第1部(5)
今日もハルトはリヴの世界へ落ちる。
習慣になってしまったように、まずセラ姫に会いに城の地下へ下りた。
すると、いつもとは違う賑わいがあった。プレイヤーたちがセラ姫に群がるように会話を試みている。
「北の方角……それ以上のことはわかりません」
「アルターナの街へ行けば、幸運が待っています」
セラ姫はそのひとりひとりに告げる。
そうか、とハルトは合点がいった。今日は月初めの7月1日。セラ姫は、月ごとにそれぞれのプレイヤー個人へ向けてどこで動的クエストといったイベントが起こるのかという指針を、占いやお告げといった形で語るのだ。
だから、月が変わったタイミングで大勢のプレイヤーがそれを聞きに来る。
プレイヤーの群れに囲まれるセラ姫を遠目に眺め、トレースは両腕を組んだ。
トレースに気づいたセラ姫が、視線だけをこちらに送った。トレースは「また来るよ」と、それを表情と身振りで伝えて、聖域を立ち去った。
そして、旅を再開する。
広い世界を見て回りながら、トレースはひとつのダンジョンを見つけた。
興味津々に近づくが、その入り口でトレースは立ち尽くしている。
通知UIがこう示していた。
パーティの要求人数:2人以上
リヴというゲームは多人数での協力プレイを推進、推奨していたため、時々こういう露骨な導線を作ることがあった。
物理的な壁を前に、ハルトは思考する。しかし、思い浮かぶのは、大学の悪友だけ。
そろそろ関係を修復する頃合いかもな。
ハルトは思って、最初に声をかける言葉を考え始めた。
「うーわ、おまえそれ初期プリセットの始めの10パターンの中にあるやつそのまんまだろ?雑すぎ、ひくわー」
目の前の女性アバターがトレースに向かって言った。一方のアバターの女の子の造形はとても作り込まれていて、かわいらしい。
「PCこそゲームで一番長く付き合うキャラクターだから見目麗しく、か。現実主義のおまえらしいよ、ケイ・フランツィスカ」
「本名で呼ぶなや。今の俺は、フラニ!」
「そういうおまえだって、ロールプレイはしないくせにその格好じゃん」
「そこまでしたら気持ち悪いだろ!俺は、不自然なことはしない」
「そっか」
「で、どうする?さっそくダンジョンへ行くか?」
2人は、ダンジョンから一番近い町、ロルスで集まっていた。
「そうだな……まずフレンド登録だけしとくか」
と、ゲーム内の便利機能を利用しようと、片方が申請し、片方がそれを許可する。
そうしていると、ハルトは1件の通知があることに気づいた。
これは、メッセージか?
この世界は生きている。
あんたもそう思っているよな?
あんたの知らないことを、おいらは知っている。
ウィザーハートで待つ。
おかしいな、とハルトは思った。なぜなら、ハルトはDMの設定をフレンド限定にしていて、ハルトのフレンドはたった今登録したケイひとりのはずだった。
ハルトはその文面をケイと共有する。
「そんなん無視しとけよ」
「うん」
「怪しすぎるだろ」
「だよな」
ウィザーハートは、ロルスの中央あたりに店を構えるカフェだ。
そのテラス席で、トレースとフラニは手を振って合図する男を見つけた。
「まあ座れよ」
近づくと男はそう言った。2人は警戒は解かずに、席に座った。
「どうやってメッセージを送ってきた?」
ハルトにはこの男とどうコミュケーションをとるか、結論がなかった。ぶっきらぼうに、一言問いをぶつけた。
「ほーう、やっぱり知らないもんなんだな。解説してやろう。DMが閉じててもパーティ申請が送れることは知ってるだろ?そして、自由に書き込める自分のパーティの紹介文がこれに紐づいていて、パーティ申請のときに表示されるんだ。これで閉じてる相手にもメッセージを示せる。簡単な応用だよ」
こう言って、トレースとフラニの警戒がますます強まるのを見て男は続けた。
「おいらはローダー。ま、情報屋ってところかな」
必要な情報はくれてやる。ローダーからは、そんな意図が見て取れた。
「で、その情報屋が、僕たちに何の用だ?」
「ソロプレイヤーのトレース。あんたに興味がある」
ローダーは素直に自分の意志を開示して、また口を開く。
「そして、そろそろあんたのソロプレイには限界がきて、仲間が必要な頃合いだ。おいらが仲間になってやるよ」
トレースが、今正に連れてきたフラニと顔を見合わせる。ローダーの指摘は、ぴたりと状況に一致している。
「嫌に協力的だな。何か裏があるんじゃないか?」
フラニがはっきりと言った。ローダーにも聞こえるように言ったのは、探りを入れるためだろう。
「わかったよ。当然おいらにも目的がある」
何かを隠していても嘘はないというように、ローダーは語り始めた。
「見返してやりたいんだ!おいらを単なる便利な情報屋だとしか思ってない奴らを!おいらの提唱する説を完璧に証明してな!」
ローダーは興奮していた。彼にも彼なりのストーリーがあるということだろう。
「で、その説って?」
フラニが切り返した。核心を突こうとするそれに、ローダーはもったいぶった間を置いて、答えた。
「リヴは現実世界の演算シミュレータだ」
意味が取れない、わけがわからないという2人に向けて、ローダーは喜ぶように説明する。
「この前、ローナとハーネアの大きな戦争が終わったろ?リヴではその直前、エルドルインとペイラで和平が起こった……つまり、リヴは現実世界の困難な課題を解決するために先んじてそれをシミュレートする演算装置だ!」
ばさりと、ローダーがテーブルに資料を投げ出した。
そこには、実際にリヴの後に関連して現実世界でも起こった事例がずらりと書き出されていた。
まずフラニが呆れ返った風に言った。
「根拠レスだ。自分の都合のいいように事象を並べてるだけだろ」
次に、トレースが意見を述べた。
「リヴは生きた世界だ。偶然に現実と同じようなことも起こる」
トレースのその発言を聞いて、ローダーが低く笑い出した。それが心底おかしいというように。
「やっぱりだ。あんたはこのデジタル空間が生きていると、本気で思っている。本気でそう信じてる奴なんてこの世界にあんたとおいらの2人だけだろう。トレース、あんたはおいらの、同類だ」
不気味な笑い顔だった。
「こいつおかしいぞ。関わらないほうがいいかも」
今度はトレースにだけ聞こえる声でフラニが耳打ちした。
それは聞こえていないはずだが、ローダーが釘を差すように言う。
「忠告しておく。おいらを味方にはしておいたほうがいいぜ」
それを聞いて、トレースとフラニは身の毛のよだつ感じがした。確かに、この男を敵に回すことは、余計な面倒を呼び込むことになるだろう。
出会ってしまった以上、他の選択肢はない。ローダーはそう言っているのだ。
全てを引き取って、トレースが宣言した。
「わかった。ローダー、おまえの協力の申し出を、喜んで受け入れる」
仲間にするとは言っていないが。言葉にはしていないのに、それを3人ははっきりと共有していた。
「これからダンジョンに向かおうとしてたんだ。一緒に来てくれ」
とにかく3人はパーティを組んで、ダンジョンへと向かった。




