↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/39

第33話 彼女のもとへ

 剣を提げた私を先頭に、二階を降り一階へと戻っていく。


 その道すがら、ここまでのことを思い返していた。


 書斎を、私室を、探しまわり……エドガーの私室で、あの手記を読んでしまった。


 リオの死を。

 リディアの変わり果てた姿を。

 エドガーがたったひとりで背負い続けた贖罪を。


 だがその手記で見つけた、手がかり。

 手がかりを追っていく中で、ハーヴィが傷を負った。

 だが、その先で見つけた道標。

 道標に従い、別館で、本館で、弔いのための四つの品を集めた。


 母子像を抱くニナ。

 未来の絵を抱えたハーヴィ。

 そのセオの鞄には、布にくるまれたオルゴールと祈具が、大事に納められている。


 やがて、私たちはその扉の前に辿り着いた。

 壁紙に隠されていたあの扉。


「……この扉の先で、あの像を動かせば。私たちは、地の底で眠る、あの人のもとへ、降りていくことになる」


 私は、ニナ、セオ、ハーヴィ、三人の顔を順に見た。


「そうすれば、もう後戻りはできない。……人ではなくなった彼女と、正面から、向き合うことになる」


 ニナが母子像を抱く腕に力を込めた。


「あたしは、行くよ。……あの人を、ちゃんと弔ってあげる。それまで、絶対に引き返さない」


 セオもこくりと頷いた。


「僕も、行きます。……ここまで来て、逃げたりなんて、しません」


 ハーヴィが抱えている未来の絵に、優しげな眼差しを送った。


「自分も、ご一緒いたします。……自分は、この館の管理人。自分の、務めですゆえ」


 ――ああ……誰ひとり、退く者はいない。


「……わかった。行こう」


 扉を越えたその先はがらんとした空室。

 壁には、一枚の絵も、窓もない。

 ただ冷えた石の床が広がっているだけ。

 まるでこの部屋だけが、この館から切り離されているようだった。


 そして、部屋の隅に――それはひっそりと据えられていた。


 私の背丈ほどもある、大きな、石の母子像。

 母が幼い子を抱きしめている。

 だがニナの腕のなかのあの小さな像とは、まるで違っている。

 あちらが慈愛なら……こちらは冷たく暗い。

 抱きしめるというより、二度と離すまいと縛りつけるように。

 その顔には、微笑みも、涙もなく、ただ深い悲哀だけが刻まれていた。


 ――封印。


 この像は、エドガーが、リディアを、この部屋の底へ封じるために据えたもの。

 その像の下から、それが漏れていた。

 底冷えのする冷気。

 その冷気に肌がぞわりと粟立った。


 ――この感覚。


 サンルームで、食堂で、幾度も私たちを襲った、あの重い静けさ。

 この館中を包んでいたあの黒いもやの大元が、この下に封印されている。


 ニナの視線が像の欠けた一角に注がれていた。


「……ここ、あたしが、欠けさせちゃったんだよね」


 だが、その声はいつもと変わらなかった。


「……もう、後悔はしない。いつかは、こうなるのだったら、たまたまそれが、あたしだっただけ」


 ニナはまっすぐにその像を見上げた。


「でも、おかげで、あたしは、あの家族のことを知ることができた」


 ――そうだ、ニナはもう折れることはない。


「そして、ここを開けたから、あたしたちは、彼女に会える。だったら、これは、間違いなんかじゃない」


 ニナは抱えている母子像に微笑みを向けた。


「そうだな。私たちの、この一日を正しいものにするために、彼女を弔おう」


 私たちはその像に手をかけた。


 冷たい。

 像の石の肌は氷のように冷えきっていた。

 それはまるで長い年月の孤独が染み込んでいるようだった。


 押す。


 ――ずずっ――


 石が床を擦る鈍い音。

 やがて像が少しずつ脇へとずれていく。

 その真下に――ぽっかりと暗い穴が口を開けた。


 地の底へと降りていく石の段。


 漏れ出ていた冷気が、より濃密に溢れ出してきた。

 封じられていたものが解放されていくようだった。


---


 その気配のなかへ私たちは踏み込んでいく。


 埃と湿った石の匂い。

 それに混じって――もっと古い、甘く饐えたような匂いがかすかに漂っていた。


 一段ずつ、私たちは降りていった。


 足音が湿った壁に重く反響する。

 降りるほどに、空気は冷たく、そして澱んでいった。


 その暗がりを降りながら、セオが鞄から道標の写しを取り出した。


「……もう一度、確かめておきます。あの書き置きに、あったことを」


 写しに目を落としながら、セオは私たちに確認をしてきた。


「四つの品を、彼女の眠る部屋へ運んで、捧げること。……そう、記されていました」


 ニナは、抱えた像をそっと抱え直し、ひとつずつ、諳んじていった。


「オルゴールで、あの子を思い出してもらって。母子の像で、二人の温もりを。祈具で、赦しを。……そして、未来の絵で、叶わなかった幸せを」


 ニナの言葉にセオの視線が母子像へと移っていく。

 セオの視線に釣られ、ニナもまた、自分が抱える母子像へと目を落とした。

 そんなニナを確認し、ひとつ頷いたセオは、視線をハーヴィへと移していった。

 ハーヴィは抱えた絵を見つめながら、深く考えていた。


「自分は……これらの品が、そのような意味を持つものだとは、露ほども存じませんでした。……ですが、いまは、この手で、必ずお届けいたします」


 そんなハーヴィの言葉に、私とセオは頷きあう。

 すると、セオは写しを鞄へ戻し、かわりに、布にくるんだふたつの品を取り出した。


 オルゴールと祈具。


 祈具はセオの手の中に残り、そしてオルゴールはそっと私へと差し出された。


「……オルゴールは、マーレさんが、持っていてください」


 私は手にしていた剣を鞘へと戻した。


 ――彼女を弔うのに、この刃はもう要らない。


 その小さな箱を両の手で受け取りそっと胸もとへ抱え寄せた。

 布ごしにも伝わる確かな重み。

 この中にあの子の好きだった調べが眠っている。


「あの人に、思い出してもらおう。……いちばん、あたたかかった、あの日々を」


 私の言葉に三人が頷いた。


 そして私たちは、地の底に閉ざされたその扉の前へと辿り着いた。


---


 扉に鍵はかかっていなかった。

 私はその扉を押し開けた。


 ――そこは、青白い薄明かりに満ちていた。


 どこから射すのでもない冷たい光。

 部屋の四隅に背の低い石の台座が据えられている。

 その表面には見たこともない文字――祈りの言葉だろうか――がびっしりと刻まれていた。

 そのひとつひとつが、かすかに光を帯びている。


 四つの台座が囲むその中央に――寝台があった。


 白い布に覆われた寝台。

 そこにひとりの女が横たわっていた。


 痩せ細り朽ちかけた身体。


 ――リディア。


 目を閉じている。

 まるで、ただ眠っているだけのように。


 監獄ではなかった。

 鎖も、檻も、なにもない。


 エドガーは、愛した人をこの寝台にそっと横たえた。

 冷たい床ではなく、白い布を敷き、四つの祈りの言葉でそっと囲んで。


 ――まるで、ただ妻を寝かしつけるように。


 殺すことも、できなかった。

 救うことも、できなかった。

 だから、せめていつか目覚めるその日までどうか安らかに、と。

 そのたったひとつの祈りだけを遺して。


 ニナは、抱えている母子像を強く抱きしめた。

 セオは、青ざめたまま立ち尽くしていた。

 ハーヴィは、胸に抱えた未来の絵をよりいっそう大事に抱きしめた。


 私たちは、しばらく動けなかった。


 地の底に潜んでいたのは、怪物ではなかった。

 ただ眠り続ける――ひとりの女だった。


---


 その静寂が、一瞬で砕けた。


 ――ぞわり、と。


 部屋の空気が一気に下がっていく。

 全員の肌が粟立った。


 台座の光が脈打つように明滅する。

 寝台のリディアの瞼がびくりと痙攣した。


 そして……聞こえてきた。

 それは声とも呼べない声。

 幾重にも重なった――憎しみのうねり。


『――よくも』


 それは、確かに私たちへ向けられていた。


『よくも、荒らしたな。……わたしの、大切なものを。……よくも、荒らしてくれたな』


 リディアは寝台の上から動いていない。

 しかし、その体から、あの"影"が溢れ出していた。


 "影"からは、いくつもの声が聞こえてきた。


『憎い。……憎い、憎い、憎い。おまえたちも、この世の、なにもかもも』


 老婆の声……


『どうして。……どうして、わたしから、あの子を、奪った』


 婦人の声……


『帰れ。……ここは、わたしの、墓だ。誰も、踏み入るな』


 少女の声が……


 それらが幾重にも折り重なって、部屋中に反響する。

 台座の光が、激しく明滅した。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。