第60話「静かな疑い」
終業式まで、あと五日。
朝の教室は、
昨日よりも少しだけざわついていた。
「また紙あったらしいぞ」
「今日のは昇降口じゃなくて廊下だって」
「誰が貼ってんの?」
声のトーンは軽い。
でも──
昨日より“興味”が混ざっていた。
陽斗は席に座りながら、
その会話を聞いていた。
(……また出たんだ……
昨日の第二稿より、
さらに精度が上がってるのかな……)
透子はいつも通り、
静かにノートを開いていた。
(白石さん……
本当に気にしてないのかな……
でも……
昨日のあの一言……
“理解してない”って……)
──二時間目の休み時間。
廊下に貼られた紙を見に行くと、
昨日よりもさらに“透子の書き方”に近づいていた。
《観察③》
《仮説の修正》
《条件の再整理》
陽斗は紙を見つめた。
(……やっぱり……
昨日より精度が上がってる……
白石さんの書き方に……
近づいてる……
でも……
どこか違う……
“本物じゃない”感じ……)
そのとき、
後ろから声がした。
「相沢、
お前……
最近ずっと紙見てね?」
陽斗は振り返った。
男子が二人、
軽い顔で立っていた。
「いや、別に責めてるとかじゃなくてさ」
「なんか……
相沢だけ反応が違うっていうか」
陽斗は言葉に詰まった。
(……違う……
僕はただ……
白石さんが……
巻き込まれてる気がして……)
でも、
言葉にできなかった。
「まあ、気にすんなよ」
「ただの遊びだろ、これ」
男子たちは笑って去っていった。
陽斗は紙を見つめたまま、
胸の奥がざわつくのを感じていた。
(……僕だけ……
反応が違う……
そう見えるんだ……
確かに……
白石さんのことばかり考えてるし……
でも……
だからって……)
──昼休み。
透子は弁当を広げながら、
静かに言った。
「相沢くん。
今日、何か言われた?」
陽斗は驚いた。
「え……
なんで分かるの?」
透子は箸を置いた。
「顔に出てるわよ。
いつもより“考えすぎてる顔”」
陽斗は苦笑した。
(白石さん……
僕のこと……
そんなふうに……
見てたんだ……)
「……ちょっとだけ。
紙のこと、
僕が気にしすぎてるって」
透子は淡々と言った。
「気にしていいのよ。
あなたは“気にする側”なんだから」
陽斗は息を呑んだ。
(……気にする側……
白石さんは……
気にしない側……
でも……
昨日のあの一言……
“理解してない”って……
あれは……
本当は……)
透子は続けた。
「相沢くん。
今日も放課後、見に行きましょう」
陽斗はうなずいた。
「うん。
一緒に」
──放課後。
昇降口に、
新しい紙が貼られていた。
《白石透子へ》
《“観察”は順調に進んでいる》
《あなたの“影”は、
あなたの知らない場所にいる》
陽斗は息を呑んだ。
(……影……
昨日も書いてあった……
白石さんの影……
それって……
誰のこと……)
透子は紙を見つめ、
静かに言った。
「……相沢くん。
この人……
私のことを“観察”してるわね」
陽斗は背筋が冷たくなった。
(白石さんを……
観察……
そんなこと……
誰が……)
透子は続けた。
「でも──
“理解”はしてない」
陽斗は思わず聞いた。
「どうして分かるの?」
透子は夕陽の方を向いた。
「理解してるなら……
こんな“雑な真似”はしないわ」
陽斗は息を呑んだ。
(白石さん……
本当に気づいてる……
何かに……)
透子は言った。
「相沢くん。
明日も見に行きましょう」
陽斗はうなずいた。
「うん。
一緒に」
夕暮れの昇降口で、
二人の影が並んだ。
──静かな疑いは、
陽斗の周りから
じわりと広がり始めていた。




