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推しの悪魔は迷探偵  作者: 双鶴


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55/66

第55話「動かない探偵、沈黙する教室」

 五月のある朝。

 一年三組に向かう廊下の壁に、

 奇妙な紙が貼られていた。


 《 12 → 7 → 19 → 3 》

 《 4 → 4 → 16 → 1 》

 《 NEXT:1年3組 》


 数字だけの暗号。

 意味不明。

 でも──


 「これ……白石さん案件じゃね?」

 「また事件だ!」

 「相沢と白石の出番だろ」


 クラスは一瞬でざわついた。


 陽斗も思った。


 (……これは……

  絶対、白石さんが動くやつだ……

  僕も……

  一緒に……)


 しかし──

 透子は席に座ったまま、

 ノートを開いていただけだった。


 まったく反応しない。


 (……え?

  白石さん……?

  見えてない……?

  いや、絶対見えてる……

  なんで……?)


 クラスメイトもざわつき始めた。


 「白石さん、スルーしてる……?」

 「珍しい……」

 「どうしたんだろ……」


 


 二時間目の休み時間。


 暗号の紙はさらに増えていた。

 階段、掲示板、昇降口。

 どれも同じ数字の羅列。


 《 12 → 7 → 19 → 3 》

 《 4 → 4 → 16 → 1 》


 クラスはもう“事件前夜”の空気だった。


 「白石さん、そろそろ動くよな?」

 「動かないの逆に怖い」

 「相沢、なんか言えよ」


 陽斗は困った。


 (僕が言って動くなら……

  とっくに動いてるよ……

  白石さんは……

  そんな人じゃない……)


 そのとき、

 心配した女子が透子に声をかけた。


 「白石さん、体調崩してる?」


 透子は顔を上げた。


 「大丈夫よ。何で?」


 「だって……

  謎の張り紙に反応してないから。

  それも不思議だし、

  私達じゃ謎も解けないからモヤモヤしてきたし……」


 透子は淡々と言った。


 「私は謎好きでもオカルト好きでも推理好きでもないわ。

  わからない事があったら気になるだけ。

  興味が湧かない時は、別に何もしないわ」


 クラスがあっけにとられ静まり返った。


 透子は続けた。


 「それに──

  いちいちそれを噂にされたら、

  また相沢が誰かイジメられるだけよ」


 陽斗は息を呑んだ。


 (……白石さん……

  僕のこと……

  そんなふうに……

  考えて……)


 クラスの空気が変わった。

 ざわつきが、

 すっと引いていく。


 「……確かに」

 「相沢、前に大変だったしな」

 「白石さん、そういうの気にしてたんだ……」


 誰も笑わなかった。

 誰も茶化さなかった。


 ただ、

 “気づいた”という空気が広がった。


 


 陽斗は勇気を出して言った。


 「白石さん……

  でも……

  一緒に解決したくない?」


 透子は陽斗を見た。

 その目は、

 いつもの“事件モード”ではなかった。


 「ならないわ」


 「え……?」


 「この数列は意味のないイタズラ。

  私に取り組ませようとしただけよ」


 陽斗は胸がざわついた。


 (……白石さん……

  なんで……

  そんな言い方……

  いつもなら……

  “気になる”って言うのに……)


 透子はノートを閉じた。


 「相沢くん。

  私はね……

  “誰かの期待”で動くつもりはないの」


 陽斗は言葉を失った。


 (期待……

  僕も……

  期待してた……

  白石さんが動くって……

  僕と一緒に……

  また……)


 クラスは沈黙した。

 誰も暗号の話を続けなかった。


 透子の言葉が、

 全員に刺さっていた。


 ──噂が陽斗を苦しめる。

 ──だから、透子は動かない。


 その理由を、

 クラス全員が理解した。


 


 翌日。

 数字の張り紙はすべて剥がされ、

 誰も話題にしなくなった。


 「なんか……自然に終わったな」

 「白石さんが動かないと、

  逆に“事件にならない”んだな」

 「相沢も、ちょっと安心した顔してるし」


 陽斗は窓の外を見ながら思った。


 (……白石さん……

  僕のために……

  動かなかったんだ……

  それが……

  嬉しいような……

  寂しいような……

  複雑だ……)


 透子は席で静かに本を読んでいた。

 その横顔は、

 いつもより少しだけ柔らかかった。


 ──数字暗号騒動は、

 こうして静かに幕を閉じた。


 しかし、

 陽斗の胸のざわつきは

 まだ消えなかった。


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