第1部(15)
ローダーの部屋。
真っ暗闇の画面に向かって、眼鏡の男が呟きながら忙しく手を動かしている。
「ふふふ……稀代の演出家の血が騒ぐぞ……」
深夜遅く、ある動画がLGNのコミュニティサイト、ネットワークに投稿された。
それは、皇帝の真実の姿を語るストーリー。
『皇帝ソフィー』
そう題された動画は直後から瞬く間に再生数を伸ばし、拡散されていく。
『わたしの名前を呼べ!』
『わたしは、あまりに多くの嘘をついた……』
『……信じそうになったよ』
『おまえが本当に青いソラネの花を咲かせたら……そのときは、話の続きを聞かせてくれる?』
『誰に笑われようと、わたしはここに青いソラネの花を咲かせたい』
『永遠だって……言ったじゃないか……!』
『わたしをソフィーと……もう一度そう呼んでくれ……』
そして、リアルでも❝祭り❞が起こった。
リヴのプレイヤーコミュニティ、そのネット空間を巻き込んだ熱狂。
『うおおお感動!』
『泣いた』
『皇帝が女性だったのこの伏線!?』
『最後の願いってこれだったのか!』
『切ない』
『アルフォンソ、おまえ永遠って言っただろ!言ったじゃん!泣』
『リヴの本気を見た』
『花の名前❝ソフィー❞以外ありえないだろ今すぐ投票してくる』
『確かに❝ソフィー❞一択』
『今日から皇帝じゃなくてソフィーって呼ぶわ』
『え待って投票サイトまだ間に合う?』
その熱狂はそのまま投票へと注がれた。
すさまじい勢いで得票数が伸びてゆく。
皇帝の本当の名前を、皆で呼んでいるかのように。
世界もまた、皇帝の名前を見つけた。
「屈辱だ!」
苦々しい声が上がった。
ソファに座るハロルドは、その大きな体躯を伸ばしながら声の主に言う。
「まあ落ち着けよ、レヴィ」
レヴィと呼ばれた人物が答える。
「落ち着けるか!LGNが先を越されたんだぞ!」
「そんなに気にするなよ。誰かがいち早く❝ソフィー❞の項目を作った。それだけだろ」
「あの皇帝の本名――ソフィーこそリヴが不可能の花につけたかった名前に違いない。つまりわがLGNより先に❝正解❞を導き出した奴がいるんだ!」
レヴィの怒りはおさまらない。男の格好をしているが、声の響きから女性であることがわかる。
「確かにな、それがどんな連中なのかは俺も気になるがな」
「責任の所在は明らかにさせるぞ!なぜ皇帝の謎を解き明かすのが遅れたか!担当の班は何をやっていた!」
「そこまで責めてやるなよ。そもそも鏡を行き止まりのシークエンスだと❝攻略❞したのは他ならぬLGNだ」
「だから何だ!」
「それが花のほうとつながっているとは……だがクエストさえ発生しないのでは、見つけようがない。連中はどんな魔法を使ったんだ?」
「項目の作成者が匿名だったからよかったものの、そうでなければLGNは全世界に恥をさらすところだった!」
「動画の作成者も不明。名乗り出す奴さえいないのは不自然だが……」
「追ってこの失態は明らかにして取り返す!ハロルド、おまえにも働いてもらうぞ!」
ばたん、とドアを閉めてレヴィが部屋を出ていく。
「くくっ。どこかに俺たちの集合知を追い越した連中が潜んでる……これだからリヴは面白い!」
本当に愉快だというように、ハロルドは声を出して笑った。
シークエンス7日目。その最終日。
セラ姫の所で3人は集まって、祝杯の準備を進めている。
「❝ソフィー❞の名前が他の全部を追い抜いて現在第1位!得票の勢いからしてこれで決まりだ!」
フラニが言った。
「新しく生まれた青い花の品種名……不可能の花の名前は❝ソフィー❞で間違いないぞ!」
言いながらローダーも喜びを隠せない。
「うん。みんなのおかげだ。ありがとう」
3人の中心で、トレースが言った。
「何言ってんだ!おまえの構想のたまものだ!」
「われらがリーダーの功績だぞ!」
フラニ、ローダーがトレースの肩を叩く。
そして3人は投票の残り時間を確認した。
残りの時間はあとわずか。
リヴを愛するプレイヤーたちがカウントダウンをして、そのときを、同時進行型シークエンスという史上最大のお祭りの終わりを待っている。
そして、何かが始まるのを期待して浮かれている。
考察勢の意見では、世界イベントが起こるとされていた。
とにかく3人は異様な昂揚感に包まれながら、そのときを待った。
「3……2……1……ゼロ!」
フラニがカウントをとった。
「得票数第1位……決定を確認!」
ローダーが報告。
「おめでとう……ソフィー……アルフォンソ……!」
トレースが言った。
「じゃあ作戦成功を祝して、乾杯!」
フラニが音頭をとる。
3人がグラスを合わせたときだった。
統合シークエンス『名前も知らない瞳たち』
――新たなシークエンスの発生が告げられた。
「え!?統合シークエンス!?なんだよそれ!」
まずフラニが声を上げる。
「震源地はエルドルインが首都リール。つまりこの街……城を出てすぐの所だぞ」
ローダーが情報を確認して言った。
外から花火の上がる音が聞こえてくる。
「お!?本当に祭りがあるってこと!?行ってみようぜ!」
音に気づいたフラニがもう走り出している。
ローダーも続いて、トレースも歩き出した。フラニは地下の出口あたりにいる。
「待って、トレース」
声を上げたのは、セラ姫。
フラニ、ローダー、そしてトレースはその声に足を止めた――
一方、統合シークエンスの震源地、王国エルドルインの首都リール最大の広場にはかつてないほどのプレイヤーたちが集まってきていた。
プレイヤーたちは、夜空に上がる花火を見ながら、リヴが最後に用意した本物の祭りを体感している。
『マジリヴ神!』
『みんなでお祝いだー!』
『❝名前も知らない瞳たち❞って、俺たちプレイヤーのこと!?ここに集まってきてる人を祝福してるんだ!』
『しかもさ、❝名前❞――❝知らない❞――❝瞳❞――全部シークエンス名を引き継いでる!みんなで成功させたシークエンスを合わせて受け継いで❝名前も知らない瞳たち❞!』
『じゃあ❝鏡❞だけ失敗!?LGNの見立ては正しかったんだな!』
史上最大のお祭りは更新され、プレイヤーたちはそれを楽しんでいる。
それを尻目に足早に抜けていく3人の姿に目を留める者は、いない。
――足を止めた3人に、セラ姫は言った。
「わたしの話を聞いて」
出口の所から、フラニが戻って来てローダーと集まり、トレースは一歩セラ姫の前へ出た。
「あなたたちは、あなたは真実を映す鏡の所へ行く」
セラ姫はトレースだけを見ていた。3人はそれがわかったから、トレースだけが答えた。
「ストーリーを聞かせてよ」
セラ姫の指示めいた発言に、トレースは理由を尋ねなかった。ただ、セラ姫の向こう側に魂があることに気づいている、そういう合図をした。
「わたしはもう語りません。わたしだけの物語を。2人の物語を進める時が来たから」
ちぐはぐとした会話だった。暗号めいているというか。それでも2人は何かを伝えようとしている。
「鏡の所に行けば、キミはそこにいるの?」
トレースの直接的な問いに、セラ姫の顔が暗くなる。
「わたしは、そこにはいない……でも!」
セラ姫は下を向いてから、もう一度トレースを見た。
「行こう」
トレースはフラニとローダーに言っていた。
トレースにとって、ハルトにとってもうメッセージの解読は重要じゃない。
「鏡の所へ!」
ローダーは逡巡した。フラニが聞いた。
「俺たちも行っていいのか?」
セラ姫は「はい」とうなずいた。
真実を映す鏡のある場所へ。
チェックポイントを経由し、テイアンへ。鏡の所に歩いていく。夜。まばらにNPCの姿はあるが、プレイヤーはひとりもいない。
3人は今、広場にいる。
トレースが鏡の前に立った。
❝正直❞を映す鏡は、トレースの姿を映さない。
一度❝嘘❞として映した者を、鏡は許さない。識別パターンが変わることはない。
それでも鏡は例外を作った。❝皇帝❞と❝恋人❞の間で揺れたひとりの女性を前に。途中まで入ったヒビがそれを告げている。
トレース=ハルトは思った。
最初にこの鏡が僕を映さなかったとき、僕は見透かされたと思った。
当の本人である僕が、セラの向こう側にいる魂を信じ切れていないこと。
リヴが現実世界からの逃げ道なら、セラの魂はその究極形。都合のいい妄想にしておくのが、一番だ。
でも、僕はソフィーとアルフォンソの物語を見た。
信じることは、けして報われることを約束しない。
何世代も後に実る花もあれば、1代で終わる帝国もある。
2人は生きて、描いた軌跡の先に何を見たのか?
僕のこの先に何があるのか?
何もなくていい。
それでも信じること。
僕はそれを尊いと思った。
信じることは、けして報われることを求めない。
今、不可能を超える時だ。
ハルト=トレースは目を閉じた。
「僕は、キミを信じるよ」
そう言葉を贈って、トレースは目を開いた。
鏡にトレースが映っていた。
鏡は再び❝矛盾❞を映した!
ヒビが大きくなっていき、鏡が割れる。
その向こうに、世界が広がっている。
動的クエスト『瞳に映る知らない名前』発生
ユニークエラー型
成功条件:なし
失敗条件:なし
トレースがフラニとローダーを見た。
2人がうなずいて、パーティは鏡の向こうの世界へ突入する。
そこは、鏡面世界だった。
周り一面が鏡で、線が走って鏡面を作り全体で幻想的な壁になっている。
それぞれの面が、何かの場面を映している。
皇帝伝説の歴史の場面。ソフィーとアルフォンソで恋人の場面。他にも世界の様々な一面を、壁の部分部分が映している。
パーティは奥へ奥へ進む。先頭を行くトレース。
進む間にローダーが自説を展開する。
「なるほどな。LGNが示したひとつだけ❝行き止まり❞のシークエンス。それはある意味正しかった」
隣りのフラニにローダーは話していく。
「❝皇帝を映した鏡❞は、成功が絶対不可能でなければならなかった。なぜなら、4つ全てを統合した完全なシークエンスは隠されたメッセージだったからだ」
そのとき、壁の鏡面全ての映像が切り替わった。
全体でひとつの場面――リールの広場で起こっているプレイヤーたちのお祭り騒ぎをリアルタイムで映している。
「❝名前も知らない瞳たち❞――この3つの統合シークエンスはフェイク。本物は、これら3つに鏡が❝映した❞ときだけ現れるクエスト❝瞳に映る知らない名前❞」
祭りの反対側――正に世界の裏側で、パーティは何かを覗こうとしている。
「つまり、今回のシークエンス全て、それはセラ姫からトレースへの1通のラブレターだった」
最奥までやって来た。
そこには1輪の青いソラネの花――ソフィーが咲いていた。
自然と、トレースはその花に手を伸ばした。
トレースが花に触れたとき、花から声が聞こえてきた。
『あーあー、聞こえますか?』
女性の肉声。セラ姫のキャラクターボイスとは明らかに異なる。
『ちゃんと届いてるかな?え?ちょっと!もう終わ――』
時間にすれば数秒。
けれど確かに、トレース=ハルトはそのメッセージを受け取った。
わたしはここにいるよ。
それを噛み締めてから、トレースはローダーへ言った。
「なあ、ローダー。今のも記録してただろ?ストーカーっぽくてちょっと気持ち悪いけど、僕にその音声データをくれない?」
ローダーは軽く笑って承諾。
「いいぞ。今すぐ音声だけできるだけ綺麗に抽出してくれてやる」
しばらくの間、微動だにしないローダーのアバター。
「え?嘘だ、そんなわけが!」
動き出したローダーが、驚いている。
「音声が記録できてない……」
結果は変わらないはずなのに、ローダーががちゃがちゃと荷物をひっくり返す。
「そんなことあるわけない!これがデータである限り、観測できるのが道理!」
ローダーが考え込む。
「なのに実際には何もない……存在してるのに、ない……」
ローダーは何か重要な真実にたどり着こうとしている――そう感じた2人は思考を遮らないように待った。
「リヴにはデータの向こう側が、データでは観測できないものが存在している……?」
最後に残ったのは新たな謎だった。
そして一部始終を一緒に見届けたフラニは、全く違うことを考えていた。
フラニ=ケイは思った。
俺は、ずっとハルトが嘘を言ってると思ってた。つらい現実の逃げ道――そう切り捨てながらも、友情だと思って付き合ってきた。
でも❝現実❞はどうだ?
セラ姫の向こう側に、彼女はいた。
逃げてたのは、俺だ。
苦く、甘く、味わったことのない真実を、3人は覗いたのだ。




