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第1部(19)

 ローダーは茂みの中から、アンネの告白を見守っていた。


 伝承の樹の前。開けた場所。そこには、シンとトレースがいて、そこへアンネが近づいていく。


 邪魔者?


 トレースをちらりと見て、アンネはそんな感想を抱く。


「ああ、アンネ。こちらトレースさん。足らない魔力を分けてもらったんだ」


 告白までできるかはわからないけど、プレゼントは渡す!


 両手に抱えたプレゼント――ハイフレアの魔導書をぎゅっと握って、アンネは決心する。


「シン。渡したい物があって」


「うん?」


「これ、プレゼント」


 そう言ってアンネはシンに魔導書を手渡す。


 シンは明らかに嫌な顔をした。


「キミが世話焼きなのは知ってるけど……物で釣ってまで、僕をコントロールしたいの!?」


「え、違う、そうじゃない」


 焦るアンネ。


「僕は小さな男かもしれないけど、キミの思い通りにはならないよ」


 告白はやる前から失敗だ。それを察したアンネは涙目になって逃げてゆく。


「アンネ?」


 意図がわからないというように、シンが去っていくアンネの姿に呟く。


 そのときだ。




 ビー!ビー!ビー!




 警報音が鳴った。音の発生源はトレースと、茂みの奥。


「これは――フラニからのSOS信号!?」


 がばっと、茂みの中からローダーが顔を出した。


「すぐに行くぞ!」


 ローダーの登場に驚いている暇もない。トレースがマップUIを見れば、信号の発信場所はすぐ近くだ。






 魔力の波に飲まれて戦闘不能になった自分を、フラニはイメージしていた。


 しかし、そうはなっていない。


 タレスをかばったフラニと同じように、またしても身を挺してフラニを助けた者がいた。


 ひとりの剣士が、剣技で魔力の波を払い除けている。


「もう誰もロストさせない!決して!」


 ジークだった。


 自らのギルド❝スカイスクレーパー❞が全滅していく様を繰り返すことだけは、ジークには耐えられなかった。


 フラニ、ジークが作った機を、タレスは生かした。


 体勢を立て直すと防御魔法と回復魔法を同時展開。


 自らと、自らを助けた2人を救った。


 戦況は悪いが、皆は絶望してはいない。


 やがて得意の魔法剣を披露して戦場に割って入る者がいた。


「フラニ!大丈夫か!?」


 トレースである。その陰にはローダーもいる。


「ずいぶん早いな」


 けろっとした顔でフラニは答えた。


「心配したぞ!」


 ローダーも駆け寄ってくる。


 こうして、トレース、フラニ、ローダーの3人はここに集結した。






「あの女の魔法使い、なかなかやるな」


 フラニの働きを見て、レヴィが言った。


「ジークまで助けに動いたか。吹っ切れたみたいだな」


 ハロルドも答える。


「タレスが助かったのも大きい。彼は重要な戦力だ」


 レヴィが言って、ハロルドを見ると、彼の注意がここにないことに気づく。


「どうした?」


「われらが頭脳、シオンからの報告が届いた。こいつを待ってたんだ」


「共有してくれ」


 2人はすぐさまシオンのレポートを読む。




 ボクの計算で面白いことがわかった。いや面白いことを思いついた、と言うべきかな。あっと、キミたちはレイドバトルの真っ最中だったね。なら、ここからは簡潔に報告するよ。


 ・リヴは現実とつながってるかもしれない


 ・怪物ディスパリテは、資本主義の貧富の差、それが生み出す残酷なまでの格差の象徴


 ・つまり、魔力もまた大きく集まった所へ集中していく性質を持つ


 ・ディスパリテはすでに莫大な魔力が凝集されたエネルギー体だ


 ・魔力が自然に流れるなら、ディスパリテに魔力はどんどん集まっていく。これが無尽蔵の正体だ




 レポートを読み終えると、まずハロルドが言った。


「まずいな。俺はシオンからのレポートを突破口にするつもりだった。レポートは真実を射抜いたが、解法は示していない」


 そう言ってハロルドはこの戦場に来て初めて暗い顔をした。


「指揮官が悲観的な顔を見せるな。全体の士気に関わる。まだ負けたわけじゃないさ」


 レヴィはふっと柔らかい笑顔を見せて、続ける。


「ハロルド、解法のイメージはおまえにもあるはずだ。怪物の限界を越え、その魔力をあふれさせる」


 そして決意ができたというように言う。


「ないなら、わたしが突破口を作る。周囲を調べて新しくもうひとつ戦闘面ができないか探ってみる。攻撃面が増えたなら、必ず限界は来る」


「いつもすまない。頼んだ」


 レヴィが一度後方戦闘面から離れていく。






「なんだこれ、レイドバトル!?」


「ならおいらたちも誘え。水臭いぞ」


 トレース、ローダーと言って、2人でフラニの顔を見つめる。


「すまん」 


 フラニは素直に一言詫びを入れる。そしてすぐにフラニは怪物のほうへ向き直した。


「力を貸してくれ」


 フラニが杖を構えた。


「行くよ!戦闘配置!」


「へんてこパーティここにありだぞ!」


 トレースとローダーも続く。


 皆が奮闘していた。


 怪物が攻撃を受けるたび、吸収した魔力の性質を飲み込み、赤、青、緑、黄色、紫と、様々な色に変化する。


 そして時に怪物もあふれ返すように反撃を行う。


 色々は、怪物の中で濁っていく。


 ジークはスカイスクレーパーの他メンバーと一緒に、4人で怪物と向き合っていた。


 失った自信を取り戻すため、スカイスクレーパーは戦う。


 無尽蔵の怪物の魔力がまた波になって4人を襲う。


 魔法による強靭な防御陣が4人を守っていた。


「ここはわたしひとりが担う!他を助けに行ってくれ!」


 言いながらタレスは魔法を多重展開させる。


「わたしは盤上の駒でいい。だが全ての駒の働きが、いずれキングを召しとる!」


 防御、攻撃、支援、その全ての役割をひとりでやってみせて、タレスがまた魔法を放つ。


 ハロルドは指揮をしながら、タレスのその活躍を横目に見た。


「盤上の駒というには、圧倒的な存在感だ」


 戦線のバランスを保つため細かく指示を送りながら、自らも戦力として弱まった箇所に入り補強を行う。


 スカイスクレーパーのいる場所だった。


「いいか、ジーク」


 ハロルドはその大剣を振るいながら声をかける。


「戦場が自分の思う通りに運んだことなど、俺だって一度としてない」


 乱れた戦いの中で、ハロルドは話し続ける。


「だからそのたびに修整を行い、失敗を成功に変えるため動くんだ」


 ハロルドはジークと戦いながら、彼に何かを伝えようとしている。


「倒れることは恥じゃない。俺たちは倒れるたびに強くなれる。倒れることを恐れ戦うことをやめるとき、これこそが失敗なんだ」


 ハロルドがジークの一歩前に出て、向かい来る魔力の波を斬った。


 その大きな背中。


 ジークの中で何かがカチリとはまった。


❝間違えたなら、そのたびに正せばいい❞


 ジークは思う。


❝俺には倒れても手を差し伸べてくれる仲間がいる❞


 迷いはもうない。


❝俺は何を迷っていたんだ!戦うんだ!❞


 ジークは奮戦するハロルドについていくように、自らも剣を振るった。


 しかし怪物の無尽蔵の魔力はおさえ切れない。防御が間に合わず怪物の魔力エネルギーを浴びることも多くなってきた。


 ハロルドが、一際重い紫の魔力の波を浴びて、傷を負う。


 それでもハロルドは倒れずに、ジークににかっと笑ってみせた。


「こんなのはたかがゲーム。あとは楽しんだもん勝ちさ」






 怪物は魔力を飲み込み続けてどんどん大きくなっている。


 最初、道いっぱいを埋めていた怪物の体は、今は道からはみ出していて、周囲に魔力エネルギーをまき散らす。


 トレースが気がついた。


「まずい!伝承の樹が飲まれる!」


 ぴっと手で合図をフラニとローダーに送り、トレースは戦線を離脱。樹のほうへ駆け出していく。


 一方、当の伝承の樹の場所では、怪物の魔力がただれるようにして迫り来るのを、必死にシンが防いでいた。




 スキル:スロウ




 シンは魔法を用いて魔力の侵攻を何とか遅らせる。


 そこへ、トレースが駆けつけてきて、加勢する。




 スキル:クロノスタシス




「トレースさん!?」


「助けに来たよ!」


「でも!大変な戦いのときにこの樹を守る意味なんて!」


「大切なものなんだろ?一緒に守り抜こう!」


 シンの心には嬉しさが込み上げたが、今は礼を言うよりもやるべきことが目の前にある。


 2人が協力して樹を守るため戦っていると、偵察に向かっていたレヴィがやって来た。


 周囲を注意深く観察した後、自分で確認するようにこう言った。


「新しい戦闘面を作るにはここがベスト……それには木々が邪魔だが、薙ぎ払ってしまえば――」


 開けた場所から怪物のほうへ向かってレヴィは投擲の姿勢に入った。その間には伝承の樹がある。


「何する気!?」


 レヴィに気づいたシンが割って入り、かばうように樹の前に立つ。


「NPCか。邪魔だ!」


 レヴィは冷酷に言って、すぐさまシンを蹴り飛ばした。


「シン!」


 トレースがシンの代わりにレヴィと樹の間に立った。


「キミはプレイヤーだろ?急に乱暴なことをして、どういうつもり?」


「必要な処置だ。長々と説明している暇はない。木々を薙ぎ倒してここに面を作る」


「ダメだ。この樹は守る」


「指示に従ってくれ。わたしは全人未届のレヴィだ」


「それが何?」


 トレースは真っすぐに言って、魔法剣を構えた。


「協力型のレイドバトルの場でプレイヤー同士が争うだと?わたしにそんな愚かな選択ができるか!」


 レヴィは苛立つ。


 それから、荒れた感情を時間を使って落ち着かせ、レヴィは次の手を打つ。


 トレースの通知UIが反応。目の前のレヴィからフレンド申請が送られてきていた。


「わたしのリアルネームはクローネ・ヴィコルツェンだ」


 リヴではフレンド申請時に自分のアカウント情報を紐づけて送り、身元を明かして証を立てる方法がある。


 画面に表示されたレヴィのアカウント情報。名前、顔写真、住んでいる国――それらを順番に目を通していくと、トレース=ハルトは驚きとともに言った。


「クローネ・ヴィコルツェン!オリンピックの金メダリスト!確か2大会連続……やり投げで誰にも破れないって言われる世界記録を作った……今は引退したって……」


「代わりに紹介してくれてありがとう。どうだろう、わたしのこの輝かしい功績をリスペクトしてもらえないだろうか」


 トレースは首を横に振って、剣を下ろさない。


「リアルの権威も効かない、か……」


 トレースの両目には、信念に殉じる覚悟が見えた。


 レヴィの口元で、おかしくもないのに笑みがこぼれる。


 ひたむきなトレースの姿が、レヴィの芯に近い所を刺激する。


 レヴィの中で何かが思い出される。その軌跡全てが。


「わたしの敵は誰でもない!わたしが作った世界記録だった!衰えていく肉体に抗ってオーバーワークを繰り返した、その結果のケガをきっかけに引退。わたしは諦めたんだ……」


 レヴィ自身にも何を言っているかは定かではなかった。ただ全てを吐き出して、結論をぶつけなければならなかった。


「そしてリヴと出会った……そこには新しい世界が広がっていた!わたしの新しい居場所になった!だから……邪魔をするな!」


 静かに、トレースは最後までレヴィの話を聞き取った。そして答える。


「そのために他の人の居場所を踏みにじる、だって?元も子もない」


 トレースとレヴィは正対して睨み合ったまま。時間だけが過ぎる。






 ――後方戦闘面


「解析完了だぞ!」


 遠くで自分なりに怪物を調査していたローダーが言った。


「お、怪物を倒すヒントが見つかったか!?」


 フラニが期待を込めて一度ローダーのもとへ。


「おいらも前からこの怪物ディスパリテには注目してたぞ。戦場で取った実地データを合わせて、答えが出たぞ!」


 ローダーが嬉々として自説を披露する。


「リヴの怪物級の魔物は、現実世界での根深い社会問題と対応している!ディスパリテの場合は貧富の格差!富める者はますます富み、貧しい者はもっと貧しくなっていく……この歪んだ構造を体現している!」


 ローダーの言葉を聞いて、はああ、とフラニが深いため息をつく。


「だから現実社会の経済格差をなくせばディスパリテも弱るぞ!」


 思わずフラニがローダーをぽかっと叩いた。


「根拠レスのうえにどうやってやるんだよ!格差是正なんて!」


 ローダーの珍説を、ハロルドは聞き逃さなかった。


 戦闘をこなしながら、ローダーの姿形を確認するようにちらりと見る。


❝でたらめを言っているようでシオンと同じ結論……どういうヤツなんだ!?❞


 当のローダーは叩かれた所を撫でてフラニに文句を言っている。


「おいらの解析を馬鹿にするならこんな所に用はないぞ!告白大作戦のほうが大事だろ!アンネお嬢ちゃん、今行くぞ〜!」


 どこどこと、急いでローダーが戦線を離れていく。


 そしてローダーは、村の外れで座って落ち込むアンネを発見した。


「冒険者さん!?どうしてここが!?」


 アンネがローダーに気がついて顔を上げた。


「ふふ。情報屋に知らないことはないぞ」


 ローダーは優しく言ってアンネの隣りに座る。


「もうダメ……告白は大失敗……」


 アンネは諦めて下を向いている。


「さっきは残念だったけど、まだとっておきが残ってる。おいらが持つ唯一の実体験データ!」


 ローダーの言葉に、アンネはすがるように反応した。


「❝勇気を出して正面からぶつかる❞!」


 そしてがっかりしたというようにアンネはもう一度下を向く。


「そんなの無理!そんなので……うまくいくわけない」


 アンネは自信を喪失した様子で言った。ローダーは根気強く声をかける。


「最後は自分と相手を信じる。未来を信じる」


 ローダーが言うのをアンネは首を横に振って聞こうとしない。


「確かに100%うまくいく方法があればもう教えてる。でも勇気を出したなら――」


 ローダーはまた優しい声音になって言う。


「おいらには大切な仲間ができた。本当だぞ」


 ローダーが本気で説得しているのがアンネにも伝わった。


 そうだ、わたしだけ下を向いてるわけにはいかない!


 アンネはそう自分を奮い立たせて、言った。


「告白大作戦!今度こそ!」


 腰を上げ、アンネはローダーと移動を開始する。

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