどっていった。


 セオはさっそく歩きながら本館の全景を紙に転写していた。

 手のひらがほのかに光り、本館の姿が紙の上へ滲むように移っていく。


「まず、全体を一枚。それから、中を一室ずつ」


 小さく段取りを呟くその横顔はいつになく張りつめて見えたが、瞳の輝きはいつもより増していた。


 私はといえば歩きながらもこの建物を観察していた。

 窓の数と位置、扉の位置……いざというときどこから出てどこへ逃げるか。

 護衛としての本分を忘れない。

 美しいものより先に危険からの回避を考える。


「ずいぶん古い建物ですね。いつごろのものなんですか」


 ニナが問うと、ハーヴィは少し考えるように間を置いた。


「正確なところは自分も存じません。ただ、人が住まなくなって、もう十年になると聞いております」


「十年も空き家に?」


「ええ。前のご当主が、出先で事故に遭われて……そのままお亡くなりになったそうです。その後は跡を継ぐ方もなく、使用人の方々もいなくなり、といった話でした」


「……事故、ですか」


「はい、馬車での事故だったと漏れ聞いております」


「そうですか……ところで前のご当主って、どんな人だったんですか? ご家族は?」


「さて……自分が雇われたのは旦那様がこの館をご購入されてからなので……自分が聞いた限りでは、ご夫婦で暮らしておられたと。それ以外のご家族やお子さんがいたかどうかも、自分には……」


 ハーヴィは最後の言葉を濁した。

 ただ、それは隠しているふうではなかった。

 本当に知らないのだろう。

 この管理人が知っているのは、外側から知ることのできる館の来歴だけのようだった。


「で、その旦那様が取り壊しを?」


「はい。持ち主のいない建物は、傷むのも早うございます。住むにも貸すにも危ない、と……旦那様から直接、そう伺いました」


 ハーヴィの語り口はどこまでも実直だった。

 知っていることは知っていると言い、知らないことは知らないと言う。

 余計な尾ひれをつけない。

 こういう話し方をする人間を私は信用する。


「で、取り壊しの前に建物の中を確認していたら、あの美術品が出てきた、と」


「さようです。それはもう驚きました。どの部屋にも、絵や、彫像や……数えきれません。ただ、それがどなたの手によるものかも、まるでわからないのです」


「銘がひとつもないんですよね」


「ええ。取り壊してしまう前に、せめて記録に残せないものかと、旦那様も考えていたところに、新聞社からお話が来たそうで。それ幸いということで、今回、皆さまをお迎えした次第です」


「こちらとしてもありがたいお話でした。ところで、取り壊しはいつなんですか」


「来月には、と伺っております」


「そうですか。では、今日一日で、できる範囲を記録しないといけませんね。セオ、大丈夫?」


「はい、頑張ります」


 ニナの問いかけに、力強くセオが答えた。

 そのセオの反応に、ハーヴィも頬を緩めている。


「ただ……日が暮れますと、建物の中が薄暗くなり、美術品も見え難くなりますので、お気を付けください」


 歩きながら私はもう一度だけあたりを見回した。


 草に埋もれた庭。

 午後だというのにどこか光の薄い空。

 塀に閉ざされた広すぎる敷地。

 これだけの広さなのに鳥の声ひとつしない。


 静かすぎる。


 だがそれも口にするほどのことではない。

 古い打ち捨てられた館だ。

 こんなものなのだろう。


「さ、着きました。こちらが本館の玄関でございます」


 ハーヴィが立ち止まり、私たちを振り返った。


 見上げるほどの大きな両開きの扉。

 塗りの剥げた木肌に鈍い金の把手が沈んでいる。

 その前に四人が立った。

 いつもの三人と今日会ったばかりのひとり。


「中をご案内いたします。……建物の中はそれなりに傷んでおりますので、足元と頭上、それに手すりや壁などにも、くれぐれもお気をつけて」


 ハーヴィが鍵束から一本を選び扉に差し込んだ。

 かちり、と乾いた音がして、扉が解錠されたのが伝わる。


「では参りましょう」


 ハーヴィはその言葉に合わせ、扉を開いていく。

 重い音が響き渡る。

 開いた扉の奥から、ひやりと湿った空気が流れ出してきた。

 私はほんの一瞬、剣の柄に手を添えていた。

 自分でもなぜそうしたのかはわからなかった。

第一部がはじまりました。

ここまでが長くはなりましたが、ここからが本編、館の取材がはじまります。


3日目は3話連続掲載で、第9話は20時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

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