第1部(13)
その夜深く。
『ごめんな、いつもキミ任せで負担をかけて。リアルは大丈夫?』
ハルトからローダーへのテキストメッセージ。
『大丈夫だ、任せろ!とにかく記憶の欠片を解析するしかないだろ。どこかに皇帝の本名が記憶されてると信じて。今夜いっぱい当たってみる』
『うん。無理はしないでほしいけど、投票を受ける時間を考えるとリミットは近い。僕もできることはやるよ!』
そこへケイが参加してきた。
『今日の晩ごはん』
メッセージと一緒に送られてきた画像になかなかのごちそうが映っている。
『休憩も飯も大事に』
次の日、トレースはセラ姫の前にいた。
セラ姫は心なしか嬉しそうに見える。祭壇の隅には花瓶に生けられた青い花。
「飾ってくれたんだ」
照れくさそうにトレースが言う。
不思議そうにセラ姫は答えた。
「綺麗だったから」
飾らない理由があるの?というように。
「おーいトレース!」
「うー寝足りないぞ」
フラニが目をこすりながらふらふら歩くローダーを引っ張ってやってきた。
「でも成果はあったぞ!」
ぱっと笑顔を見せて、ローダーはあるアーティファクトを出した。
それはアルフォンソの部屋で見つけた鏡の形をした記憶の欠片。
「許可を得て借りてきた記憶の欠片を徹底的に解析した。そしたら面白いことがわかった」
食いつく2人にローダーは言った。
「記憶の欠片は❝喜ばせる❞ことができる!」
どういうこと?という顔でさらなる説明を求める2人にローダーは応える。
「実際にやってみるぞ。この記憶の欠片の場合、条件は面白い嘘をつくこと」
記憶の欠片に向かってローダーが立て続けに叫ぶ。
「フラニは女の子!皇帝は2人いた!?皇帝影武者説!芸術は爆発だ!」
それって嘘か?とフラニは思いつつ、目の前の記憶の欠片が段々と光り輝くのを見た。
「条件を達成した記憶の欠片は❝結晶化❞する!するとさらなるもうひとつの記憶を見ることができる!」
まずローダーが記憶の欠片に手を伸ばした。残る2人も続いて、3人は記憶に触れる。映像が起こる。
皇帝の国とハーベル国の外交交渉は最終局面を迎えていた。
皇帝側は皇帝自身。ハーベル側は宰相。
その2人が対面し、何かを決断し条約を締結するならその場はここしかない。
周りにはたくさんのそれぞれの関係者がいたが、妙な静けさが会場を包んでいる。
ここまでの交渉、事前の準備で合意の下地は整っていた。しかし、その❝道理❞に❝感情❞がついて来ていない。お互いが相手を信じられず、そんな疑心暗鬼の空気があたりを支配していた。
皇帝は黄色のソラネの花を、テーブルに置いた。
「知っていますか?この世には青いソラネの花は存在しない。そうやってわれわれは、まだここにないものを夢想し、それを実現しようとする」
ハーベル側陣営が、花を見た。そしてその向こうにある青い花をも。
「誰に笑われようと、わたしはここに青いソラネの花を咲かせたい」
必要なのは、きっかけだった。そして皇帝はそれを作った。
❝嘘でもなんでも最後は正直な気持ち。これが一番大事なんだ❞
アルフォンソ、またおまえに助けられたな。
皇帝は心の中で呟いた。
映像が終わった。フラニが一言。
「なるほどな」
フラニが続けて言う。
「だからあの絵に青い花が描かれていたのか」
「約束の先……だね」
「あれは外交成功の先にある帝国じゃなくて、ホラ吹き男の小さく大きな誓いの先を信じたものだった……」
フラニの言葉に、場がしんとする。
「しんみりしてる暇はないぞ。ここにも皇帝の名前はなかっただろ」
ローダーが前を向かせる。
「だとすると、残る記憶の欠片は、アルフォンソさんのお墓と、真実を映す鏡の所にあるものの2つ……いや皇帝記念館のものを合わせて3つか!」
トレースが言った。
「まあ、お墓の成功条件は確定的。そこを潰そう」
花瓶の青い花を見ながらフラニが言って、ローダーが続いて言う。
「お墓に不可能の花を供える!簡単だろ!」
目の前に答えがある、と2人はトレースを見た。
少し機嫌のいいセラ姫と、脳裏には花をプレゼントしたときの嬉しそうなセラ姫も浮かぶ。
そこから花を取り上げるなんて!
「……もう一束買う」
「え?」
絞り出されたトレースの声に、フラニが反応。
「ポルトでもうひとつ青い花を買ってから、それを供える!」
今度は大きな声でトレースが明言。
「トレース!あの花がいくらしたか忘れただろ!」
ローダーが言った。
「男気だ!世界的に需要のあるリヴの通貨❝ジェム❞はリアルマネーに近い!それを!」
フラニも心を打たれたように言った。
「行くよ!ポルトへ寄ってからアルフォンソさんのお墓へ!」
果たして、アルフォンソの墓に青いソラネの花が手向けられている。
墓が記憶の欠片としての機能を見せ、光り輝いていく。
3人が、タイミングを合わせながら墓に触れた。
アルフォンソの墓の前に、皇帝。
皇帝の重たい正装も、今日は喪に服している。
ひとり、墓を見つめ、皇帝は動かない。
やがて愛おしそうに墓石に触れると、皇帝はこう言った。
「叶わなかったね……」
皇帝が、アルフォンソへ語りかけるように呟き出した。
「でもずいぶん真面目にやったそうじゃないか。いろんな人が、おまえを褒めていた。いろんな人が、おまえの情熱に動かされ始めていた」
アルフォンソがそこにいるかのように。
「最後は嘘も言わないで働いて……こんなに早く逝くなんて、頑張りすぎだ」
皇帝が崩れ落ちて、墓石に寄りかかる。
「もう一度おまえの嘘が聞きたい」
皇帝は顔を伏せてむせぶ。
「永遠だって……言ったじゃないか……!」
ぽたぽたと、皇帝の涙が墓石を伝った。
映像が終わり、トレースが言う。
「ターナー一族の原点と、ひとりのホラ吹き男が偉大な研究者になった、その終点」
フラニは号泣しすぎて、鼻をかんでいる。
「ここにも答えはなしだぞ」
「感傷に浸ってる暇もない、か。テイアンへ行こう」
「うおおー皇帝!アルフォンソぉぉぉ!」
「はあ、皇帝ロスだ。いやむしろ皇帝アルフォンソ推し。いずれにせよロスだ」
軽く落ち込むフラニ。
テイアンは真実を映す鏡がある開けた場所。
ローダーは鏡のそばの記憶の欠片に向かって座り込み、頭を掻いている。
「1回は隈なく調査済みのアーティファクト。打つ手がないぞ」
トレースが立ち尽くして言った。
「なんとか結晶化への成功条件を見つけないと」
フラニが急にふらりと立ち上がって、そのままふらふらと歩いていく。
「俺、皇帝記念館のほうの記憶の欠片見てくるわ。特別展示のやつな」
とりあえず体を動かし出したフラニの背中が遠くなっていく。
そのフラニが帰ってくるまで、調査に進展はなかった。
「特別展示は終わってた。この記憶の欠片が本命だろう」
まだ力なくフラニが報告。
「でも取っかかりが……」
トレースが言って、パーティが途方に暮れ始めた頃。
あっちから駆けてきた少女が、目の前で派手に転んだ。
びえええええん!
案の定泣き出して、周りのプレイヤーは困惑の表情。明らかに迷惑がっている者もいる。
一番に駆け寄ったのは、フラニだった。
「おー大丈夫だ。落ち着いて、おいちゃんの目を見てみ。飴ちゃんもやろう」
フラニが一粒の飴を少女の口に入れ、その後も声をかけ続けると、少女は段々と落ち着いてきた様子だ。
あいつらしいな、とトレースはそれを見ている。
「記憶の欠片に反応!弱いが、確かに光った!」
ローダーが声を上げた。
「じゃあ今のフラニの働きが?」
トレースが言うと、ローダーも結論づける。
「そうか!皇帝は帝国圏の全ての民の幸福を思っていた。トリガーは、NPCの、国民の幸福度!」
「お手柄じゃん!フラニ!」
当のフラニは、少女の頭を撫でてきょとんとしていた。
しばらく検証した結果、帝国の、すなわちほとんどのリヴ世界に住む民の幸福度を上げること。今回の記憶の欠片を❝喜ばせる❞ための条件はそれで間違いないなさそうだ。
「問題は、結晶化するまでに必要な民の幸福量がはっきりとはわからず、要求量が大きいことだぞ」
ローダーの問題提起に、トレースが返す。
「まず僕たちが困ってる人を助けるのは当然として、何か戦略は?」
「有効性の検証が必要」
「他のプレイヤーに呼びかけたら?」
「無理。そもそもの難易度が高いのに今はみんなシークエンスに夢中」
そこで2人の会話にフラニが割って入った。
「あーうだうだ口を動かしてる場合か!手を動かすんだよ!とにかく俺たちで住民を助けるんだ!」
まずは自分が、とフラニは駆け出して道に迷ってる住民の案内を始める。
トレースとローダーもそれにならって人助けをしに散らばっていく。
掃除。荷物運び。お悩み相談。ケンカの仲裁。諸々。
3人は終日何かの手伝いに追われた。
パーティが挑む、シークエンス最後の❝ボランティア作戦❞の始まりだった。




