第64話「前夜の影」
終業式まで、あと二日。
放課後の昇降口に貼られた紙を見た瞬間、
陽斗の胸がざわついた。
《白石透子へ》
《明日では遅い》
《今日 放課後 理科室》
《“影”より》
透子は紙を見つめ、
ほんの一瞬だけ息を呑んだ。
「……今日、ね」
陽斗は言った。
「行こう。
一緒に」
透子はうなずいた。
「ええ。
終わらせましょう」
理科室の前は、
放課後とは思えないほど静かだった。
扉は半開き。
中は薄暗い。
陽斗はごくりと唾を飲んだ。
「……入るよ」
透子はうなずいた。
二人で扉を押し開ける。
──そこに、
人影があった。
窓から差し込む夕陽に照らされ、
白い紙を手にしたその影は、
ゆっくりと振り返った。
三田村だった。
陽斗は息を呑んだ。
(やっぱり……
三田村……
お前が……)
しかし透子は、
三田村をじっと見つめたまま言った。
「……あなたなのね」
三田村は微笑んだ。
「そうだよ。
ずっと……
白石さんを見てた」
陽斗は一歩前に出た。
「なんで……
こんなこと……」
三田村は陽斗を見ず、
透子だけを見ていた。
「白石さんの推理……
本当に綺麗だった。
黒板に書く文字も、
図の描き方も、
考え方も……
全部、綺麗だった」
透子は静かに言った。
「……だから真似したの?」
三田村はうなずいた。
「うん。
白石さんがいなくなるのが……
嫌だった。
寂しかった。
だから……
白石さんの“代わり”になろうと思った」
陽斗は震えた。
(代わり……
白石さんの……
代わり……
そんなの……
できるわけ……)
透子は一歩前に出た。
「三田村くん。
あなたは私じゃないわ」
三田村の笑顔が、
少しだけ歪んだ。
「わかってるよ。
でも……
僕は白石さんのこと……
ずっと見てた。
誰よりも。
相沢くんよりも」
陽斗は息を呑んだ。
(……僕より……?
そんな……
でも……
三田村は……
本当に……
ずっと見てたのか……)
透子は首を振った。
「見てただけよ。
私のことを“理解”していたわけじゃない」
三田村の表情が固まった。
透子は続けた。
「私の推理の“形”は真似できても、
“考え方”は真似できない。
私が何を大事にして、
何を嫌って、
何を怖がっているか……
あなたは知らない」
三田村は震えた声で言った。
「……知りたいよ。
だから……
代わりになりたかったんだ」
透子は静かに言った。
「代わりなんて、いらないわ」
三田村は目を見開いた。
陽斗は一歩前に出た。
「白石さんの代わりなんて……
誰にもできないよ。
僕にも……
あなたにも……
誰にも」
三田村は、
その言葉に耐えられなかったように
顔を伏せた。
「……白石さんがいなくなるのが……
怖かったんだ……
いなくなったら……
僕……
何を見ればいいの……」
透子はゆっくりと言った。
「三田村くん。
私がいなくなっても、
あなたの世界は終わらないわ」
三田村は涙をこぼした。
「……終わるよ……
白石さんがいない学校なんて……
意味ない……」
透子は首を振った。
「終わらない。
あなたはあなたの世界を生きなさい。
私の影じゃなくて」
三田村は崩れ落ちた。
陽斗は息をついた。
(……終わった……
これで……
事件は……)
透子は三田村に背を向け、
陽斗の方を向いた。
「相沢くん。
行きましょう」
陽斗はうなずいた。
二人は理科室を出た。
夕陽が差し込む廊下で、
透子は小さくつぶやいた。
「……これで本当に、
終わりね」
陽斗は言った。
「白石さん……
僕……
絶対に会いに行くから」
透子は微笑んだ。
「……うん。
待ってる」
──影との対峙は終わった。
残るのは、
別れだけだった。




