第61話「静かな矛先」
終業式まで、あと四日。
朝の教室は、
昨日までとは違うざわつきがあった。
「今日の紙、黒板に貼ってあったらしいぞ」
「なんか“観察④”とか書いてあったって」
「白石さんの字に似てるよな、やっぱ」
声のトーンは軽い。
でも──
昨日までの“面白がり”とは違う。
どこか、
“誰かを見ている”空気。
陽斗は席に座りながら、
その空気を肌で感じていた。
(……今日は……
なんか……
違う……)
透子はいつも通り、
静かに席に座っていた。
でも、
クラスの視線が
昨日より明らかに“透子の方へ”向いていた。
──二時間目の休み時間。
黒板の端に貼られた紙を見に行くと、
昨日よりさらに“透子の書き方”に近づいていた。
《観察④》
《対象:白石透子》
《仮説:白石透子は“影”を意識し始めた》
《結論:白石透子は“動く”》
陽斗は息を呑んだ。
(……白石さんが……
動く……?
そんなこと……
書く意味……)
そのとき、
後ろから声がした。
「白石さん、
本当に書いてないの?」
女子の声だった。
責めるような調子ではない。
ただ、
“確認したい”という空気。
透子は紙を見つめたまま言った。
「書いてないわ」
その声は、
いつも通りの冷静さ。
でも──
ほんの少しだけ
“硬さ”があった。
女子は続けた。
「だよね……
でも……
似てるから……
ちょっと気になって……」
透子は答えなかった。
陽斗は胸がざわついた。
(白石さん……
いつもなら即答するのに……
今日は……
少しだけ……
揺れてる……)
──昼休み。
陽斗は透子の机に向かった。
「白石さん……
大丈夫?」
透子は弁当を広げながら言った。
「大丈夫よ。
ただ……
少しだけ、
“面倒”になってきただけ」
陽斗は息を呑んだ。
(面倒……
白石さんが……
そんな言い方……)
透子は続けた。
「相沢くん。
今日の紙……
“私が動く”って書いてあったわね」
「うん……」
「私を“観察”してる人がいる。
でも──
“理解”はしてない」
陽斗は思わず聞いた。
「どうして分かるの?」
透子は窓の外を見た。
「理解してるなら……
私が“動く”なんて書かないわ。
私は……
そんなに単純じゃないもの」
陽斗は胸が熱くなった。
(白石さん……
自分のこと……
ちゃんと分かってる……
でも……
誰かが……
それを真似してる……)
透子は言った。
「相沢くん。
今日も放課後、見に行きましょう」
陽斗はうなずいた。
「うん。
一緒に」
──放課後。
昇降口に、
新しい紙が貼られていた。
《白石透子へ》
《“影”はあなたを見ている》
《あなたの“代わり”は、
すぐそばにいる》
陽斗は息を呑んだ。
(……代わり……
白石さんの……
代わり……
そんなの……
誰が……)
透子は紙を見つめ、
小さくつぶやいた。
「……相沢くん。
この人……
“私になりたい”のよ」
陽斗の背筋が冷たくなった。
(白石さんの……
代わり……
なりたい……?
そんな……
誰が……)
透子は続けた。
「でも──
“私の代わり”なんて、
誰にもできないわ」
陽斗は思わず言った。
「僕も……
そう思う」
透子は横目で陽斗を見て、
ほんの少しだけ笑った。
「……ありがとう」
夕暮れの昇降口で、
二人の影が並んだ。
──疑いの矛先は、
静かに透子へ向かい始めていた。
“影”は、
確実に近づいている。




