第06話 冒険者マーレ
朝、まだ薄暗いうちに部屋を出た。
依頼を受けると決めた朝は体が勝手に早く動く。
冒険者ギルドに掲示されている依頼の中から、日帰りでできる依頼、採取の依頼に手を伸ばした。
都から少し離れたところにある草原で薬草を摘んでくるだけの依頼だ。
危険は少なく報酬も高くはない。
派手さはないが、こういう依頼をこつこつ積むのが私のやり方だ。
私向きの退屈で堅実な仕事だった。
依頼に手が届くと、ふと後ろから声をかけられた。
「お、マーレの嬢ちゃんか。今日はひとりかい」
声をかけてきたのはダグという古参の斧使いだ。
私より二回りは年上の冒険者、経験豊富で何度か同じ依頼を受けたことがある。
「へぇ、薬草採取の依頼かい。相変わらず堅実な依頼を選ぶねぇ」
そんな声を背中に受けながら、私は手に取った依頼を冒険者ギルドの受付に持っていった。
「マーレさん、薬草採取の依頼ですね。はじめてではないので、特に説明することはありませんが、何か質問などはありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、これで薬草採取の依頼手続きは終了です」
受付嬢の笑顔に見送られ、冒険者ギルドを出ようとすると、そこにはダグが立っていた。
「俺の依頼もあの草原なんだ。どうだ、一緒に行かないか?」
「よろしいのですか? では、よろしくお願いします」
彼の依頼は同じ草原へ角兎の角を採りにいくというので、途中まで組むことにした。
一人より二人。
相手が腕があり、さらに信の置ける者であればなおいい。
都を出て、街道を歩く。
ある程度街道を歩いたところで、目的の草原に向かうため街道を外れ、草の生い茂る原野をしばらく行く。
目的の草原に辿り着くと、風にたなびく緑の波が一面に広がっていた。
見晴らしがよく気持ちのいい場所だ。
魔物さえ出なければ昼寝でもしたいくらいの気持ちよさだ。
だが、その日の草原は少しだけ荒れていた。
薬草の群生地に着いてみると角兎の群れが縄張りにしていたのだ。
ふだんは臆病な獣だが繁殖期のこの時期は気が立っている。
数は五、六頭。
逃げ道を断たれたと勘違いすれば一斉に飛びかかってくる。
「マーレ、深追いはするな。俺が前に出る」
「はい、お願いします」
こういうとき、古参は的確な判断を下すことができる。
私より戦闘力のあるダグが前衛、ダグよりスピードのある私が後衛という体制になった。
斧を構えたままダグは一歩前に出た。
先に動いたのは角兎の側だった。
一頭が地を蹴ってまっすぐダグへ突っ込んでいく。
ダグはそれをまっすぐ受けることはせず、身体を半歩ずらしながら斧で角を受け流した。
その直後、二頭目が横合いからダグに飛びかかってくる。
しかし、こちらもダグは読んでいた。
再び身体を半歩ずらし、角を躱わすと、その勢いのまま、斧で角兎の首の付け根を両断した。
ダグが二頭目の相手をしている間、私は受け流された一頭目が体勢を直す前に、隙だらけのところを剣で止めを刺していた。
二頭が血を流しながら地に転がっている。
それを見た群れは、完全に勢いが削がれていた。
残りは仲間の様子を見てじりじりと草むらの奥へ引いていく。
深追いはしない。
この二頭だけで、あとは相手にしない。
余計に殺さないのも、安全に冒険するための鉄則だった。
「悪ぃな、助かった。歳を食うと、一頭ずつじゃないとキツくてな」
「気にすることはないです。せっかく二人で来たのだから、二人で対処した。それだけのことです」
私がそう返すと、ダグは少し面食らったような顔をして、それから、はは、と笑った。
「若いのに、達観したようなことを言うねぇ」
「よく言われます」
私は苦笑しながらそう返した。
それから昼過ぎまで、私は黙々と手を動かした。
必要なぶんの薬草を採取する。
根を傷めず、必要な葉だけを摘む。
こういう地味な丁寧さが、次の依頼につながる。
派手な討伐で名を上げるより、私にはよほど性に合っていた。
そんな私の周りをダグが警戒してくれる。
きっとさっきのお礼なんだろう。
日が中天を超えたころ、袋はほどよく膨らんでいた。
「目的の量は採取できました。ダグさん。ありがとうございます」
「いいってことよ。こっちもついて早々に依頼の量は確保できたからな」
そういって討伐した角兎が二頭入っている袋を叩いていた。
「それじゃ、帰りますか」
ダグの言葉に私は頷いた。
都へ戻り、ギルドの納品カウンターに麻袋を置く。
「毎度どうも。……相変わらず、綺麗な採り方だね、マーレさんは」
受付の男が納品した薬草を確認しながら感心したように言った。
「また機会があったら、一緒に行こう。あんたとなら、安心して背中を預けられる」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ダグが片手を上げてギルドを出ていった。
誰と組んでも私のやることは変わらない。
無茶をしない、深追いはしない、そして全員そろって帰る。
特別な力はなくても、必要のない危険は絶対に冒さない、それだけは誰にも負けない自負がある。
――それが、私という冒険者のたった一つの取り柄だ。
依頼の報酬を財布にしまって私も表へ出た。
夕方にはまだはやい。
今日はこのまま帰って、湯を浴びて、それから夕飯を食べに行こう。
そんなことを考えながら歩き出したときだった。
「マーレ! いた、やっと見つけた!」
聞き慣れた声が人混みの向こうから飛んできた。
振り返るまでもない。
この街で私をそう呼ぶ人間はひとりしかいない。
「……ニナ」
小走りに駆け寄ってきたニナは、私の顔を見て、なぜか少しだけ気まずそうに視線を泳がせた。
「……あのさ」
「なんだ」
「昨日の……酒場の。その、寝ちゃったやつ。……送ってくれて、ありがと」
もごもごとニナが早口で言う。
珍しく素直な礼だった。
「珍しいな。お前が謝るなんて」
「べ、べつに謝ってないし! お礼だよ、お礼! ……毎回運ばせてるのは、まあ、その、悪いと思ってるっていうか」
「思ってるならほどほどにしろ」
「うっ……善処します」
しないだろうと思ったが、口には出さなかった。
子供のころからこいつの「善処します」は当てにならない。
それでもこうして気まずそうに礼を言うくらいには、こいつもいい歳の大人になったらしい。
――ただ、裏がありそうな気配もするのが、微妙だが。
「で、今日はなんの依頼だったの? 泥だらけじゃない」
「草原で薬草採りだ。ついでに角兎を数頭と戦ってきた」
「うへぇ、地味ぃ」
「地味で結構。地味な仕事ほど、こうやって無事に帰ってこられる」
「またそれ。マーレってば、ほんとに冒険者らしくないよね」
呆れたように言って、それでもニナは楽しそうに笑った。
派手を追う記者と、地味を選ぶ冒険者。
どうにも噛み合わないようでいて、二十年以上、こうして並んで歩いている。
しかし、今日のニナはチラチラとこちらを伺うように見てきていた。
いつもならばニナはあちこちに目を走らせながら歩く。
軒先の値札。
立ち話をする女たち。
路地の奥の暗がり。
記者の目というより、猫の目だ。
気になるものがあれば、今すぐにでも飛び出していきそうな。
それが今日は私の方を気にしていた。
「そういえばさ、マーレ」
案の定、ニナが何かを思い出したふりをして話しかけてきた。
「見つけたんだ。すっごいの」
「またか」
「今度のは本物だよ! ……たぶん」
「たぶん、か」
「もう、茶化さないでよ。今度のはちゃんとした情報なの。筋も悪くない」
ニナの目が例の二割増しで輝きはじめていた。
この目をしているときのニナはもう誰も止めることができない。
放っておけば夜通しでも喋り続けるだろう。
「その顔だと、長くなりそうだな」
「ううん。今日は言わない」
意外にもニナは首を横に振って話を続けなかった。
「まだ、確かめてないことがいくつかあるから。今夜のうちに整理して、明日ちゃんと話す。だから――」
ニナは足を止め、こちらを振り返り、にっと笑った。
「明日、よろしくね。マーレ」
その笑い方は、子供のころに孤児院の裏庭で「有名になるんだ」と宣言したときと何ひとつ変わっていなかった。
私は小さく息を吐いて肩をすくめた。
「わかった。護衛が要るなら、付き合ってやる」
「やった。さっすが、あたしの相棒!」
ニナは満足そうに笑って、それじゃ明日、と手を振り、人混みのなかへ駆けていった。
その背中を見送って、私はもう一度、息を吐いた。
どうせまたなんでもない噂だろう。
橋の幽霊や湖の主と同じたぐいの。
空振りに終わってあれが酒場でくだを巻いて私がまた背負って帰る。
また明日も背負って帰ることになるのだろうなぁ……
2日目は3話連続掲載でしたが、これで本日の投稿は最後になります。
明日も3話連続掲載の予定で、投稿は12時、16時、20時の予定となっています。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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