↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/39

第26話 反撃

 どれほど、そうしていただろう。


 この撞球室にはくつろぐための椅子や長椅子がいくつも据えられていた。

 いまはそこに、疲れ果てた四人が腰を下ろし、ただ時間をやり過ごしていた。


 ただ、窓辺のひとりがけの椅子にだけは誰も腰を下ろさなかった。

 そこがこの部屋の主の席だとみな感じていたからだろう。


 ニナは、長椅子の隅で膝を抱えたまま放心している。

 セオは、その隣で鞄を胸に抱えじっと俯いていた。

 ハーヴィは、少し離れた椅子で疲れきった横顔のままそれでも背筋だけは伸ばそうとしている。

 そして私は、台のそばの椅子から、カーテンの開かれた窓の向こうを睨みつづけていた。


 月のないのっぺりとした空。

 黒いものに包まれ脈打つ本館。

 その光景が四人の言葉を奪ったまま、どれほどの時が流れただろう。


 ――私はこの館で起きたことを、頭のなかでひとつずつ整理していった。


 昼過ぎ、私たちはこの館の門をくぐった。

 ハーヴィに迎えられ、部屋から部屋へと作者の知れない美術品を巡った。

 そして、この館に鏡が一枚もないことに気づいた。

 吹き抜けの手すりが折れ、ニナが落ちそうになった。

 すべての美術品を巡ったと思った後に、隠し部屋を見つけた。

 隠し部屋で、ニナがあの母子像を欠けさせてしまった。

 その後、帰ろうとすると玄関が開かなくなっていた。


 ――ここでなにかが確実に変わった。


 出口を探し、サンルームへ入った。

 ガラスの中に"影"が現れ、部屋中のものが襲いかかってきた。

 食堂でも、応接室でも、窓ガラスの中から"影"に襲われた。

 別館の奥にあった、外へ通じる扉も開かなかった。

 ニナが、探偵小説の抜け道の話を持ち出し、書斎の書棚の裏に隠し通路を見つけた。

 隠し通路の先には、工房があった。

 そこには無数の未完の美術品が並んでいた。

 その工房の上は、撞球室だった。

 その撞球室の窓から――あれに呑まれた本館を見た。


 ――ここまでが、この館で私たちの身に起きたことのすべてだった。


 そんなことを考えながら、この撞球室にあの"影"が来ない、その安堵にひたっていた。

 張り詰めつづけていた身体を、いまだけはほんの少しだけ休めることができた。


 だが――いつまでもこうしてはいられない。


 私は椅子から立ち上がった。


 ここは安全な場所だ。

 だが、安全と、脱出は、別のもの。

 あの月のないのっぺりとした空を見ていると、朝が来ればというささやかな望みさえしぼんでいく。

 このままでは、いつまでもこの館から出ることはできない。


---


 私は窓へと歩み寄った。


 カーテンを開いてもあの"影"はここには現れなかった。

 ならば――この窓を開けることができるかもしれない。


 窓に手をかける。

 だが、鍵がかかったように、押しても引いても、開かなかった。


 ――ならば。


 私は振り返り、撞球の台の上を見た。

 色とりどりの玉が並んでいる。

 私はそのひとつを手に取った。

 ずしりと重い硬い玉。

 これなら窓を壊すことができるだろう。


「離れていろ。破片が、飛ぶ」


 三人を下がらせ、私は手に持った玉を、窓へと力の限り叩きつけた。


 ――ごつん――


 鈍い音がした。

 だが……窓ガラスには罅ひとつ入らなかった。


 ――そんな、馬鹿な。


 私はもう一度、玉を叩きつけた。

 二度。

 三度。

 腕が痺れるまで何度も繰り返した。

 だが窓ガラスはびくともしなかった。


 私は玉を投げ捨て、腰の剣を抜いた。

 刃こぼれした剣で窓を思い切り薙ぐ。


 ――がきん――


 耳障りな硬い音。

 剣は弾かれ私の手だけが痺れていた。

 そう、窓ガラスには傷ひとつつくことはなかった。


 私は剣を下ろした。


 ――駄目だ。


 だが、諦めきれなかったのだろう。

 ニナは落ちている玉を手に取り、何度も、何度も、窓ガラスへと叩きつけた。


「開いてよ……! ここまで、来たのに……! なんで、なんでよ……!」


 その声が震えて、掠れていく。


「ニナ」


 私はその肩にそっと手を置いた。


「やめておけ。……手を、傷めるだけだ」


 ニナは私を振り返った。

 その目には涙が滲んでいた。

 だが、それを袖で乱暴に拭う。


「……ごめん。取り乱した」


 私は首を振った。


 沈んでいるのは、ニナだけではなかった。


 セオは鞄を胸に抱えたまま壊れることのない窓をただ見つめていた。

 その肩は力なく落ちている。


 ハーヴィは壁に手をつき深く俯いている。


「……申し訳、ございません。自分が、皆さまを、こんなところへ……」


 絞り出すようなその一言きりだった。

 この館を託されてきた身として、私たちを外へ帰せぬことがこたえているのだろう。


---


 私はもう一度窓の外を見た。


 黒いもやのようなものに包まれた本館。

 ゆっくりと脈打つように蠢いている。


 ――あれだ。


 扉も窓も開かない。

 それは鍵のせいでもこの館が古いせいでもない。

 本館を覆っている、あれ。

 あれが私たちをこの館に縛りつけているのだ。


 ならば逃げ道を探すことに意味はない。


「……逃げるのは、やめだ」


 私は……そう口にしていた。


 三人がいっせいに私を見る。


「これまで私たちはずっと出口を探してきた。扉を、窓を。……だが、どれも開かなかった。あれがいるかぎり、きっと、これからも、開かない」


 私は窓の外の蠢くものを指し示した。


「なら、答えはひとつだ。……逃げるのではなく、あれと向き合う。あれをどうにかしないかぎり、私たちがここから出る道は、ない」


 そう言いながら、私は自分でも驚いていた。


 私は護衛だ。

 三人を危険から遠ざけ、守り、無事に連れ帰る。

 それが役目のはずだった。

 なのに、いま私がしようとしているのは、それと真逆だ。

 自ら危険のただなかへ、踏み込もうとしているのだから。


 だが、もうそれしかなかった。

 守るだけでは、逃げるだけでは、この三人を外へは連れ帰れない。

 この館に眠る何かを掘り当てること……それがこの館から全員で出る、その鍵のように思えたから。


「……あれと、向き合う、って」


 ニナが呆れたような声で訊いた。


「あれが、何なのかも、分からないのに?」


「そうだ。だから――突き止める」


 私がそう言うと、ニナの目の色が変わった。


「……突き止める」


 その言葉をニナが繰り返す。

 その声色には記者としての本能が乗っていた。

 分からないものを、分かるまで、追いかける。

 ニナがいちばん得意とすること。


「……そうだね。うん。逃げてばかりじゃ、埒があかない」


 ニナが、ぐいっと顔を上げた。

 その目には記者としての光が戻っていた。


「僕も……探します。この館に、あれの正体を、知る手がかりが、あるはずです」


 セオも顔を上げた。


「……自分も、できるかぎりのことを、いたします」


 ハーヴィが静かに頷いた。

 全員の思いがひとつになった。


 ――では、どこから当たるか。


 私は頭の中の地図を開いた。


 私たちがまだ調べ尽くしていない場所。

 あれの正体につながる何かが遺されているとすれば……


 ――書斎だ。


 あの隠し通路の入口があった書斎。

 あそこには、まだ目を通していない書類や本が山ほど残っていた。

 この館の主が――あの工房の主が――書き遺したものがあるとすれば……そう、きっとあそこだ。


「戻ろう。……あの、書斎へ」


 私がそう言うと、三人が頷いた。


 ニナが、真っ先に立ち上がった。


「……ずっと座って怯えてるなんて、あたしの柄じゃないし。動いてるほうが、まだ、ずっと怖くない。……よし、行こう」


 その口ぶりはもういつものニナだった。


 セオも鞄を背負い直す。


「僕……本当はまだ怖いです。……でも、ここで立たなかったら、だめなんだ、と思います。だから……僕も、行きます」


 ハーヴィが静かに進み出た。


「自分も、皆さまと、最後までご一緒いたします。……もう、折れたりは、いたしません」


 ――反撃はこれからだ。


 私たちは、ふたたび闇へと足を踏み入れた。

第三部がはじまりました。

四人は立ち向かうことを決めました。

この結末がどういうものになるのか、お楽しみに!


今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。