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愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第二部

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第21話 扉

「ここには出口がなかった」

—— みつからない出口

 広間の奥に別館へと続く渡り廊下があった。


 ハーヴィを先頭に再び私たちはそこへ足を踏み入れる。


 渡り廊下にも両側に窓が並んでいる。

 だが、そのどれもが重たいカーテンでぴたりと閉ざされていた。


 ――ここは大丈夫だ。


 そう判断しながらも、私は抜いたままの剣を握りしめていた。

 カーテンの一枚でもめくれてはいないか。

 隙間からガラスがのぞいてはいないか。

 この警戒を解くわけにはいかない。


 そうして私たちは渡り廊下を渡りきり、別館へとたどり着いた。

 そこは深い闇に沈んでいた。


「……お待ちください。灯りを、入れます」


 ハーヴィがそう言って闇の奥へと消える。

 やがて、別館の灯りが、ぼう、とけだるげにふたたび目を覚ました。

 浮かび上がった広間をぐるりと見渡す。

 この広間には、鏡も、そして窓も、何もなかった。

 そのことに安堵し、私は握り続けた剣をようやく鞘へと納めた。


 戻ってきたハーヴィが、広間の奥を示した。


「こちらです。……使用人の使う一角は、この奥でございます」


 その声には、隠しきれない熱がこもっていた。

 外へ出られるかもしれない。

 その望みが、疲れきった横顔を、確かに明るくしていた。


「……なんだか、本館より暖かいね」


 ニナがぽつりと呟く。

 それは強がりの軽口ではなかった。


「僕も、そう感じます」


 ニナの呟きに、セオが同意した。

 言われてみれば、確かに本館よりも暖かい気がする。

 ずっと気を張っていたせいだろうか。

 それにしては、どこか――人の温もりのような、妙な暖かさだった。


 私たちはハーヴィの背を追った。


---


 そこには広間の壁に埋もれるように扉があった。

 確かに、ここから先が使用人の領域、そうわかるような扉だった。

 私はもう一度気を引き締め直す。


 ハーヴィが慣れた手つきで鍵を回す。

 把手を引けば扉はなんの抵抗もなく開いた。


 開いた扉の向こうは廊下が続いていた。


 薄暗いその廊下の壁には、飾りも、絵も、何もない。

 そして――窓もなかった。


「……ここには、窓がないな」


 思わず、そう呟いていた。

 ただそれだけのことが、いまはひどく心強かった。

 引き締め直した気が緩んでいくのがわかった。

 そんな私の後ろから廊下を覗き込んだニナが声を上げる。


「マーレ、この先……!」


 それは廊下のいちばん奥。

 薄明かりのなかに、ひとつの扉が見えた。

 分厚い頑丈な扉だった。


「あれが、そうか」


「は、はい……! あの向こうは、裏庭でございます。あそこから、外へ……!」


 ハーヴィの声が、はじめて弾んだ。


 ――外へ通じる扉だ。


 私たちはその扉へと駆け寄った。


 ハーヴィが震える手で鍵を挿し、回す。

 かちり、と、たしかに解錠の音がする。


「開きました……! さあ、どうぞ……!」


 私は把手を掴み、押した。


 ――だが。


 扉は開かなかった。


 もう一度、押す。

 引く。

 把手をがたがたと揺する。


 それでも、扉は動かない。


 把手を両手で掴み、全身の重みを、扉へと叩きつける。


 一度。

 二度。

 肩が痺れ、息が上がるまで繰り返した。


 だが、扉の向こう側に分厚い岩の壁でもあるかのように動きはしなかった。

 まるであの玄関のように……

 ……そう思った瞬間、私の背を冷たいものが伝った。


 ――これは、閉じ込められている。


 私はそのことを悟り、静かに把手から手を離した。


「……お、お待ちを。何かの、間違いです」


 声を上げたのはハーヴィだった。


 私を押しのけるようにして扉に取りつく。

 鍵をもう一度挿して回し、把手を掴んで扉を押す。

 意味もなく、何度も。


「こんな……こんなことは、ありえません。この扉は、何度も、何度も、開けてきました。自分が、この手で、何度も、何度も。それが、どうして……!」


 ハーヴィは把手を掴み、肩を当て、力の限り押した。

 その身を、何度も、何度も、扉へとぶつけていく。


「開け……! 開いてくれ……!」


 その声は、もう、さっきまでの物静かな管理人のものではなかった。


 だが――どれだけ扉にぶつかっても、結果は変わらなかった。


 やがてハーヴィの身体から力が抜けた。

 ずるり、と扉の前に崩れ落ちる。

 うつむいた肩が小刻みに震えていた。


 その様子を、ニナがじっと見つめていた。

 さっきまでは一番怯えていたというのに、ハーヴィの打ちひしがれる姿を前に、その顔からは逆に少しずつ怯えが引いていった。


 ――そうだ、ニナはこういうときにこそ冷静になる子だった。


 そんなニナに気を取られていると、私の隣をセオがすり抜けていった。


 抱えていた鞄を下ろし、崩れ落ちたハーヴィのそばにそっと膝をつく。

 そして震えるその背に、遠慮がちに、だがしっかりと手を添えた。


「……ハーヴィさん。大丈夫です。……僕たちがいます」


 その声は静かだったが、もう震えてはいなかった。


「朝になれば、何か変わるかもしれません。僕は諦めません。……だから、ハーヴィさんも……」


 ――ああ、セオはもう守られるだけではなくなったのだな。


 私とニナの後ろをついてきていたこの子が、いまは自分から手を差し伸べている。

 いつのまにか私のなかで、この子は庇護すべき子どもから、頼もしい仲間へと変わっていた。


 そしてそのセオの姿がニナの背を押した。


「……あたしも」


 ぽつりとニナが呟く。

 その目には、いつのまにか記者の――あの「有名になる」ことを決意したときの光が戻っていた。


「あたしも、ただ怖がってるだけじゃ、だめだよね」


 両手を見つめ、そしてその両手で、頬を力強く叩いた。


 ――パシン――


 その音が、この廊下に響き渡った。


「……ねえ、マーレ。あたし、いまひとつ思い出したことがあるんだけど」


「……続けろ」


「こういうの、あたし、本で読んだことがある。……こんなふうにお屋敷の出入り口が使えなくなってしまう話」


 それはニナが大好きな小説の話だった。


「そのお屋敷には……人に知られていない、隠された道があったの。お屋敷を建てた人が、こっそり造った抜け道」


 ニナは、セオとハーヴィのそばへ歩み寄りながら話を続けた。


「見えている出口がぜんぶ塞がれていても……そういう抜け道だけは見落とされる。……だって、造った本人しか知らないんだから」


「……造った本人しか知らない道、か」


 私はその言葉を静かに繰り返した。


 ――それだ。


 はっきりいってしまえば、可能性は低いと思う。

 小説のなかの絵空事、たしかにそうかもしれない。

 だが、いまの私たちにはその小さな可能性に縋る以外に進む道はなかった。


「……ニナ、その話、もっと詳しく聞かせてくれ。……ただし、ここでは落ち着かない。いったん、広間に戻ろう」


 私は崩れ落ちたままのハーヴィへと手を差し伸べた。


「ハーヴィさん。……立てますか。いったん、広間まで戻りましょう。腰を落ち着けて、考えます」


 ハーヴィはのろのろと顔を上げ、私の手を取る。

 そうしてハーヴィは、セオに支えられながらゆっくりと立ち上がった。


「……申し訳、ございません。取り乱しました」


「構いません。……こんな状況では、だれでもそうなってしまいます。ただ、それだけのことです」


 私がそう言うと、ハーヴィは深く頭を下げた。


 私たちは開かない扉に背を向けた。

 ハーヴィがゆっくりと歩き出した。

 その後ろをセオが心配そうについていく。

 ハーヴィはセオに任せておけば大丈夫だろう。


 私はニナと肩を並べて歩き出した。

 前を行くのは、身を寄せ合う二つの背。

 この四人でなら、まだ進んでいける。


 ――まだ、終わってなどいない。


 最後にもう一度だけ、あの扉を振り返った。

 開けることのできなかった扉。

 ここには出口がなかった。

 だが、私たちは諦めない。

 そうして薄暗い廊下を、来た道へと引き返していった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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