第1部(20)
伝承の樹。
その前に立ちふさがったトレースは、レヴィを見ながらも背中にかかるプレッシャーを感じていた。怪物の侵食、それはゆっくりでも確実に広がり、じりじりと辺りを飲み込もうとしている。
何かを変えなければならない。
そう考えていたトレースは、閃きの先の結論に忠実に行動した。
「通信魔法。全方位オープン!」
通信を開き、振り返って怪物に剣を構えたまま向かっていく。
『自分はトレースです!差し迫った状況を変えるため、怪物の内部に侵入します!』
範囲内の受信できる全ての者はトレースの次の一手を聞いた。
迷いなく、自らの意志で怪物の中へ飲み込まれてゆくトレースの背中を、レヴィは見送った。
❝思いつくままに不確定状況の中へ突っ込むだと?❞
レヴィは舌打ちした。
「時間をかけすぎた……ここはもう飲まれる!」
レヴィは狙いを放棄し、再びハロルドと合流することを選択した。
トレースとレヴィがいなくなったところへ、今度はアンネとローダーがやって来た。
アンネは倒れているシンを見つけて駆け寄った。シンは大事ないというように起き上がる。
先のことが思い出されて、2人はばつが悪そうに立ち尽くす。
アンネは一度ローダーを見た。ローダーが両拳をぐっと握って背中を押す。
アンネはついに、言った。
「わたしはもう逃げないよ。ねえ、シン……いつか2人でした約束をおぼえてる?」
その瞬間に2人ともが反応した。
「――わたしはおぼえてる!まだ2人の夢を信じてるの!シン、あなたが好き!」
「――おぼえてるさ!だからその夢を叶えないと、キミに告白できないんじゃないか!」
同時に、かぶさって、アンネとシンは告白している。
それが何かおかしくて、2人は笑い合った。
「アンネ、いつもキミが勇気をくれる」
シンはアンネから渡された魔導書を開いた。
スキル:ハイフレア
大きく燃え盛る魔法が怪物の侵食を一際強く払った。
「これでしばらくここは大丈夫だろう。アンネ、キミも安全な場所へ」
アンネはうなずく。
「僕は、父さんの所へ行く!」
決意を口にして、シンは怪物のほうへ駆け出していった。
「頑張れ、シン……」
アンネが見送ると、ローダーは奇妙な反応を見つけて声を上げた。
「約束が刻まれた跡!その❝1❞の部分が異様な輝き!」
さっとローダーは樹の裏側に刻まれた文字列の所へ行く。
「見たことのない例外反応!これは見逃せない!今すぐ解析しなきゃだぞ〜!」
ローダーが言って、その場に寝転がって動かなくなった。
心配になったアンネは、ほうっておけずに膝枕でローダーの頭を支えた。
「ふう。ゲームだから、呼吸の心配はない」
怪物の中へ入ったトレースは、現状を確認するように言う。
「水中みたいに少し動きにくいけど……」
怪物の内部は正に濁った海のようだった。そこには、水生生物の形をした魔物がたくさん棲んでいて、トレースに気がつくと襲いかかってきた。
「何ができるか……やってみるさ!」
トレースは魔法剣をひるがえし、戦いを始めた。
アンネの膝の上ですやすやと寝ているローダー。
急にローダーの体が、ぴこーんと飛び上がるように起きた。
「情報の残骸!大発見だぞ!」
びっくりするアンネをよそに、ローダーはきょろきょろと周りを見てから、マップUIでパーティとして共有する位置情報を確認した。
「トレースは、怪物の中?ならばおいらも突入!だぞ!」
どこどこどこどこ!
ローダーも怪物の内部に入っていく。
怪物の海に入ったローダーは、荷物ストレージから❝両翼ファン❞を取り出して、それを装備。両肩のファンが海流を作り出し、すいすいとローダーは進んでいく。
やがてトレースの姿を見つけると、興奮のままにこう話し出した。
「トレース!ついにデータの向こう側をとらえたぞ!」
「どういうこと?」
魚の魔物を斬り払って、トレースは聞き返した。
「シンとアンネの約束の落書き……!そこにデータではない、それでも確かに情報が刻まれていたぞ!言わば❝情報の残骸❞とでも名づけようか……!」
少しでも安全な位置へ移動しながら、ローダーの発見を聞く。
「刻まれていたのは❝1❞という数値!デジタルなデータじゃないのに1って数!それがはっきりと存在してる!」
「なるほど、それがこの怪物を倒す突破口になるんだな!」
「いや?これだけじゃ何も利用価値のない情報だぞ」
「え?」という顔でトレースはローダーを見る。ローダーも「何か問題でも?」という顔でトレースを見つめ返す。
――後方戦闘面
レヴィが帰ってきて、ハロルドに短く報告をする。
「すまない。成果は持ち帰れなかった」
「そうか。そんな顔をするなよ。成果がないのはこちらも同じだ」
ハロルドも答えた。指揮をとる本陣で、見込みのない戦況を前にして2人はくすりと笑った。
シンもタレスの所へやって来ていた。
タレスはこくりとうなずいて、何も言わずにシンを迎え入れた。
「あとはこの怪物を倒すだけなのだがな」
タレスは怪物を見た。
必要なのはきっかけだ。契機となる手がかりを、全員がほしがっていた。
そして、それをもたらすのは自分たちだという自負を持って、フラニは戦い続けている。
魔法を乱舞させながら、思考を続ける。
❝でも俺ひとりじゃ無理……わかったこと……3人でなきゃ……!❞
マップUIの位置情報を見れば、トレースとローダーは怪物の体内。
❝おいおい!俺は常識持ちなんだ……2人とも無茶を要求しすぎる……❞
フラニはタレスを探した。そしてその姿を見つけ近寄ると、こう頼み込んだ。
「タレスさん、勇気を貸してください!」
タレスもフラニのほうを向いて、続くフラニの話に耳を傾ける。
「あのお守り……借り受けても?」
導きの方位石。フラニはそれにお守りとしての役目を期待して言った。
タレスは柔らかく笑って答えた。
「キミになら、喜んで託そう。キミたちなら、何かを起こせると、わたしも信じているよ!」
方位石を取り出すと、タレスはそれを手渡してまた戦いへ戻っていく。
フラニは方位石をぎゅっと握り締めた。
「うおおおおおお!」
雄叫びとともにフラニも怪物に突入。
フラニが素早い泳ぎで移動して、トレースとローダーの2人を発見する。
「フラニ!」
トレースが呼び込んで、3人は再び集合を果たした。
「俺さ……俺……!」
フラニが咳き込むように話し出して、その言葉がつっかえる。
「俺がトレースに付き合ったのは、ほんとは、ゲームに夢中になってるトレースをリアルに引き戻すためだった」
やがてしっかりとした口振りに戻って、フラニは言う。
「俺はゲームなんて仮想じゃなくて、現実に目を向けてほしかったんだ!でも、逆にゲームに夢中になってる俺がいた……」
話し続けるフラニを、トレースが真剣な目で見守っている。
「そしてトレースは❝向こう側❞を証明した。何か俺は自分が情けなくなったよ。でもそうしたら俺も、リヴとリアルを真っすぐに見つめられた」
それからフラニは、トレースとローダーを順番に見て、2人へ言った。
「ここには現実を超える何かがある。俺も信じるから、それを一緒に追いかけようぜ!」
フラニが告白を終えた。トレースは涙ぐんでいた。
そこで、ローダーがフラニが握り締めている方位石に気がついた。
「んんっ!?例外反応!?」
ローダーがフラニから方位石を取り上げる。
「これも情報の残骸だぞ!」
さらに解析を進めたローダーが言った。
「❝上という方向❞!その性質を帯びている方位石!」
トレースが、方位石の上に曲がった針を見て、そのまま視線を上へ向けて、怪物越しに空を見た。
「今度こそ、使えるんじゃないか……!」
トレースの閃きにフラニもたどり着く。
「そっか!怪物は混沌とした魔力の海。ここに❝上❞っていう志向を作れば!」
「魔力は乱れて噴き出す!」
3人で、突破口を見つけた!
「でも具体的にはどうすればいいんだ?」
フラニが言ったのを、ローダーが自信満々に受け取る。
「任せろ!」
がさごそとストレージからローダーはあるアイテムを取り出した。
「情報虫!情報と生き物の中間に位置する不思議生物だぞ。こいつは最初に食べた❝情報❞をコピーしてひたすら増殖する!」
「この情報虫に方位石の❝上❞を食わせる!やるじゃんローダー!」
「無駄な荷物なんてない!見直したぜ!」
あとは行動するだけだ。
ローダーが情報虫に導きの方位石を食べさせると、瞬く間に2つに3つになり、どんどん虫の形をした❝情報❞の複製を作り出していく。
「怪物が❝上❞で満たされるのを確認したら俺らも脱出するぞ!」
フラニが言って、3人の作戦開始の合図となった。
トレース、フラニ、ローダーの3人が吐き出されるように怪物から解放された。
怪物から素早く離れながら、トレースは叫んだ。
「仕掛けは作った!あとはキミたちに任せる!」
「ありったけの魔力をぶつけろ!」
フラニも叫んで、道を示す。
数刻、奇妙な時間が流れた。
プレイヤーもNPCも、急に現れた3人組の指示を怪しんでいる。指示系統にない指揮に、すぐに反応できる者はいない。
最初に声を返したのは、レヴィだった。
「この3人は意味のないことは言わない」
それを聞いて、次にハロルドが言った。
「信じてみっか……!」
それは通信魔法で前方戦闘面にも伝わった。
まずはゼノが反応。
「あんたがそう言うんなら、やってみる価値はある!」
ルシアにもつながって、彼女は言った。
「みんな、魔力を込めて!もうひと頑張りだよ!」
ルシアが歌う。
ゼノは怪物に突進して魔力の波を薙ぎ払い、攻撃のタイミングを作る。
最後にハロルドが宣言した。
「全員魔法準備!総攻撃だ!」
決まれば、皆の動きは早かった。
タレスも、シンも、魔法を使える者は詠唱を始める。
やがて全ての魔法攻撃が、怪物を襲った。
いつものように全ての魔法が怪物に吸収されていくのを見守り、皆は固唾を飲む。
――怪物の反応は、今までと全く違っていた。
内部の魔力は乱れに乱れ、ひたすら上へ上へと向かい大きな流れを作る。
濁った色がかき混ざるように上へと引っ張られ、ほどなくして一気に噴き出した。
火山が噴火したかのように、魔力エネルギーが空へと舞い散っていく。
怪物の最後。
その全てが空へと放たれ、道が開いた!
皆が歓声を上げる。
しかし、すぐにレヴィがそれを制した。
「空に放たれた魔力はいずれここ一帯に降り注ぐ!」
「その通りだ!退避!時間はあるのか!?」
ハロルドも反応して指揮をとり始めた。
トレースは思った。
僕らプレイヤーはロストしても復帰できる。でもここにある村や町は、自然は戻らない!人は還らない!世界に傷跡が残る!
シンが樹に向かって走り出していた。
❝ここだ!ここしかない!食いしんぼうの魔力を吸う樹!❞
移動をしながら、シンは心の中で叫び続ける。
伝承の樹にたどり着いたシンは、足早に駆け寄った。
樹は、まだ眠っていた。
シンが手のひらで樹に触れて、魔力を込める。
「目覚めて!目覚めてよ!」
いつしかシンの頬を涙がこぼれていた。
「キミは魔力を食べる樹!目の前にごちそうがあるよ!」
しかしシンの魔力では、樹は目覚めない。
「お願い!」
そのとき、大量の魔力が樹に流れ込んだ。後ろから温かな魔力を感じる。
シンが振り返ると、タレスがいた。シンを包み込むように後ろに立ち、魔力を注いでいる。
「おまえが信じるものを、わたしも信じている。なんでこんな簡単なことを言ってやれなかったかな」
樹が、目覚めた。
樹は空に広がる魔力を見つけると、物凄い勢いでそれを吸い始めた。
赤、青、緑、黄色、紫と、空には様々な濁った色で魔力が浮かんでいる。
その全てを樹は吸い込んでいく。
掃除機がゴミを吸い込む様のように、怪物の禍々しい魔力を樹は綺麗に食べ終えた。
げふっと満足そうに樹は❝ごちそうさま❞をする。
空は、晴れていた。
今度こそ、ギルド連合のプレイヤーたちが、有志のNPCたちが鬨の声を上げ、喝采する。
シンがほっと息をひとつして、樹を見上げた。
「樹が、実ってる……?」
樹は不思議な光を放ち、今まで吸ってきた魔力を今度は吐き出していた。
澄み切った色に変えて、樹は魔力を空へ放っていく。
赤、青、緑、黄色、紫と。様々な彩りで。
幻想的で、美しい光景だった。
「綺麗……」
アンネが言った。
皆がその光景に見惚れていた。皆が、レイドバトルの末に至った最初の❝ご褒美❞である情景に見入っていた。
「この魔力の息……魔除けの力があるな」
タレスが冷静に、実った樹の役割を見抜いた。
「かなり強力な魔物除けの結界を作るだろう……この樹がある限り、この道は守られる」
シンは言い伝えを思い出し、頭の中で復唱した。
『この樹が実るとき、人々をつなげる守護者となるだろう』
タレスがシンへ言った。
「よくやったな、シン。おまえはやり遂げたんだ」
タレスがシンの肩を叩いた。シンはその手に自分の手のひらを重ねた。
感動的な結末の中、ローダーは解析を続けている。
「んんっ!?この❝景色❞にも例外反応!?」
しっかりと確認をとると、ローダーはにやりと笑う。
「3つの情報の残骸……解析しがいがあるぞ」
そう言い残してローダーは一足先にリアルへ帰っていった。
――数日後、ローダーが招集をかけた。
2人は応え、セラ姫のいる城の地下で3人は集まっている。
「何がわかったって?」
フラニが言って、トレースもローダーを見た。
「ついに❝行動力上限突破❞の扉を開いたぞ!」
ローダーの宣言に、トレースもフラニもわくわくし始める。
「行動力の上限は1000でデータ的には閉じてる。これは前に話したな?」
うん、と2人はローダーに続きをうながす。
「でもおいらたちはデータの向こう側にも行ったし、情報の残骸も拾った」
ローダーがあらためて、情報をつなぎ合わせる。
「3つの残骸が指し示したもの、それらを組み合わせると、❝上❞に❝1❞つの❝空間❞……行動力のパラメータにそういうものがあることを突き止めた!」
ぱあっとトレースの顔が明るくなり、フラニもうなずいてみせる。
「じゃあそれを埋めることができれば――」
「セラは救える!」
「……かもしれない」
フラニ、トレース、ローダーと言った。
「おいー!そこは言い切れよ!」
フラニが突っ込むのに、ローダーも答える。
「おいらは情報屋。不確かなことは言えない。あくまで可能性の段階だぞ」
気を取り直して、フラニが言う。
「俺たちの目標が決まったな」
「記念すべき日だぞ」
「うん。3人でギルドを作ろうよ!」
行動力1000の上にはひとつの空間があって、そこにたどり着ければ、何かが起こるはず。
トレース=ハルトはセラ姫を見た。
❝そして僕らはもうひとりの存在を確かめに行く❞
「+1……僕たちは今日から❝プラスワン❞だ!」
トレースが3人の前に手を差し出した。
その手の甲にフラニとローダーが手を重ねて、円陣を組んだ。
トレース、フラニ、ローダーの3人でギルド❝プラスワン❞を結成した瞬間だった。




