第1部(7)
「オーダーアクション、この姫を救う」
『行動力が足りません』
何度も繰り返した試み。
トレースはセラ姫の前で恭しくかがんでいる。
いつもと違うのは、そこにローダーとフラニがいたこと。
「なるほどな。行動力が最大なのに❝足りません❞か」
ローダーが興味深いというように言う。
「自由度が売りのリヴではアクションの選択肢はそれこそ無数にある。よく見つけたな」
「ま、トレース以外の誰も、このお姫様を救おうなんて考えもしなかったってこと。変わり者なだけだ」
フラニも会話に参加してきて言う。
「でもこんなの、システムメッセージの設定ミスじゃないのか?」
「いや」画面の向こう側で、ローダーは何かを調べている。「このメッセージを解析したが、俗に公式チェックと呼ばれるメンテナンスを何回も受けていることがわかった。少なくともこれはバグじゃない」
むう、とフラニは反論できない。ローダーがパーティに参加したことで、解析の面からハルトの主張がでたらめでもないことが明らかになった。
「トレース、そちらの方たちは?」
セラ姫が口を開いた。
「おっと、自己紹介がまだでしたな。おいらはローダー。しがない情報屋にございます」
茶化しているのか、真面目に言ってるのか、ローダーが一礼する。
「まあ、これはご丁寧に。わたしは、エルドルイン国王ガイウスの子、セラにございます」
「俺、フラニ。魔法使いだ」
フラニも最小限の情報を発する。
「まあかわいらしい。でも、強い魔力をお持ちですね」
賑やかになった場を、トレースが話に引き戻した。
「うん、挨拶も済んだところで、本題だ。僕はセラを救いたい」
真っすぐに、トレースは言った。ローダーは、ゆっくりと、正確に、結論を返す。
「おいらなりに行動力について調べてみた。整数管理、回復周期、表示領域、消費演算、全部1000を上限に組まれてた。行動力の上限は1000で確定。それを越える方法は存在しない。そう、このゲームが示してる」
「方法があるはずだ」
すぐに、トレースが立ち向かうように言った。ローダーはトレースに視線をぶつけた。
「ソースはおいら。それが信用できないと?」
情報屋のプライド。しばし、トレースとローダーが見つめ合う。
「まあまあ!主目標を❝リヴの冒険❞!❝行動力上限突破方法❞はサブ目標にしたらいいじゃん。ゲームを楽しもうぜ!」
フラニが仲裁に入る。
「みんなでマップを見せ合うんだ。そして――」
まずフラニが地図を出して、半ば強引に流れを作る。
「全員が未訪問の、行ったことのない街へ行く!」
トレースとローダーの地図も確認して、最後にフラニは地図の一点を指し示した。
「つまりここ!芸術都市シューアンスへ!!」
ファストトラベル機能を使い、シューアンス近くの既知のチェックポイントまでショートカット。
しばらく歩くと、家々が見えた。
目を見張る3人だったが、それらは集落といった感じで芸術都市という気はしない。
「あれが……シューアンス?」
思わずトレースが聞く。
「いやあれは……シューアンスに隣り合う農村デンだな。その向こうに見える外壁に囲まれた都市がシューアンスみたいだ」
フラニがガイドブックに目を落として答える。
集落に近づいていき、その中を突っ切って行く形でパーティはシューアンスを目指す。
「静かな村だな……」
デンの村に活気はなかった。パーティは通り過ぎて、芸術都市の門の前へ来た。
「芸術都市シューアンスへようこそ!」
パーティが冒険者であることを確認すると、門番はその門を開く。
「うおーすげー!」
まずローダーが声を上げた。
そもそも外壁の一風変わったデザイン性を見たときから期待は高まっていた。そして、街中に広がる景色もまた期待に違わず、奇抜な色の銅像、意図不明のオブジェ、詩が刻まれた街道と、ガラスや布など異質な材料を使った芸術性の高い建物が立ち並ぶ。
「これが芸術だー!」
フラニもウキウキで街へ乗り込む。
道端には多数の露店が開かれ、こまごまとした芸術品が並び、特に絵画が目を引く。
題材は、パン、見たことのない郷土料理、小麦畑、切り分けられた肉、果物まで――。
「なんか食べ物の絵が多くね?」
見たままに、フラニが口にする。
「おお、あんたら冒険者か?」
通行人の住民が話しかけてきた。
「なら食料を持ってないか?」
住民がそう言うと、UIがトレード画面に移行する。
「まあ少しはあるけど……」
持ち物袋の中身を見せるように、トレード画面からストレージUIがポップアップ。
「全部俺に売ってくれ!金は出す!」
住民がジェム金貨を何枚か渡してきた。
「って相場の2倍以上だぞ……?まあ得な取り引きは受ける。はらぺこおじさん?」
「ありがとな。助かったよ」
そう言って住民は食料を抱えてさっと向きを変えて歩き出す。
「って食わねえのかよ!」
「当たり前だ。食料は共同倉庫へ。掟で決まってる」
そのままどこかへと住民は消えていった。
「この街の奴ら、食い意地が張ってるか……」
フラニが言って、
「まあ、食糧難だろうな」
ローダーが引き取る。
「まあいいや!じゃあこの街をとことん楽しもうぜ!」
「おう!ってことは――」
「ああ!ここからはいったん別れて自由行動ってことで!」
フラニとローダーが2人で息ぴったりに決める。
ついていけないトレース。
「じゃあ2時間後にここに集合なー」
すっとフラニが駆けていく。ローダーも別方向へ行った。
「え?」
ぽつんとトレースはひとり。
「そんな、新しく来た街の楽しみ方とか、いきなりわかるもんなの?」
トレースはボヤいた。
「ようこそ、冒険者さま。それではガイドの者を紹介いたしますね」
観光センターの受付の女性が愛想よく手続きを進める。
ちょっとの情けなさを感じながら、トレースは観光ガイドの手を借りることにした。
奥から男性がやって来た。
「はじめまして!シューアンスの公式ガイドのベーメと申します。ガイド歴は2年です」
初々しい青年だった。
それから、街を散策しながらベーメの解説が始まった。
「こちらの銅像、虹を手にしたという伝説を持つ男を――」
「こちら、何に見えます?実はですね、これはカエルなんです」
「この道に刻まれた詩は人間讃歌として名高く――」
「シューアンスの住民の9割が芸術家と言われていまして――」
一通り街を歩いて、トレースとベーメはシーソー型ベンチに腰をかけた。
「おつかれさま」
「やっぱりつまらないですか、わたしのガイドは」
「いや、そんなことはないが……」
トレースが街を見回した。
「さっきキミは自分が残りの1割の人間だと言った。そして、芸術品で溢れ返るこの街にしては活気が少ない」
何とはなしに、トレースは聞く。
「人が少なくないか?」
まばらな人影しかない街並みを見て、計算が合わない、とハルトは思った。
「それは……言えません」
あまりにきっぱりと真剣に断られたので、自分の質問が失礼なものだった気がして、トレースは下を向いた。
「ごめんなさい、観光を続けましょう。今からちょっと面白い催しがあるので、見に行きませんか」
そのとき、トレースの通知UIが赤く点滅して、約束の2時間が過ぎたことを告げる。
「わかった。でも、連れも一緒に行っていいかな。探しに行くところからになるけど」
ベーメが承諾したので、2人は腰を上げて移動を開始する。
このために、パーティの便利機能である位置情報の共有をオンにしていた。
すぐ近くに、フラニがいることを確認できる。
マップUIに従ってそこへ歩いていくと、美術博物館から出てくるフラニを見つけた。本やパンフレットを大量に抱え、ほくほく顔でフラニは闊歩する。
「いやーリヴは美術史も面白そうだなー」
フラニと合流して集合場所へ向かった。
別れた場所に2人が到着すると、露店で1枚の絵をじっと見つめるローダーがいた。
「この絵をくれ」
その絵は、幾何学模様にも見えるし抽象画ともとらえられる、モチーフを発見しそこに到達もできない、記号とも省略とも印象とも言えない、とにかくわけのわからない絵だった。
購入した絵を大事そうに抱えるローダーに、フラニが聞いた。
「14万ジェム?けっこうすんな。データ解析で何か出たのか?」
「何もない。でも、おいらは気に入った」
そこで、トレースが2人にベーメを引き合わせて紹介する。
「こちらベーメさん。この街の公式ガイドなんだって」
また、ベーメがぎこちなく挨拶をする。
それから、ベーメの勧めに従って催しを見に行く流れになった。
そこは、大きな広場だった。立派な舞台に観客席も設えられていて、屋外の劇場というほうがふさわしいかもしれない。
広場ではすでにイベントが始まっていた。
今は、パンの材料がそれぞれ描かれた絵画に炎魔法を当てて燃やし尽くし、そこから焼きたてのパンの絵画が生まれてくる、というパフォーマンスが行われている。
それをパーティとベーメの4人は観客席の一角から眺めた。
「われらが街、シューアンスと隣りの村デンは共通の掟を持っています。それには厳しい戒律のようなものもありますが、こんな風にお祭りを定めたものもあります。わたしたちはこの催しを俗に❝お祈り❞と呼んでいます」
得意そうに誇って、ベーメも解説を始める。
「わたしたちは不足してるものを芸術品のテーマに選び、作られた芸術品を代用とし慰めを得るのです。それは、焦がれるものへの願いでもあります。また逆に、犠牲になるものを思って身代わりとなる芸術品を作り、失われるものへの情熱を込めるのです」
丁寧に、ベーメの話は続く。
「次は絵描きグラントの新作、❝到来❞です!」
お祈りの司会が言うと、巨大な絵画が舞台に登場した。
そして幕が下ろされると、群衆が沸いた。
どしゃ降りの雨を題材に、その雨粒ひとつひとつがこちらに向かってくるかのように描かれている。
「すげえ迫力だなあ!」
フラニが批評家の目をしながらも素人みたいな感想を言う。
「続きまして、劇団雨乞いによる悲劇❝再会のとき❞です!」
舞台で男女の恋愛と雨の周期が重なるストーリーが上演されていく。
「また雨のモチーフ?」
それからの演目にも、どこかの箇所に雨に焦がれる思いが込められているのが見受けられた。
トレースが、答えを求めるようにベーメを見つめた。
「このあたりでは、3年はまともに雨が降っていません。シューアンスとデン、隣り合う芸術都市と農村は役割を分担し素晴らしい共存関係を築いてきました。しかし今は農業を担う村は日照りにより機能を停止し、シューアンスの確かな芸術品が生み出す富で何とか食いつないでいる状況です。だから今のシューアンスは食べ物と雨に夢中で、それらの芸術品で溢れ返っているわけです」
快晴の空をちらりと見て、苦々しい表情でベーメは話してくれた。
「お祈りが終わったようですね。では、わたしはガイドを終了し、帰りますので」
舞台から、そして観客席から人がいなくなっていく。トレースが報酬を渡すと、ベーメもまた去っていった。
「日照りについては残念だけど、この街は面白い」
今日はお開きという空気になったとき、フラニの意見に残る2人も賛同を示した。
明日もシューアンスに集合、となって3人はログアウトした。
翌日、集合時間通りにトレースはシューアンスにいた。
「って誰もいねーし!」
数分が経って、フラニがやって来た。
「なんかローダーからメッセージ来てるぞ」
フラニは悪びれることもせず画面を指し示す。
『データ解析が忙しくて遅れる。2人でデートを楽しんでくれろ』
それを読んだフラニが嫌そうな顔をした。
「なあ……もしかしてあいつ俺のこと女だと思ってる?」
リヴにはボイス加工機能があり、いちおうケイの声は自動的にフラニ=女の子の声に変換される。
考えるのが怖くなって、トレースは答えるのをやめた。
「今日もベーメさんを呼んで観光しようぜ!」
気を取り直すようにトレースが言った。
「そうですね、今日は芸術品の作成過程、作業工程を見に行きましょう。いかがでしょうか?」
ベーメと合流して、その提案通りに3人は工房に訪れた。
ひとつの作りかけの絵が、トレースの目に留まった。
題名『エリー』
作:バトス
シンプルな作品情報をすっと読み込んで、またトレースはその絵を見る。
青い髪の女性の肖像画。
「なんか綺麗っていうか……いや美人さんなんだけど……温かさがある」
それからも、2人は職人やその弟子を紹介されながら、製作途中の芸術品を見て回った。
「この青い髪の女の人……」
やがてトレースはフラニに言った。
「そう、同じ女性がモデルの物ばかり……」
フラニも同じことに気づいていた。
「芸術都市シューアンスの最新トレンドの女性……」
「よほどおモテになるのか……」
「いや……」
引っかかりが、ベーメの言葉を思い起こさせる。
『また逆に、犠牲になるものを思って身代わりとなる芸術品を作り、失われるものへの情熱を込めるのです』
キッとトレースがベーメを見た。
「ベーメさん!」
ベーメは顔を逸らし、苦しい表情。
「もういい、ベーメ」
職人のひとりが声をかける。
「親方、でも!」
「冒険者たちを侮ってはいけない。この人たちなら、隠してもいずれ真相を突き止める」
職人がトレースとフラニのほうに向き直った。
「掟があるんでさ。3年3か月。この決まった期間に決まった雨の量が降らなければ、住民を生け贄に捧げる儀式を執り行う」
ベーメが目を伏せている。
「街に人が少ないのは、その儀式の準備で手が離せないからで」
「その儀式は、いつ……?」
「2日後になっとります」
真相は突き止めた。しかしその重さに、2人は何も言えなかった。




