第57話「夏休みまで、あと少し」
夏の匂いが、校舎の隅々にまで染み込んでいた。
窓から吹き込む風はぬるく、
扇風機の回る音が、
授業中の眠気を誘う。
「夏休みまであと少し。期末試験さえなきゃなぁ」
「マジか、早くプール行きてぇ」
「宿題の量どうなるんだろ……」
「白石さん、夏服似合いすぎじゃね?」
「いや、あれはもう……天使だな」
男子の妄想は相変わらず暴走していたが、
どこか“遠慮”が混ざっていた。
──白石透子は、
一学期の終わりで転校する。
その事実が、
クラスの空気を少しだけ変えていた。
陽斗は、
透子の席をちらりと見た。
透子はいつも通り、
静かにノートを開いていた。
(……昨日のこと……
まだ胸が苦しい……
白石さん……
泣いてた……
僕の前で……
あんなの……
初めてだった……)
透子は、
陽斗の視線に気づいたのか、
ふと顔を上げた。
目が合う。
透子は、
ほんの少しだけ微笑んだ。
それだけで、
陽斗の胸は跳ねた。
(……好きだ……
やっぱり……
どうしようもなく……
好きだ……)
でも同時に、
胸の奥がじんわり痛んだ。
(夏休みが来たら……
白石さん……
いなくなる……
僕は……
どうすれば……)
──昼休み。
クラスの空気は、
いつもより静かだった。
「白石さん、転校かぁ……」
「なんか実感わかないよね」
「でも、もうすぐなんだよな……」
女子たちはしんみりしていた。
男子は男子で、
妙に落ち着かない。
「白石さん、神戸か……」
「遠いよな……」
「相沢、大丈夫か?」
陽斗は苦笑した。
「……大丈夫だよ」
(大丈夫じゃない……
全然……
でも……
言えない……)
透子は、
そんな陽斗の様子を
ちらりと見ていた。
しかし何も言わなかった。
ただ、
静かに見守っているような目だった。
──放課後。
陽斗は帰り支度をしながら、
透子の机の前で立ち止まった。
「白石さん……
今日、帰り……」
透子は顔を上げた。
「ごめん。
今日はちょっと寄るところがあるの」
「……そっか」
透子は鞄を肩にかけ、
教室を出る前に言った。
「相沢くん。
昨日のこと……
ありがとう」
陽斗は息を呑んだ。
(昨日のこと……
って……
あの涙のこと……?
それとも……
僕が“会いに行く”って言ったこと……?)
透子は続けた。
「……夏休みまで、
あと少しね」
その言葉は、
まるで“カウントダウン”のように
陽斗の胸に刺さった。
「うん……」
透子は小さく笑い、
教室を出ていった。
陽斗はその背中を見つめながら、
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
(……絶対に行く。
神戸でもどこでも……
絶対に……
会いに行く……
だって……
白石さんが……
僕に“来てほしい”って……
言ったんだから……)
夕陽が差し込む教室で、
陽斗はひとり、
深く息を吸った。
──夏休みまで、あと少し。
透子がいなくなる日が、
確実に近づいていた。




