第1部(17)
ある大きな樹がありました。
それは魔力を与えられると育つ不思議な樹でした。
この樹が育ち切ったら、どんな花を咲かせ、どんなものが実るだろう?
近くの村人は議論を交わしましたが、結論は出ません。
樹が実らすものを村人は楽しみに待って魔力を与えましたが、樹はなかなか実りません。
ひとり、またひとりと、樹に魔力を注ぐ者はいなくなっていきます。
『この樹が実るとき、人々をつなげる守護者となるだろう』
そんな言い伝えは、段々と皆の記憶から忘れられていきました――
伝承の樹を前に、村の魔法使いは今日も日課を果たしている。
魔法を詠唱し、自らの魔力を注いで樹を育てている。
❝こんな言い伝え、信じてるのはもう僕だけかもな❞
そう寂しく笑いながら、村の魔法使いは充分な魔力を樹に与えた。
「シン!またこんな所で油を売ってる!」
そこへ、村の女の子が姿を現して声をかけた。
「アンネか。違うよ。僕は魔力という油を注いでるんだ。この樹が枯れてしまわないようにね」
村の魔法使い――シンは、アンネにそう返す。
「そんなこと、あの怪物に近づいてまでやること!?危ないでしょ!」
山々の谷の部分に木々が生い茂った場所。近くに山々を通る唯一の道があり、それをふさぐ怪物の姿が、伝承の樹の背後で不気味にそびえている。
「あいつは攻撃しなかったら何もしないよ。怪物には意思はないんだ。ただ寄せては返す波のように、魔力が来たらそれをはね返してるだけさ」
「あなたは分析が得意かもしれないけど、外れることだってあるじゃない!」
「そうだね。いつもキミに心配ばかりかけてる……でも僕はそうまでしてこの樹に❝水❞をやりたいんだ」
シンの言葉に、しばらくアンネは何も返せないでいた。
「タレスさんがシンを探してる」
ようやく、アンネはそもそもの用件を口にした。
「父さんが?」
アンネがこくりとうなずく。
「わかった。一緒に村へ戻ろう――」
シンがそう言ったとき、樹がうめいた。そんな音がしたのだ。シンは樹に触れて考える。
「魔力をもっと欲しがってる?」
樹を調べるようにしながら、シンは呟く。
「今日の分はあげたのに……やっぱりあの怪物の影響が?魔力の流れが乱れてるのか?」
さらに苦しそうに樹がうめくのを見て、シンは走り出した。
「もっとたくさんの魔力が必要だ……ごめんアンネ!先に村へ帰る!」
シンはアンネにそう告げて、山の森を村へのルートに沿って駆けていく。
やがてカカオ村へたどり着いた。
そして村を歩く通行人のひとりを捕まえて言った。
「そこの冒険者さん!ちょっと助けてください!」
急な呼びかけに驚きながらも、冒険者は立ち止まった。
「え?僕?」
通行人の冒険者――トレースはとぼけた顔で言った。
「あーあ、なんでうまくいかないんだろう」
伝承の樹の前でひとり残されたアンネは思わずそうこぼした。
「なんで伝わらないかな……」
そう言って、アンネは樹に近づく。樹の裏側、目立たない位置に、人が削った文字が刻まれている。
『僕は父さんを越えてナンバー1になる!』
それは幼い日の誓い。2人の小さな約束。
アンネはそれを思い出していた――
「またここにいたの」
樹の前で子どものシンが下を向いている。それを見つけた子どものアンネは心配そうに声をかけた。
「今日もみんなから言われた……❝おまえがタレスさんの息子だなんて信じられない❞って……魔法を習ってるときに……」
シンは下を向いたまま悲しそうに言った。
「そんなの無視すればいいじゃない!気にしなければ――」
「だって僕の魔力が小さいのはほんとのことだ!」
シンがアンネの慰めを強くはね返す。
「僕に魔法使いとしての才能は、ないのかもしれない」
シンが言って、アンネは寄り添う言葉を探している。そのうちにシンは顔を上げて言った。
「でも僕は負けない。いつか父さんを越える魔法使いになって、みんなを驚かすんだ!」
シンは樹の裏側に回ってごそごそと何かやっている。
「僕はこの樹に誓う!父さんを越えてみせるって!」
アンネも樹の裏側に回ると、シンの宣言が確かに刻み込まれていた。
「うん!シンならきっとできる!」
「アンネもそれを見届けて!ずっと!ずっと!僕の夢が叶う時まで!」
――今は古傷になったシンの宣言の文字を撫でて、アンネは笑った。
「小さいときはあんなに自信家だったのにね……」
アンネが思い出を懐かしんでいると、近くに人の気配を感じた。
その冒険者は、何やら木々などの植物といった自然物を虫眼鏡を覗いて見つめている。
「ふむふむ!行動力の謎はカカオ村にあり!そう睨んだおいらの調査は果てしなく続く――」
やがて冒険者のほうもアンネに気づき、その少しふっくらした体をこちらに向けて言った。
「おいらはローダー!情報屋だぞ!」
❝信念をもって行動する❞
偉大なる魔法使いタレスの原点であり、理念の全てである。
小さな村の生まれながら、タレスが残した業績は華々しい。
孤立した村々を結ぶ交易路の開拓。魔法教育の普及。大干ばつからの復興支援。そして各地を巡って人々を助けた数々の冒険。
いつしか人々は彼を❝生ける伝説❞と呼んだ。
そしてタレスは、今日も人々を助けるため、その信念のもと、人々の前に立っている。
「怪物の討伐――その危険にも関わらず、この任務に集まってくれたみんなに、まずは礼を言いたい。ありがとう」
村での決起集会。タレスが言った。集まった武闘派のNPCたちが応える。
「そして協力を申し出てくださった冒険者の皆さんにも、重ねて感謝を示したい」
怪物討伐の旗印に集まった者は100人を越えている。その中には複数のプレイヤーギルドの姿があった。
「何を何を。タレスさん、あなたの大義あってのこと。われわれギルド連合も協力を惜しみません」
冒険者の代表として、ハロルドが答えた。他にもレヴィ、ゼノ、ルシアがいて、全人未届が複数のギルドからなる連合を束ねていることがわかる。
「そういえばシンは来てないか?」
タレスは群衆の中に自らの息子を探して言った。
「あいつまた……!樹の所でしょうね、呼んできますか」
「いや、いい」
「でもあいつこんな大事なときに!」
「それがシンの信ずるところならば、わたしもそれを信頼する」
「はあ。親子っていうのはそういうものですか」
タレスが話している。NPCのイベントを経て、ギルド連合のプレイヤーも会話が活発になってきた。
「ハロルドさん、俺たちの強行参加を認めてくださったこと、感謝しています。再挑戦の機会を作ってもらって、それを無駄にはしません」
LGNの戦闘ギルド、スカイスクレーパーのジークが言った。
「まだロストしたペナルティも解けてないんだろ?無理はするなよ」
ハロルドは気遣いの言葉をかけながらも、その表情は真剣そのものだ。言葉の裏にある「足を引っ張ることはするなよ」という意味を読み取り、ジークはたじろいだ。
「はい。今回スカイスクレーパーで集まったのはこの4人だけですが、精いっぱい戦います!」
ジークの意気込みに、後ろのロイ、リュカ、ノエルも同調する。
「ま、しっかりやんな」
ハロルドがいつもの飄々とした態度に戻って言った。
「はーい冒険者の皆さーん!こちらで登録を済ませておいてください!戦闘配置に、勝利したときの戦果の配分と、後ほど必要になりますので!」
わずかに、冒険者の列ができる。
やがて登録を行うひとりの冒険者を前に、NPCは言った。
「フラニさん?おひとりですか?ギルドは無所属、と……はい、登録は済みました、討伐への参加ありがとうございます」
フラニは全人未届の4人をぎらぎらと見つめて思った。
❝全人未届がなんぼのもんじゃい!こっちだって戦闘には自信がある!❞




