第1部(18)
「お嬢さん、これも何かの縁ですな、おいらが手助けするぞ!」
この冒険者は調査物しか見ていないようで、わたしが落ち込む姿も見ていたんだ――ローダーと名乗った少し太っちょの男が申し出るのを見ながら、アンネは考えている。
「冒険者さんは不思議な力を持つと聞きます。あなたも特別なものをお持ちなのですか?」
「もちろん!おいらのデータに任せておきな!」
データ?魔法の一種かしら?
アンネは自分なりに解釈しながら、話す。
「もうわたしはどうしてよいかわかりません。この縁を信じてお話いたします」
「おう!おいらに任せろ!」
アンネは、悩みを話し始めた。
「なるほど……好いてる男が自信を失くしてる……その状態では自分から告白しても成功の望みは薄いと……」
アンネの話をデジタルに記録して、ローダーは内容を確認する。
「はい。思いを告げたいのですが、彼を傷つけるだけな気もして……」
「うんうん。わかるだろ。恋の悩みは大変だぞ」
ローダーはうなずきながら、記録データが完成したことを確認。
「なら早速データの解析に移るぞ!」
聞き慣れない言葉に、アンネは聞き返す。
「データ魔法カイセキ?」
「体は置いて、リアルでの作業になる。村に宿はあるかな?そこで体を休ませておくぞ」
「はい。小さな宿屋ですが、ございます」
「決定!早速カカオ村に戻るぞ!」
恋のキューピッドって正体はこんななのかしら?
アンネはそんなことを思いながら、ローダーを案内した。
トレースが剣に魔法を込めると、魔力はそのまま流れて目の前の樹に吸い込まれてゆく。
伝承の樹に、トレースとシンの姿。
「ありがとうございます冒険者さん!本当に、冒険者さんは特別な力をお持ちですね。簡単に樹に魔力が満たされた」
シンが、トレースの助けを受けて感謝を述べた。
「うん、僕はトレース。いちおう魔法剣士だからね」
トレースは自己紹介をして、目の前の大きな樹を見上げる。
「珍しい樹だ。魔力を吸い上げて育つなんて」
「はい。普段は僕があげてるんですけど」
「さっき道中で話してくれた言い伝えだね。いつかこの樹は実を結び、人々をつなげる守護者となる……」
「もう信じてる人なんて、僕くらいで……」
シンはそう言ってから、諦めかけている自分と諦めきれないでいる自分を意識する。
「でもキミのおかげでこの樹は枯れないでいるんだろ?そしてキミの熱い語り口が僕を動かしたことで、伝承は続く」
トレースは樹からシンへと視線を移して、さらに聞いた。
「誰からも理解されないことを続けるのは難しい。キミはどうして、この樹の言い伝えを信じるんだい?」
トレースは言い終わってから、踏み込みすぎたと訂正を始める。
「あっと、助けたからって何でも聞いていいわけじゃないよね!」
「いえいえ。僕の父は……タレス・ガンスレイなんです」
トレースはすぐにその人物に思い当たった。
「生ける伝説……偉大な父、か……」
「はい。父は信念の人ですから、いつも僕にこう言いました。❝信念をもってやり続ければ、いつかその先に見たことのない景色が広がっている❞と」
シンは、真っすぐな目をしてから、少し照れくさそうに言った。
「夢みたいな言葉ですけど、父はその夢をいくつも叶えてきた人です。だから僕は馬鹿正直に、この言葉を信じているんですよ」
シンの話に、トレース=ハルトは自分の父親のことを思い出さずにはいられなかった。
主にカカオ村の住民による有志とギルド連合からなる討伐チームは、決起集会を行なった村を出て移動を開始していた。
道中、ギルド連合は綿密に連携と作戦を確認している。ギルドに属さないフラニは、蚊帳の外だった。
「フラニさん」
そのためかフラニは住民有志の近くにいて、そのリーダーたるタレスが直々に声をかけてきた。
「単身での参加、ご協力痛み入ります。わたしも多くのことを成してきたつもりだが……今回の討伐にも懸けるものがあります。ぜひお力添えを」
「もちろん。やれるまでやり切ります!」
「ははは。しかし厳しい戦いになりましょう。最後は気持ちが生死を分けるやもしれない……あなたも懸けるものがおありでしょうか?」
フラニは理由が全人未届への対抗心と戦闘を面白がってるから――とは言えない。
「ははは」
笑いを返すことでなんとか場をやり過ごし、フラニとタレスはそれからも会話をしながら歩いた。
そこで、フラニはタレスが何かをずっと片手に握りしめていることに気づいた。
タレスのほうも視線に気がついて、握りしめている物をフラニに見せて言った。
「お守り、ですよ」
それは、リヴ世界で❝導きの方位石❞と呼ばれるアイテムだった。何か道に迷ったり進むべき方向を示してほしいときに使われる物で、導きの結果を針が方角で指し示す。占いのようなものだ。
「よく見てください」
そう言ってタレスが方位石をフラニの目線に合わせた。
タレスの方位石の針は、どこの方角も指し示していなかった。なぜか針は真上に曲がっており、空を向いて固まっていた。
「壊れてる?」
フラニが思わず聞いた。
「はは。その通りですな!実はわたしの生まれのカカオ村には、子が生まれたときに方位石を使ってわが子の行く末を占う風習がありましてな。吉方などを方位石が定めるわけです」
嬉しそうに、タレスは語る。
「わたしも息子のシンが生まれたときに占ってみた。するとどうでしょう。導きの方位石は方角を示さず真上を向いた!そんな例は聞いたことがない!❝こいつは大物になるぞ!❞妻と一緒に喜んだものです」
微笑ましいエピソードにフラニの頬も緩んだ。
隊列は怪物へ向かって進む。
カカオ村の宿屋の一室。
そのベッドにローダーは横たわっている。
すやすや眠っているようにしか見えない冒険者を見て、アンネは少し不安になった。
やっぱりこんなこと、相談すべきじゃなかった?
アンネが悶々とひとり考え事を始めたときだった。
「データ解析完了!」
ぴょんっとローダーがベッドからはねた。そのまま起きて出て、アンネに向き合って言う。
「データは嘘をつかない!完璧なプランが出たぞ!」
アンネは期待を込めて、ローダーのはじき出した答えを聞く。
「ずばりプレゼント、だぞ!」
「プレゼント?」
「そうだぞ、古今東西素晴らしい贈り物で落ちなかった人物はいないだろ!」
「でも……」
「そう!具体的に何を贈ったらいいかわからない、と仰りたいのですね!?」
「違くて……」
「はいアンネお嬢さん、そこで答えを出してあります。アンネから聞いた話からシンの好みは解析済み――最適なプレゼントは❝ハイフレア❞の魔導書!」
「はあ……」
「これを贈れば大成功間違いなし!告白大作戦開始だぞ!」
ささ、村の本屋へ急ぎましょう、とローダーはアンネを引き連れて行く。
伝承の樹は、静かに安らうようにたたずんでいる。
「眠ったみたいです」
シンが言った。
「満腹になってってこと?」
トレースは聞いた。
「はい。この樹は生きているんです」
そう言って、シンが温もりのこもった目で樹を眺めるのを見て、トレースも樹を見つめた。
「僕はそう信じてて……手のかかる子どもみたいなものですね」
シンは小さく笑った。それからも呟いて。
「僕はほうり出せないでいるけど……」
段々とか細くなる声でシンは言う。
「だから父さんはもう何も言わなくなった……そういうことかな……」
消え入るような呟きを、トレースは確かに聞いていた。
「わたしは全人未届のレヴィだ。作戦の共有について、説明させてもらう」
討伐チームの軍隊は怪物に近づきつつある。
「まずここがベルデ山脈の山々の谷間なのは知ってるな?木々や植物にあふれた山谷につながる1本の道。これを怪物ディスパリテはふさいでいるわけだ。だから、この険しい地形を考えると、戦闘面は怪物を挟んでこちら側と向こう側の開けた道となる」
そこで一度小休止を兼ねて、ブリーフィングが行われていた。
「われわれ討伐チームは今から二手に分かれる。カカオ村から見て道の前方面と後方面のそれぞれに第1軍と第2軍を置く」
集まった冒険者と有志は結局100人を越えていた。第1軍と第2軍、それぞれが50人ほどの軍勢となる。
「あとはやってみないとわからないことが多いが、われわれはやり抜く!行くぞ!」
討伐チームから鬨の声が上がり、決戦の地へと向かう。
――前方戦闘面
すでに第1軍は戦闘の準備を整え、開始のときを待っていた。
全人未届の4人の中からゼノとルシアが配置され、指揮官として采配を振るっている。
「はーい、ここからはわたしルシアとゼノがみんなの指揮をとるよ!頑張ろうね!」
「オレは指揮とかはよくわかんねえ。まあ、戦闘は得意だ。オレの背中について来てくれ!」
そう言って、ゼノは拳の威力を最大限に上げるナックルを装備した。
そして先陣を切る。
スキル:ロアブレイカー
怪物の巨体に見舞う強大な一撃。それが戦闘開始の合図となった。
「この谷の地形ならわたしの声もよく響く。気持ちよく歌えそうー」
ルシアは、歌った。
Laーーーーー
その綺麗な歌声はどこまでも響き、軍勢の者たちを鼓舞する。
ルシアのジョブは吟遊詩人。歌で皆の能力を上げるスペシャリスト。集団戦闘では欠かせない人材だ。
――後方戦闘面
「みんな通信魔法での連絡を密にして怠るなよ!」
ハロルドが全体に喝を入れる。
第2軍の指揮官としてはハロルドとレヴィ、そしてタレスがいた。
向こう側の戦闘面で大きな音が鳴った。
「おーゼノが始めたか!ここからは怪物も反撃してくる!注意しろ!」
第2軍も怪物への攻撃を開始した。
その中のひとりとして、フラニも参戦し、魔法を放つ。
❝最初は面白半分で参加したレイドバトル。今も全人未届の奴らは偉そうでむかつくけど、それはそれとしてタレスさんのためにも頑張んなきゃ❞
プレイヤーのひとりとして、フラニは戦う。
――前方戦闘面
戦況は、よいとは言えなかった。
物理攻撃無効。魔法攻撃吸収。怪物が持つ両面の耐性に有効な手立てが結局のところ見つからない。
しかし、プレイヤーもNPCも集合した考えられる最大戦力をもってしてこれなのだから、最初から解法はなかったのかもしれない。
戦況の悪さを一番肌で感じていたのは、最前線で戦うゼノだった。
自分の強烈な力を込めた一撃が、それ以上の力ではね返される。
ゼノは戦いながら自問する。
オレは、ずっと全てを力でねじ伏せてきた。
最強のライバルと言われたあいつも、オレには絶対倒せないと揶揄されたチャンピオンも、結局はリング上で沈めてきた。
力には、それ以上の力をもって倒す。
それがオレの流儀であり、力こそがオレの証明だった。
しかしどうだ?
今目の前で無尽蔵にあふれ出る力を前にして、オレは圧されている。
力で全てを解決してきた人間には、より大きな力に対抗する術が、ない?
動揺を必死におさえながら、ゼノは戦い続ける。
ルシアはそれに気づいていた。しかし解法がないのは自分も同じ。
だからルシアは歌った。
その度に傷ついた者はまた立ち上がり、放たれる魔法は速く強大になる。
戦況は、よいとは言えなかった。
――後方戦闘面
「ちっ!これだけの戦力がいながら何もできないとは!」
レヴィが舌打ちして言った。
「そもそもの見込みが甘かったかもな。指揮官である俺のミスだ」
ハロルドが答えた。
「今は悔いるときじゃない。それに――」
意味ありげにレヴィはタレスを見た。
「いざとなれば偉大なるNPCに踏み台になってもらえばいい。英雄の輝かしい最後だ」
レヴィの言葉は半ば当たっていた。戦況は悪い。大魔法使いであるタレスにかかる負担が増していた。
タレスは4つの魔法を同時に詠唱し、放つ。奮戦する。
しかし無理がきた。全方位に効きすぎた位置は怪物に狙われ、魔力エネルギーの大波がタレスを襲う。
――助けたのは、フラニだった。
身を挺してかばうように防御魔法を直接大波に当てる。唯一のタレスを救う手段。
だがそれはただの時間稼ぎに等しい。なぜならフラニもまた、怪物に狙われる効きすぎた位置にいる!
怪物の波がフラニを襲ったとき、スローモーションになる世界でフラニは思った。
トレース、ローダー、おまえらがここにいてくれたらな……3人だったら、きっと何かを起こせたのに……きっと……
反射的に、フラニは2人にSOS信号を送っていた。それがせめてもの抵抗だった。




