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愛を弔う館 ― 閉じ込められた四人  作者: 智信
第二部

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第18話 襲撃

「部屋中のものが、まるで意思を持ったように次々と私たちをめがけて宙を飛んでくる」

—— サンルームでの襲撃

 考えるより先に体が動いていた。


 宙に浮いた椅子がまっすぐニナへと飛んでいく。

 私はニナの前に体を割り込ませ、抜き放った剣で迫る椅子を真横に薙ぎ払う。


 ――がしゃん――


 椅子は大きく弾き飛ばされた。


 だが、それで終わりでは、なかった。

 花器が。

 燭台が。

 部屋中のものが、まるで意思を持ったように次々と私たちをめがけて宙を飛んでくる。


「くそ!……頭を守れ! 私のそばから離れるな!」


 私は三人を背にかばいながら、飛んでくるものを片端から弾いていった。

 ひとつ弾くごとに、剣を握る手が痺れる。

 それでも、ひとつ、またひとつと弾いていく。

 息を継ぐ間もない。

 弾いても、弾いても、次から次へと飛んでくる。

 ひとつでも見落とせば、誰かに、当たる。


 ――きりが、ない。


 そのときだ。

 背後でニナの悲鳴があがった。

 振り向く。

 目に入ってきたのは、セオをめがけて真っ直ぐ飛んでくる燭台だった。


「セオ! 伏せろ!」


 叫ぶより先に地を蹴っていた。

 間一髪、その軌道へ剣を差し込む。

 鋼と鉄がぶつかる重い音。

 弾き飛ばされた燭台は、勢いをなくし床に落ちた。


 セオが腰を抜かしてへたり込む。


「ひ……っ、す、すみません、僕……」


「謝るな。それよりも、目を開けろ。気をしっかり持て」


 だが――私が一人を守れば、その隙にまた別のものが誰かを狙う。

 四人をたった一人で守りきるには、手が、いや、何もかもが足りなかった。


 現に、私が燭台を弾いたその裏で、今度は植木鉢がハーヴィへと襲いかかっていた。


「ハーヴィさん、右へ!」


 私の声にハーヴィが間一髪で身をよじる。

 植木鉢はハーヴィのいた場所に勢いよくぶつかると、大きな音を立て砕けていった。


 息が上がる。

 このままでは……遠からず、誰かがやられる。


 そして、その混乱のなか、ふと視界の隅に、あの"影"の姿が映った。

 ガラスの中のもう一つの"影"。

 物が荒れ狂うこの部屋で、その"影"は、ただじっとこちらを見ていた。

 まるで、私たちが逃げ惑うさまを嘲笑うかのようだった。


 ――許せなかった。


 私はとっさに植木鉢の欠片を拾うと、そのガラスへと投げつけた。


 だが……植木鉢の欠片は、ガラスを割ることも、罅ひとつ入れることもできず、かちん、と当たって止まってしまった。

 そして、ガラスに映る"影"は、揺らぐことすらなかった。


 ――当たらない。


 こいつはどうにかなる相手ではない。

 きっと斬ることもできないだろう。

 剣も通じない。

 その一言が頭のなかで重くこだまし、私は奥歯を強く噛み締めた。


 剣で守れなければ、ならば、私は――この三人を、いったいどうやって守ればいい。


 ……いや、考えるのはあとだ。

 いまは……


「――逃げるぞ! 全員、扉へ! 走れ!」


 私は方針を切り替えた。

 戦えないのなら、この部屋から離れるしかない。


 三人を先にサンルームから廊下へと戻す。

 私は殿として、なおも飛来するものを弾き飛ばしていく。

 転びかけたニナの腕をセオが掴み、支える。

 ハーヴィもそれに続いた。


 三人がサンルームから出ていったのを確認すると、私も一歩ずつ後ろへ下がる。

 背に扉の枠が当たった。

 あと一歩。

 私も廊下へと出ると――渾身の力でサンルームの扉を閉めきった。


 ――ばたん――


 扉が閉じたその瞬間。


 あれほどの喧騒が――嘘のように、ぴたりとやんだ。


 扉一枚を隔てただけ。

 それだけで、あの暴風雨のような襲撃がまるでなかったことのように消えた。

 だからこそ余計にぞっとした。


---


 薄暗い廊下に四人の荒い息が響いていた。


 私は扉に背を預けたまま、ずるずると座り込んだ。

 腕がまだ痺れている。

 握りしめた剣を見てみると、想像通り刃こぼれだらけになっていた。


「マーレさん! マーレさん、大丈夫ですか!」


 セオが真っ青な顔で駆け寄ってくる。

 その手も、声も、ひどく震えていた。

 それでも真っ先に私の身を案じてくれるあたり、本当にこの子は根がまっすぐだ。


「……ああ。かすり傷だ。……お前たちこそ、どうだ。怪我は、ないか」


「あたし、は……だい、じょうぶ。マーレが、セオが、守って、くれたから……」


 ニナの声も掠れていた。

 いつもの威勢はもうどこにもない。

 その目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 私はそんなニナの頭にそっと手を置いた。


 ぽんぽん、と優しく二回叩いた。


 いつものように小突く気にはなれなかった。


「よく耐えたな。……お前は、本当に、頑張ったよ……」


 ニナはこくりと頷いて、袖で乱暴に目元を拭った。


「ハーヴィさんも、無事で、なによりです」


 ハーヴィは少し離れたところで壁に手をつき、肩で息をしていた。


「……いえ、マーレさんの、おかげ、です」


 酷く疲れた顔をしていたが、それでも怪我はないようだった。


 私は三人に大きな怪我がないことを確かめることができ、ようやく息をつくことができた。

 だが安堵している暇はない。


 あの部屋で私は思い知った。

 あの"影"には剣が届かない。

 確かに、この剣で飛んできたものを弾くことはできた。

 だが、あの"影"を剣で断つことはきっとできない。


 ――守れるが、倒せない。


 もしあれが、あの"影"が、この館のどこまでも私たちを追ってくるのなら。

 私は、頭を振って、その先を追い払った。

 全員でここを出る。

 それができるなら倒せなくていい。

 私にできることをするだけだ。

 全員で帰る。

 それが私が成し遂げなければいけない、唯一のことだ。


 私は大きく息を吸い、心を落ち着けた。


「ハーヴィさん」


 努めて落ち着いた声で再びハーヴィに呼びかけた。

 三人の前で、これ以上、動じてみせるわけにはいかない。


「サンルーム、あの部屋はもう駄目です。……さっき言っていた、もう一つの出口。厨房の勝手口。そこへ、案内してもらえますか」


 ハーヴィがこくりと頷いた。


「は、はい……。厨房は、食堂の、奥なので、ここからですと、いったん広間へ戻って、そこから食堂となります」


「わかりました。行きましょう」


 私は立ち上がりながら、ニナとセオに視線を送った。


「ニナ、セオ、いいな」


 セオは震えながらも小さく頷いた。

 だが、ニナは小さくぽつりと呟いた。


「……また、あんな目に、遭うのかな」


 その声はまだ震えている。


「遭わせない。……必ず私が先に入る。お前は、何かあれば、すぐに下がれるよう、後ろで身構えていろ」


 私はそう言って刃こぼれた剣を握り直した。

 あんな目に遭わせないなんて、約束できる保証などどこにもない。

 だが、そう言ってやることでしか、ニナを立ち上がらせることができなかった。


 しかし、セオは違った。


「……はい。僕も、ちゃんと、ついていきます。マーレさんの、すぐ後ろに」


 その声はたしかに震えていた。

 だが、言葉の一つひとつははっきりとしていた。

 顔は青ざめ、鞄を抱く腕もまだ小刻みに震えている。

 怖くないわけがない。

 それでも、この子はその怖さごと引き受けて、前を向こうとしていた。


 ――たいしたものだ。

 いつもはニナの半歩後ろに控えているようなこの子が、こういうときにこそ、その芯を見せる。

 私は内心で、少しだけセオを見直していた。


 閉ざされたサンルームの扉を、もう一度、見た。


 この先にはガラスだらけの部屋。

 この館に鏡は一枚もない、にも関わらず、そこはガラスだらけの部屋だった。

 そして、現れたあの"影"……それは、はたして偶然なのだろうか。


 頭の隅でばらばらだった何かが、ひとつに繋がりかけていた。

 だが、まだ確信には遠い。

 いまは、それを確かめるより、外へ出る道を探すのが先だ。


「さあ、行きましょう。……次こそ、外へ」


 その一心で私たちは薄暗い館の中を進んでいった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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