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愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第二部

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第19話 食堂

「裂いてしまったカーテン。その一枚だけが力なく垂れ下がり、窓ガラスを覆いきれずにいた」

—— 塞げないカーテン

 薄暗い廊下を引き返し、私たちは広間へと戻った。

 目の前には食堂への扉がある。


 その扉の前で、私はふと思った。

 食堂に入り、またサンルームと同じことが起きれば、私は剣で弾くだけで手一杯になる。

 サンルームではなんとか凌ぎ切ることができた。

 だが次は?

 剣のほかに何か三人の身を守れるものはないか……


「ハーヴィさん。この館に、何か盾になるものはありませんか。丈夫な板でも、蓋でも、なんでも構いません」


 ハーヴィはしばし考え込み、やがて力なく首を振った。


「申し訳、ございません……。そのような、とっさに持ち出せるものは、この広間には、何も……」


 ――ないか……そう諦めかけたときだった。


「あの……マーレさん」


 遠慮がちな声がした。

 セオだった。

 背負っていた大きな鞄を下ろし、そのなかから、一枚の板を取り出す。

 転写した紙を、折れないようにしまうための画板の一枚だった。


「これ……使えません、か。木で、けっこう、厚いので……盾に、なるかもって……」


 私はその板を受け取り、軽く指の背で叩いてみた。

 みっしりと詰まった硬い木の音がした。

 これなら、ある程度のものは受け止められる。


「……セオ、よく気づいたな」


 私が言うと、セオは少しだけ泣き笑いのような顔をした。


「……僕も、守りたいから」


 私は板をセオの手に戻した。


「これはお前が持て。……ニナ、お前は、いざとなったらセオの後ろに入れ。セオ、ニナのことを頼む」


 セオが板を胸に抱えこくりと頷き、ニナも素直に「……うん」と応じた。


 改めて食堂の扉の前に立つ。


「――私が先に入る。三人は、私が呼ぶまで、ここで待っていろ」


 三人が頷いたのを確かめ、私は一人、扉を押し開けた。


 部屋の真ん中を長い一枚板のテーブルが貫いている。

 その上には大きな布で覆われた銀の燭台と食器。

 壁際の窓は、重たいカーテンに覆われていた。


 見た目だけは昼間に訪れた時のままだった。

 しかし、空気が違う。

 それは重い静けさ……あのサンルームの時と同じように、肌が粟立つ。


 私は剣を構えたままゆっくりと部屋のなかへ足を踏み入れた。

 目に見える異変はどこにもない。

 浮き上がるものも、動くものもない。


 ――大丈夫そうだ。


 奥に視線を向けると、厨房への扉が見えた。

 私は扉のほうへ振り返り、三人を呼んだ。


「……入っていい。だが、気を抜くな。私のそばを、離れるな」


 三人がそろそろと部屋へ入ってくる。

 ニナが、セオが、そしてハーヴィが、順に扉を抜けた。


 ――その瞬間だった。


「マ……マーレさん」


 セオの声だった。

 震える指がまっすぐ窓を指していた。


「あの窓……なにか、いる……」


 その先にはニナが勢いよく引いて裂いてしまったカーテン。

 その一枚だけが力なく垂れ下がり、窓ガラスを覆いきれずにいた。


 その窓ガラスから、物言わぬ"影"がじっとこちらを見ていた。


「――下がれ! 全員、扉の外へ!」


 私が叫んだその瞬間。


 テーブルを覆っていた布が、ばさりと撥ね除けられた。

 その下から現れた銀器が、一斉に浮き上がった。


 燭台が。

 皿が。

 フォークの一本一本までが宙に浮かび、こちらへ切っ先を向ける。


 ――来る。


 私は反射的に剣を構え三人の前に体を割り込ませた。


 次の瞬間それらはいっせいに私たちへと殺到した。


 飛んでくる燭台を薙ぎ払う。

 銀器を弾く硬い音が幾重にも響き渡る。

 弾いても、弾いても、次から次へと襲いかかってくる。


 背後で、ニナが声を震わせた。


「うそ……あたし……あたしが、あのとき……そのカーテン、破いたから……!」


「ちっ……セオ、その板だ!」


 セオがニナを庇うように素早くあの画板を前にかざした。

 飛んできた銀器が、その板に当たっては、鈍い音を立てて弾かれていった。


 だが、ニナは小さくうずくまるだけで逃げようとする気配がない。


「ニナ、早く、この部屋から出ていけ!」


 その言葉に反応したのはハーヴィだった。

 ニナの腕を掴み、扉の方へと引っ張っていく。

 その後にセオが続いた。

 私は殿に立ち、飛来するものを片端から弾きながら、一歩ずつ後退する。

 三人が広間へ戻ったことを確認し、私も広間へと転がり出た。

 そして、セオが渾身の力で食堂の扉を閉めた。


 ――ばたん――


 扉が閉じた瞬間、荒れ狂っていた音がふっと消えた。


 扉一枚、たったそれだけで。


---


 広間の中ほどまで下がって私たちはようやく足を止め、崩れ落ちた。


 三人の荒い息が広い部屋にこだましている。

 私は肩を押さえた。

 燭台がかすめたところが、薄く切れて滲んでいる。

 たいした傷ではない。


 だが……ニナだけは違った。


 膝を抱えて小さく震えていた。


「……あたしの、せいだ」


 絞り出すような声だった。


「あたしが、あのとき、カーテンなんて破かなければ……窓、むき出しにならなかった。そうしたら、みんな、あんな目に……」


 言葉の途中でニナの声が詰まった。

 抱えた膝に顔をうずめ肩を震わせる。


 私は剣を鞘に納め、ニナのそばに片膝をついた。


「顔を上げろ、ニナ」


 ニナはのろのろと顔を上げた。

 その目は……もう真っ赤だった。


「いいか。よく聞け」


 私は努めて静かに言った。


「あのカーテンを破いたのは、確かにお前だ。だがな、それは、ただ古い布が傷んでいただけの話だ。お前は、何も悪いことなどしていない」


「でも……!」


「いいか、お前のせいじゃない。この館そのものが、私たちを襲ってきている。カーテンが破けていようがいまいが、この館は……私たちを、外に出さない。襲いかかってくる」


 ニナを落ち着かせるための言葉だった。

 その裏で、私の頭の中ではさっきの光景が鮮明に浮かび上がっていた。

 あらためて気が付く。

 あの襲撃はすべてあの"影"が映し出された窓ガラスの方向からだった。

 カーテンで塞がれたほかの窓の方向からの襲撃はなかった。


 ――ガラス。


 何かがまた繋がりかけていた。

 しかし、このことを今は声にすることはしない。


「……ニナ。お前が気に病むことは、何一つない。いいな」


 私がそう言うと、ニナはぐしゃぐしゃになった顔で小さくこくりと頷いた。


「……うん。……ごめん。もう、大丈夫」


 その声にはまだ震えが残っていたが、目には力が戻ってきている。

 これなら大丈夫そうだ。


 それからしばらく誰も動かなかった……いや、動けなかった。

 私も壁に背を預け、痺れの残る腕をだらりと下げる。

 張りつめていたものが解けると、どっと疲れが押し寄せてきた。


 薄暗い広間では時の流れさえわからない。

 ただ、ニナ、セオ、そしてハーヴィの息が、少しずつ穏やかになっていくのを私は黙って聞いていた。


 ――だが、いつまでもこうしてはいられない。


 外へ出るために次の手を考える。

 私は足に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、ハーヴィへと向き直る。


「ハーヴィさん。……厨房へは、あの食堂を通らなければ行けないのですか」


 ハーヴィは疲れきった顔で、それでもはっきりと頷いた。


「はい……。厨房へ続く扉は、あの食堂の、いちばん奥からのみ……。ほかに、道は、ございません」


「……そうですか」


 勝手口は諦めるしかない。

 あの食堂を横切ろうとすれば、また、あの襲撃のなかへ飛び込むことになる。

 三人を連れてあそこを抜けきる自信は、私にはなかった。


 私は少しのあいだ目を閉じて考えた。


 扉が駄目なら……


「……窓は、どうですか」


 私はふとそう口にしていた。


「扉から出られないのなら、窓を割って、そこから外へ出る。……どこか、大きな窓のある部屋は、ありませんか」


 ハーヴィがはっと顔を上げた。


「窓……で、ございますか。……それでしたら、応接室の窓が……あそこなら、人が抜けられるほどの、大きさがあります」


「応接室ですね。……よし、そこへ行きましょう」


 ――出口は、まだあるはずだ。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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