第55話「動かない探偵、沈黙する教室」
五月のある朝。
一年三組に向かう廊下の壁に、
奇妙な紙が貼られていた。
《 12 → 7 → 19 → 3 》
《 4 → 4 → 16 → 1 》
《 NEXT:1年3組 》
数字だけの暗号。
意味不明。
でも──
「これ……白石さん案件じゃね?」
「また事件だ!」
「相沢と白石の出番だろ」
クラスは一瞬でざわついた。
陽斗も思った。
(……これは……
絶対、白石さんが動くやつだ……
僕も……
一緒に……)
しかし──
透子は席に座ったまま、
ノートを開いていただけだった。
まったく反応しない。
(……え?
白石さん……?
見えてない……?
いや、絶対見えてる……
なんで……?)
クラスメイトもざわつき始めた。
「白石さん、スルーしてる……?」
「珍しい……」
「どうしたんだろ……」
二時間目の休み時間。
暗号の紙はさらに増えていた。
階段、掲示板、昇降口。
どれも同じ数字の羅列。
《 12 → 7 → 19 → 3 》
《 4 → 4 → 16 → 1 》
クラスはもう“事件前夜”の空気だった。
「白石さん、そろそろ動くよな?」
「動かないの逆に怖い」
「相沢、なんか言えよ」
陽斗は困った。
(僕が言って動くなら……
とっくに動いてるよ……
白石さんは……
そんな人じゃない……)
そのとき、
心配した女子が透子に声をかけた。
「白石さん、体調崩してる?」
透子は顔を上げた。
「大丈夫よ。何で?」
「だって……
謎の張り紙に反応してないから。
それも不思議だし、
私達じゃ謎も解けないからモヤモヤしてきたし……」
透子は淡々と言った。
「私は謎好きでもオカルト好きでも推理好きでもないわ。
わからない事があったら気になるだけ。
興味が湧かない時は、別に何もしないわ」
クラスがあっけにとられ静まり返った。
透子は続けた。
「それに──
いちいちそれを噂にされたら、
また相沢が誰かイジメられるだけよ」
陽斗は息を呑んだ。
(……白石さん……
僕のこと……
そんなふうに……
考えて……)
クラスの空気が変わった。
ざわつきが、
すっと引いていく。
「……確かに」
「相沢、前に大変だったしな」
「白石さん、そういうの気にしてたんだ……」
誰も笑わなかった。
誰も茶化さなかった。
ただ、
“気づいた”という空気が広がった。
陽斗は勇気を出して言った。
「白石さん……
でも……
一緒に解決したくない?」
透子は陽斗を見た。
その目は、
いつもの“事件モード”ではなかった。
「ならないわ」
「え……?」
「この数列は意味のないイタズラ。
私に取り組ませようとしただけよ」
陽斗は胸がざわついた。
(……白石さん……
なんで……
そんな言い方……
いつもなら……
“気になる”って言うのに……)
透子はノートを閉じた。
「相沢くん。
私はね……
“誰かの期待”で動くつもりはないの」
陽斗は言葉を失った。
(期待……
僕も……
期待してた……
白石さんが動くって……
僕と一緒に……
また……)
クラスは沈黙した。
誰も暗号の話を続けなかった。
透子の言葉が、
全員に刺さっていた。
──噂が陽斗を苦しめる。
──だから、透子は動かない。
その理由を、
クラス全員が理解した。
翌日。
数字の張り紙はすべて剥がされ、
誰も話題にしなくなった。
「なんか……自然に終わったな」
「白石さんが動かないと、
逆に“事件にならない”んだな」
「相沢も、ちょっと安心した顔してるし」
陽斗は窓の外を見ながら思った。
(……白石さん……
僕のために……
動かなかったんだ……
それが……
嬉しいような……
寂しいような……
複雑だ……)
透子は席で静かに本を読んでいた。
その横顔は、
いつもより少しだけ柔らかかった。
──数字暗号騒動は、
こうして静かに幕を閉じた。
しかし、
陽斗の胸のざわつきは
まだ消えなかった。




