↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/39

第22話 整理

 別館の広間へ戻ると私たちはめいめいに腰を下ろした。


 ハーヴィは壁を背にゆっくりと床へ座り込む。

 セオはハーヴィの隣に付き添うように腰を下ろした。

 ニナは私のそばで膝を抱えていた。


「現状を整理しよう」


 私は、頭のなかでこれまでの道筋を並べ直していた。


 玄関は鍵が開いているのに開かなかった。

 いま引き返してきた別館の使用人のための扉も同じだった。

 サンルームも、食堂も、応接室も――ガラスにあの"影"が現れた瞬間に部屋の中のものが襲いかかってきた。


 外へ通じる場所は、扉なら開かず、窓ならあの"影"が待ち構えている。

 どちらからも私たちは外へ出ることができない。


 ――目に見えている出口は、もう、ない。


 認めたくはないが、それが今の現実で、結論だった。

 それはまるでこの館が外の世界から切り離されているようだった。


 だが、それをこのまま口にするわけにはいかない。

 三人の前で「出口はない」と言い切ってしまえば、三人の希望の糸がそこで切れてしまう。

 そして、その先にあるのは、絶望だけ。

 そう、絶望はいちばん最後まで隠しておかなければいけない。


「……ひとつめ、はっきりしたことがある」


 私は平坦な声で三人に向かって口を開いた。


「あいつが出てくるのは、いつも、ガラスのある場所だ。サンルームのガラス、食堂の窓ガラス、そして、応接室の窓ガラス。……そのガラスの中に、あいつは現れる」


「逆に、言えば……」


 セオが遠慮がちに私の言葉を継いだ。


「窓のない、ガラスのない部屋なら……襲われない、ってことですよね」


「そうだ。現にこの広間も、さっきの石壁の廊下も、何も起きていない」


 セオは、自分の言葉が間違っていなかったからか、安堵したように息を吐いた。


「さらに言えば、そのガラスも、カーテンで隠されていれば、あいつが現れることはなかった」


「つまり……ガラスが見えなければいい、そういうことですね」


 私はセオのその解釈にうなずいた。

 少し前まで震えるばかりだった子が、いまはこうして自分の頭で先を継いでくれている。


「じゃあ……ずっと、窓のない部屋にいれば」


 ニナが顔を上げた。

 だが、その先を言いかけて、自分で口をつぐむ。


「……だめか。それじゃ、外に出られないんだ」


「そういうことだ」


 安全と、出口は、別のものだ。

 窓のない部屋に閉じこもっていれば、あの"影"からは逃れられる。

 だが、そのまま朝が来て何も変わらなければ――いつまでも、この館のなかにいるだけだ。


「……ふたつめ、この館の扉を開くことはできない」


 私は、あえてハーヴィを見ながら、このことを告げた。


「玄関の扉も、この別館の扉も、どちらも鍵は開いていた。しかし、扉を開くことができなかった」


 ハーヴィは肩を落としながらも、その現実を言葉に変えた。


「はい。扉の先に、動かせない、何かがあるかのような……どんなに強く押しても、どんなに叩いても、だめでした」


「あぁ、私もそう感じた」


 ハーヴィもすこしは回復してきているようで安心できた。

 これもセオのおかげだろう。


「扉もだめ、窓もだめ……というわけで、ニナ、さっきの話だ」


「……さっきの話って、あたしがさっき廊下でした話?」


「そうだ、隠された道の話だ。セオと、ハーヴィにも、その話をしてくれ」


 私が先を促すと、ニナは小さくうなずいた。


「えっとね、あたしが好きな探偵小説にね、こんな話があったの。古いお屋敷が舞台で、全部の出入り口にしっかり鍵がかかっているのに、そのなかで事件が起きる……そういう話」


 ニナの口が少しずつ滑らかになっていく。

 好きな物語のことを話すときはいつもこうだ。

 その姿に、いつものニナが戻ってきたことを感じた。


「そのお屋敷にはね、館の主が、誰にも知られないように造った道があったの。そのお話では、暖炉の奥だったけど、他の小説だと、壁の裏とか、書棚のうしろとかだったりもした。……名探偵は、いつだって、その抜け道を見つけて、謎を解くんだ」


「……それ、小説の話ですよね」


 セオが困ったように眉を下げた。

 ニナを否定したいわけではないのだろう。

 信じたいのに、それが絵空事だとわかってしまう――そんな顔だった。


「うん、小説の話。……でも」


 ニナはまっすぐに私を見た。


「あたしたち、いま、その小説みたいな状況にいるんだよ。ぜんぶの出口が、ありえないかたちで塞がれてる。……だったら、ありえない出口が、ひとつくらい残ってたって、いいと思わない?」


 理屈ではない。

 だが、ニナの言葉には妙な芯があった。


「……当てにできる話じゃない」


 ニナの言葉に、私は正直にそう言った。


「そんな道が本当にあるのかも、どこにあるのかも、わからない。無駄骨に終わるかもしれん」


 これは否定ではない。


「わかってる」


 ニナの決意の確認、そして……


「そのうえで、探すんだな?」


 私の覚悟の確認。


「うん」


 ニナは迷わずうなずいた。


 ――ならば、決まりだ。


 じっと座って夜が明けるのを待つより、細くとも糸をたぐるほうが、よほどいい。


「問題は、どこから探すか、だ」


 私は頭の中の地図を確認した。

 部屋の数だけでも、相当なものだ。

 壁も、床も、家具も、しらみつぶしに当たっていては、それこそ夜が明けても終わらない。

 あてもなく歩き回れば、そのぶん、ガラスのある部屋に足を踏み入れる危険も増す。


「……あの」


 そのとき、遠慮がちに声を上げたのはハーヴィだった。

 ハーヴィも、ニナの決意に感化されたのだろう。


「もし、この館に、そのような隠された道があるのでしたら……その造りや、来歴が、どこかに書き残されているとすれば」


 ハーヴィは、少し考え、そして言葉を続けた。


「……書斎かと存じます。旦那様が館を買い取られたおり、古い図面や証文の類が、あの部屋にまとめて遺されておりました」


「図面……」


 セオも覚悟を決めたようだった。


「……図面が見つかったら、写します。頭で憶えるより、そのほうが、間違いがないので」


 二人の言葉に、これで全員の覚悟が決まったことを感じた。


「助かります、ハーヴィさん」


 私が言うと、ハーヴィはわずかに目を見開き、それから深く頭を下げる。


「そして、セオ。期待しているよ」


 セオが自分の鞄をそっと叩いてみせた。


「書斎って……別館の二階の、あの本がいっぱいの部屋だよね」


 ニナが確認するように、そう呟いた。

 しかし、ハーヴィはそれを否定した。


「いえ、そちらではありません。本館の一階、広間の隣となります。そこには美術品がなかったので、今回のご案内の対象から外しておりました」


「だそうだ」


 ニナはハーヴィの回答に驚きながらも、その瞳の輝きが、むしろ一段と増していた。


「……ねえ、その書斎に、この家の人たちのことも、何か残ってたりするのかな」


 ニナの目がついそちらへ向く。

 それが記者の性だ。

 わかってはいるが、いまは寄り道をしている場合ではない。


「いいか、探すのは、この館の図面だ」


 私はやんわりとその手綱を締めた。


「それと、ここから出るための道だ。それ以外はいまはいらない。……わかっているな?」


「……はぁい。わかってるよ」


 ニナは、ばつが悪そうに鼻の頭を掻いた。


---


 私は立ち上がり、腰の剣の位置を確かめた。


「戻りましょう、本館に。そして書斎へ」


 三人がそれぞれにうなずく。

 その顔には力が漲っていた。


「ハーヴィさん、歩けますか」


「はい。……もう、大丈夫でございます」


 ハーヴィはセオの手を借りてゆっくりと立ち上がった。


 ――まだ、終わってなどいない。


 私は三人を連れて薄暗い渡り廊下へと踏み出した。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。