第59話「ざわめきの始まり」
終業式まで、あと六日。
朝の教室は、
いつもより少しだけざわついていた。
「昨日の紙、見た?」
「なんか観察とか仮説とか書いてあったやつ」
「白石さんの字に似てたよな」
でもその声は、
どこか“面白がっている”だけで、
誰かを疑うような鋭さはなかった。
陽斗は席に座りながら、
その会話を聞いていた。
(……昨日の紙……
白石さんの書き方に似てたけど……
本人じゃない……
じゃあ……
誰が……)
透子はいつも通り、
静かにノートを開いていた。
紙の話題にも、
まったく反応しない。
(白石さん……
本当に興味ないんだ……
でも……
あれは……
白石さんを“見てる”誰かが書いた……)
──二時間目の休み時間。
黒板の端に、
新しい紙が貼られていた。
《観察②》
《仮説の修正》
《条件の追加》
昨日より少しだけ、
書き方が洗練されている。
「また出てる」
「誰だよこれ書いてんの」
「白石さんじゃないよな」
クラスの反応は軽い。
ただの“変な遊び”扱い。
陽斗は紙を見つめた。
(……昨日より精度が上がってる……
白石さんの書き方に……
近づいてる……
でも……
やっぱり違う……
どこか……
“本物じゃない”感じ……)
透子は紙を一瞥し、
淡々と言った。
「……知らないわよ」
その声は、
昨日と同じ冷静さ。
でも陽斗には、
ほんの少しだけ
“気にしている”ように聞こえた。
──昼休み。
陽斗は透子の机に向かった。
「白石さん……
これ、誰が書いてるんだろうね」
透子は弁当を食べながら言った。
「知らないわ。
興味もない」
(……まただ……
興味ないって……
本当に……?)
陽斗は少しだけ勇気を出した。
「でもさ……
白石さんの書き方に似てるよね。
観察とか、仮説とか……
ああいう整理の仕方」
透子は箸を止めた。
「似てるだけよ。
真似しようと思えば誰でもできるわ」
その言い方は、
どこか“突き放すようで、
でも少しだけ寂しそう”だった。
陽斗は胸がざわついた。
(白石さん……
本当は……
気になってるんじゃ……)
──放課後。
昇降口に、
また紙が貼られていた。
《白石透子へ》
《“最後の一週間”を始めよう》
陽斗は息を呑んだ。
(……白石さん宛て……
でも……
白石さんは知らない……
じゃあ……
誰が……
白石さんに……
“最後の一週間”なんて……)
透子は紙を見つめ、
小さくつぶやいた。
「……相沢くん。
この人……
私のことをよく見てるわね」
陽斗の背筋が冷たくなった。
(白石さんを……
よく見てる……
そんな人……
誰だ……)
透子は紙から目を離し、
静かに言った。
「……でも、
“見てる”だけね。
理解はしてない」
陽斗は思わず聞いた。
「どうして分かるの?」
透子は夕陽の方を向いた。
「本当に理解してるなら……
こんな“雑な真似”はしないわ」
陽斗は息を呑んだ。
(白石さん……
気づいてる……
何かに……)
透子は言った。
「相沢くん。
明日も見に行きましょう」
陽斗はうなずいた。
「うん。
一緒に」
夕暮れの昇降口で、
二人の影が並んだ。
──ざわめきは、
まだ“遊び”の範囲。
でもその奥で、
確かに“影”が動き始めていた。




