第58話「一週間前の違和感」
終業式まで、あと一週間。
夏の匂いが校舎に満ちて、
教室の空気はどこか浮ついていた。
「夏休み、どこ行く?」
「プール行こうぜ」
「白石さん、転校まであと一週間か……」
そんな声が飛び交う中、
陽斗はなんとなく落ち着かなかった。
(……白石さんがいなくなる一週間……
こんなに早く来るなんて……)
そのときだった。
「おい、なんか貼ってあるぞ」
昇降口の掲示板に、
白い紙が一枚貼られていた。
近づいてみると──
細かい文字と図が並んでいた。
《観察》
《仮説》
《条件整理》
まるで、
透子が事件のときに黒板に書く“あの感じ”だった。
でも、
どこかが違う。
「これ……白石さんの字?」
「いや、似てるけど……違くね?」
「誰が書いたんだよ」
クラスの反応は軽い。
ただの“変な紙”扱い。
陽斗は紙を見つめた。
(……白石さんの書き方に似てる……
でも……
白石さんがこんなことするわけ……)
そのとき、
透子が人だかりを割って前に出た。
紙を一瞥し、
無表情のまま言った。
「……知らないわ」
それだけ。
クラスは「あ、そうなんだ」程度で散っていった。
陽斗は透子に声をかけた。
「白石さん……
これ、本当に知らないの?」
透子は淡々と答えた。
「知らないわよ。
興味もない」
(……興味もない……
白石さんらしいけど……
なんか……
いつもと違う気もする……)
──昼休み。
陽斗は透子の机に向かった。
「さっきの紙……
ちょっと気にならない?」
透子は弁当を食べながら言った。
「気にならないわ。
私はもうすぐいなくなるの。
今さら事件なんて、どうでもいい」
陽斗は胸が痛くなった。
(……そんな言い方……
やめてよ……
白石さん……
僕は……
まだ……)
陽斗は思わず言った。
「……じゃあさ。
最後くらい……
一緒に解こうよ」
透子は箸を止めた。
「……相沢くんが誘うなんて、珍しいわね」
陽斗は顔が熱くなった。
「だ、だって……
このまま終わるの嫌だし……
白石さんがいなくなる前に……
ちゃんと……
一緒にやりたいんだ」
透子はしばらく黙っていたが、
やがて小さく息をついた。
「……わかったわ。
放課後、見に行きましょう」
陽斗の胸が跳ねた。
(……よかった……
白石さん……
動いてくれる……)
──放課後。
昇降口の紙は、
いつの間にか“第二稿”になっていた。
《観察②》
《仮説の修正》
《条件の追加》
透子は紙をじっと見つめた。
陽斗は横で息を呑む。
(……さっきより精度が上がってる……
白石さんの書き方に……
近づいてる……
でも……
やっぱり違う……
どこか……
“本物じゃない”感じ……)
透子は静かに言った。
「……この人、
私のことをよく見てるわね」
陽斗は背筋が冷たくなった。
「え……
じゃあ……
やっぱり……
白石さんの……
模倣……?」
透子は答えなかった。
ただ、
紙の端に書かれた一行を指でなぞった。
《白石透子へ。
“最後の一週間”を始めよう。》
陽斗は息を呑んだ。
(……最後の一週間……
白石さんがいなくなる一週間……
それを……
誰かが……
“観察”してる……?)
透子は紙から目を離し、
ぽつりと言った。
「……相沢くん。
この事件……
前より厄介よ」
陽斗はうなずいた。
(白石さん……
僕が……
一緒に解くから……)
夕暮れの昇降口で、
二人の影が並んだ。
──“影”が動き始めた。
白石透子の影か、
それとも──誰かの心の影か。




