第62話「影の輪郭」
終業式まで、あと三日。
朝の教室は、
昨日よりも静かだった。
ざわつきはある。
でもそれは、
“誰かを笑う”ざわつきではなく──
“誰かを見ている”ざわつきだった。
陽斗は席に座りながら、
その空気の変化を感じていた。
(……今日は……
透子さんへの視線が減ってる……
代わりに……
教室の後ろの方を見てる人が多い……)
透子はいつも通り、
静かに席に座っていた。
しかし、
その横顔は昨日より少しだけ硬かった。
──二時間目の休み時間。
黒板の端に、
新しい紙が貼られていた。
《観察⑤》
《対象:白石透子》
《仮説:白石透子は“影”を意識している》
《結論:白石透子は“代わり”を探している》
陽斗は息を呑んだ。
(……代わり……
また……
代わり……
白石さんの……
代わり……)
そのとき、
後ろから声がした。
「……これさ」
男子が黒板を見ながら言った。
「白石さんじゃないよな。
書き方は似てるけど……
なんか違うし」
「じゃあ誰が書いてんだよ」
「……三田村じゃね?」
その名前が出た瞬間、
教室の空気が変わった。
陽斗は振り返った。
教室の後ろの席で、
いつも一人で本を読んでいる男子──
三田村。
彼は、
紙を見ていなかった。
ただ、
静かにページをめくっていた。
でも──
その手が、
ほんの一瞬だけ止まった。
透子は三田村を見た。
「……三田村くん」
三田村は顔を上げた。
「なに?」
「あなた、
私の推理をよく見ていたわね」
三田村は淡々と言った。
「見てたよ。
綺麗だったから」
その言い方が、
妙に引っかかった。
陽斗は思わず言った。
「三田村……
お前……
白石さんのこと……
ずっと見てたよな」
三田村は笑った。
「見てたよ。
でも──
僕じゃないよ」
その言い方が、
逆に不気味だった。
透子は目を細めた。
「……そう。
ならいいわ」
しかし、
陽斗は気づいていた。
(白石さん……
“ならいいわ”って言ったけど……
本当は……
三田村を疑ってる……)
──昼休み。
陽斗は透子の机に向かった。
「白石さん……
三田村……
怪しくない?」
透子は弁当を食べながら言った。
「怪しいわね。
でも──
“怪しすぎる”のよ」
「え……?」
「犯人なら、
あんな挑発的なこと言わないわ。
もっと隠すもの」
陽斗は考えた。
(確かに……
三田村は……
堂々としすぎてる……
犯人なら……
もっと……
隠れるはず……)
透子は続けた。
「相沢くん。
この事件……
“私の影”が動いてるのよ」
陽斗は息を呑んだ。
(白石さんの……
影……)
透子は続けた。
「そして──
その影は、
私の代わりになろうとしている」
陽斗は拳を握った。
「白石さん……
僕が……
一緒に解くから」
透子は横目で陽斗を見て、
ほんの少しだけ笑った。
「……頼りにしてるわ」
──放課後。
昇降口に、
新しい紙が貼られていた。
《白石透子へ》
《“影”はあなたのそばにいる》
《あなたの“代わり”は、
あなたの知らない場所にいる》
陽斗は息を呑んだ。
(……そばにいる……
知らない場所……
それって……
クラスの中……?
誰か……
ずっと白石さんを見てた人……)
透子は紙を見つめ、
静かに言った。
「……相沢くん。
この人……
“私の近くにいた人”よ」
陽斗は背筋が冷たくなった。
(白石さんの近く……
でも……
白石さんは……
誰とも深く関わってない……
じゃあ……
“近くにいた”って……
どういう意味……)
透子は続けた。
「明日、
もっとはっきりするわ」
陽斗はうなずいた。
「うん。
一緒に見に行こう」
夕暮れの昇降口で、
二人の影が並んだ。
──影の輪郭は、
確かに浮かび上がり始めていた。
しかし、
まだ“名前”は見えない。




