第1部(16)
家に帰ると、父がいた。
ハルトは家の中に緊張感が走るのを感じている。
「珍しいね、父さん」
そう言ってからハルトは、何か嫌味を言ってしまった気がして、まごつく。
「ああ。荷物を取りに来ただけだ」
ハルトには視線もやらず、ハルトの父は荷物を整理する。
それを見たハルトは、気遣う意味などなかったと思いながらも、勇気を出す。
「一緒に夕食を食べていったら。母さんも喜ぶよ」
そこでハルトの父は初めて手を止めて、ハルトのほうを見た。
「そんなことはどうでもいい。ハルト、おまえはまだ大学に通うつもりか。成果を出せ。それができない人間に価値などない」
これで伝えるべきことは言い終わった――そんな風にハルトの父は荷物を持って行こうとする。
その父の姿に反発するように、ハルトも階段へ駆け込み、自分の部屋へ向かう。
「またゲームに逃げるのか」
振り返りもせずハルトの父はそう言った。
ハルトが階段で立ち止まり、振り向いて父の姿を探したときには、玄関のドアが閉まる音だけがそれに答えた。
怒りをぶつける先を見失ったハルトは、自室でリヴを起動する。
父への反抗心――それだけの気持ちでリヴ世界に入ったハルトは今、ぼーっと街道の隅に立ち尽くしながら、エルドルイン王国の首都、リールの街並みを眺めている。
そうだ。とハルトは思い出した。今月に入って5日も経つのに、セラ姫の神託を受けていない。
目的を見つけたハルトは、とぼとぼと歩いてエルドルイン城の地下へ入った。
聖域の祭壇にはセラ姫がいる。
「西へ行きなさい。その道のりであなたは宝を見つけるでしょう」
セラ姫のお告げを受けた。でも次の目的が見つからない。お告げをもらいに来たのに、ハルトの両足は西へ動こうとはしなかった。
地下の聖域で、ハルトは動けずにいる。
そうしてどれくらいの時間が過ぎた頃だろうか。
「あーもうわたしがやるしかないか!ちょっとちょっと!」
セラ姫のほうから、声をかけてきた。そんな会話パターンには遭遇したことがない。
「あなた、今すぐにでも消えてなくなりたいって顔してる。さすがにほうっておけない」
セラ姫にしては、やけに砕けた口調。
「でもね、人が下を向いていいときは、全てをやり尽くした後よ。ひたむきにやってもうこれ以上ないって、下を向いていいのはそのときだけ。わたしはそう思ってる」
やけに真剣な顔で、セラ姫は語る。
「壁にぶつかってるなら、全ての方法は試した?対人関係なら、しっかり言葉を尽くして当たった?現状に絶望してるなら、本当に光が差す可能性はあり得ないの?」
正論を並べてみせて、セラ姫はしばし黙った。
「そりゃわたしだって、お告げという形でしかあなたを救えない……そりゃ、わたしだって……」
そう言ってセラ姫も下を向く。
それからぱっと表情を切り替えて、
「答えだけ渡してごめんね!とにかく元気出して!」
と言い残すと、セラ姫はもう何も言わない。
いつものようにNPCとして静かな顔でプレイヤーからの入力を待っている。
なんだったんだ?今の?
ハルトが思い返しながら疑問符を浮かべている頃には、不思議とその心は軽くなっていた。なぜか笑っている。
もう一度、ハルトはセラ姫を見た。
世界全ての呪いを一身に受け、世界全てを祈りで支える、エルドルインの姫。
「オーダーアクション」
思いついたときには、ハルトはそう言ってセラ姫の前にかがんでいる。
「この姫を救う」
――ハルトがセラを認知した最初の記憶
険しい山々。
山々の谷間を縫って、1本の道が走る。
その一点に、戦場はあった。
道が向こうへ続くのをふさぐ、巨大な魔物。
ゼリーのような材質でぶよぶよと膨れ上がっていて、❝魔物❞というよりは❝魔力の塊❞といったほうがふさわしいかもしれない。様々な色が混じり合って濁っている。
その魔物を正面に向き合うプレイヤーの群れ。
❝どこだ?俺はどこで間違えた?❞
その先頭に立ち、ジークは自問する。
魔物から魔力があふれ出し、プレイヤーの群れを襲った。
「ライオス、クロウ、エイラ、ロスト!」
3人のプレイヤーの体力が尽き、その体が消散する。プレイヤーの戦闘不能を意味する【ロスト】である。
残った4人ほどのプレイヤーがすがるような目つきでジークを見た。
LGNの戦闘ギルド❝スカイスクレーパー❞のリーダー、ジーク。所属する20人ほどのメンバー全てを引き連れてこの魔物を倒しに、レイドバトルにやって来た。
しかし戦闘でメンバーの大半をロストして失い、自らも満身創痍でジークは立っている。
「うわあああ」
何も言わないジークに絶望を感じたのか、戦士職のプレイヤーが斧を振り上げて魔物へ突っ込んでいく。
「行くなロイ!」
ジークが止める間に、戦士職のプレイヤー――ロイはどろどろとした魔物の一部に飲み込まれている。
「物理攻撃は効かない。魔法攻撃は吸収される。いったいどうしろって!」
魔法使い職のプレイヤーが、無駄だとわかりつつ詠唱を行い魔法を魔物にぶつける。
「リュカ!やけになるな!態勢を立て直せば――」
魔法使い職のプレイヤー――リュカもまた魔物からあふれ出す魔力の奔流に飲まれた。
僧侶職のプレイヤーが前へ出て、ジークをかばうように立った。
「ノエル!」
僧侶職のプレイヤー――ノエルは武器である棍を構えて顔だけをジークに向ける。
「ジーク!あなただけでも逃げて!スカイスクレーパーのリーダーとして生還するのよ!」
ノエルの言葉に、ジークが逃走を考え逡巡する。
魔物のゼリー状の体が赤色に染まった。そして、周囲に魔力の粘液をあふれ返した。
魔力エネルギーの大波に飲まれ、スカイスクレーパーはその全員がロスト。全滅した。
レヴィはいつものように時間通りに着席した。
目の前のパーソナルデバイス画面を操作し、会議用の専用アプリを起動する。
画面には分割された8つの枠。自分を含めその5つが埋まっていた。
「時間だ。これより攻略評議会を行う」
レヴィの声がボイスチャットを通じて参加者に伝わる。画面で等分に分割されたひとつの枠に『レヴィ』という名前と、レヴィのリヴでのプレイヤーアバターが映し出されている。そしてそのアバター映像は、レヴィの口や身振りの活動に合わせて動く。
他の4つの枠にはそれぞれ、大柄な男性アバター、きらびやかで美しい女性アバター、長身の男性アバター、小柄な男の子のアバターが映っている。
「おまえらの顔が見れて嬉しいぞ。元気にやってたか?」
ハロルドの声。大柄な男性アバターの口元が動いた。
「えーっと、戦闘シークエンスで全員集合して以来?あれは面白かったねー!」
きらびやかな女性アバターが言った。名前の欄には『ルシア』とある。
「あれだけ全力で暴れられたのは久しぶりだった!オレも血が騒いだぜ」
長身の男性アバターが発言。名前の欄には『ゼノ』。
「今日の頂上会議には5人が参加か。忙しい中よくやるねー」
ルシアが言った。
「一番忙しい奴がそれ言うか?あらためて言わせるなよ、みんなリヴに夢中なんだ」
ゼノがそう言ったところで。
「会議の場だ。私語は慎んでくれ」
雑談になりそうな流れをレヴィは止めて、続けて言う。
「今回の議案は他でもない。先日、戦闘ギルド❝スカイスクレーパー❞が討伐に失敗したレイドについてだ」
そこで、小柄な男の子のアバター――シオンが初めて口を開き、会議の進行を引き継いだ。
「ここからはボクが説明するよ」
若く幼い声でシオンは言う。
「リヴが用意する❝レイド❞は1体のレイドボスと紐づき、これを目的に倒すのが基本ルール。本件のレイドターゲット❝ディスパリテ❞――リヴはこの魔物の名前をこう示している――こいつはゼリー状の怪物でサイズは特大。物理攻撃の衝撃は緩衝材としての性質が吸収、魔法攻撃も魔力の塊としての性質が同化して飲み込んでしまう。厄介だよ。そして無尽蔵とも思えるその魔力の供給源は別の所から来てそう。今解析を進めてて計算中」
シオンが説明を終えると、うん、とレヴィがうなずく。
「これがスカイスクレーパーがその全滅を対価に持ち帰ってくれた情報だ」
続けてレヴィはシオンの話を補足する。
「そしてディスパリテは、険しい山々が地域ごとの連結を阻んでいるベルデ山脈を通る唯一の道をふさぐように現れた。ここは交通の要衝で、NPCも困っていて独自に魔物を倒そうとする動きもあるようだな」
さらにハロルドが言った。
「今までは戦力の逐次投入で様子を見てたが、スカイスクレーパーでダメだったら、その上はもう俺らだけ」
導かれた結論を、レヴィが引き取った。
「全人未届が動くしかない状況だ」
その誘いに、まずはゼノが反応。
「オレは参戦するぜ。レイドはリヴにおける戦闘の華。主役はオレだろ!」
次にルシアが参加を表明。
「わたしも行こうかなー。楽しいステージになりそう」
一方のシオンは淡々と言った。
「ボクは不参加。❝計算❞が忙しい。後方の手伝いに回らせてもらうよ」
ハロルドも続いた。
「レヴィも行くだろ?じゃあ俺を合わせて全人未届の4人でガイドだ!」
今回のレイドに参戦する者が決まった。レヴィは言う。
「ではこのレイドに全人未届の半分が参加。半数が暇人、か」
「おいおい辛辣だなレヴィ!トレーニングの時間を削って行くんだぜ!」
「わたしは、ファンが待つ所ならどこへでもー」
ゼノ、ルシアと、レヴィの悪態に答えていく。
「レヴィ、おまえも同類、その仲間だろ?仲良くしようや」
ハロルドがそう言ってまとめると、レヴィが最後に言った。
「怪物❝ディスパリテ❞の討伐、LGNの全人未届がガイドする!」
これにて攻略評議会は閉会。次々と参加者が会議アプリから抜けていくのを確認すると、レヴィも閉じ、パーソナルデバイスの電源を落とした。




