第50話「噂と告白と、言えない本音」
階段の“もう1人の自分”事件が解決してから二日後。
一年三組は、久しぶりに“平和な日常”を取り戻していた。
──ただし、平和なのは“事件”だけであって、
“陽斗と透子”の周りはまったく平和ではなかった。
「おい見ろよ、また一緒にいるぞ」
「完全に復活したな、あのコンビ」
「美女と野獣じゃん」
「いや、女王様と奴隷だろ」
「パブロフの犬って言ってたやつ誰だよ」
陽斗は机に突っ伏した。
(……なんでだよ……
なんで僕だけこんな言われ方……
白石さんは“美女”なのに……
僕は“犬”……?
犬……?
犬って……
吠えない犬……?
いや、そこじゃない……)
透子はというと、
まったく気にしていない。
「相沢くん、昨日の資料持ってきた?」
「えっ、あ、うん……」
「じゃあ放課後、図書室で続きをやりましょう」
その自然さが、
クラスの火に油を注いだ。
「ほら見ろ! 完全に主従関係!」
「相沢、呼ばれたら尻尾振ってるぞ」
「パブロフの犬確定」
(……僕は……
いつから犬になったんだ……?)
女子は女子で盛り上がる。
「白石さんってさ、相沢くんには優しいよね」
「いや、あれは優しいんじゃなくて“飼ってる”んだよ」
「飼ってるってピッタリ!!」
(…僕の尊厳……どこ……?)
そんな騒がしい日常の中で、
ある噂が静かに広がり始めた。
「ねぇ聞いた? 白石さん、転校するって」
「えっ、マジ?」
「お父さんの転勤らしいよ」
「うそ……」
陽斗は耳を疑った。
(……転校……?
白石さんが……?
そんな……
聞いてない……)
胸がざわつく。
嫌な汗が背中を伝う。
(もし……
本当に転校したら……
僕は……
どうすれば……)
男子たちは動揺し、
そして暴走した。
「やばい! 白石さんが転校する前に……!」
「告白しなきゃ後悔する!!」
「相沢に取られる前に!!」
「取らないよ!!」
──その日の学校
透子の行く先々で
男子が機会を伺った…
「白石さん! 好きです! 付き合ってください!」
「ごめんなさい」
「うわあああああ!!」
「白石さん! 前から……!」
「無理よ」
「ぎゃああああ!!」
「白石さん! 転校する前に……!」
「しないわよ」
「えっ!? じゃあ付き合って──」
「無理」
「うわあああああ!!」
女子たちは大盛り上がり。
「白石さんの百人斬りだ!」
「今日だけで何人振ったの!?」
「強すぎる……」
男子たちは絶望。
「相沢の呪いだ……」
「相沢のせいで白石さんが誰も受け入れないんだ……」
「相沢の結界……」
「僕のせいじゃない!!」
放課後。
陽斗は意を決して透子に聞いた。
「白石さん……
転校って……
本当なの……?」
透子は教科書を閉じ、
少しだけ考えるような間を置いた。
「さぁ……どうかしら」
「えっ……
どうかしらって……
そんな……」
透子は淡々と言った。
「父の仕事次第よ。
決まるまでは何も言えないわ」
陽斗の胸がぎゅっと締めつけられた。
(……そんな……
そんな言い方……
不安になる……
怖い……
白石さんがいなくなるなんて……
考えたくない……)
透子は陽斗の表情を見て、
少しだけ目を細めた。
「相沢くん。
そんな顔しないの」
「……だって……」
「決まってないことを心配しても意味ないわ。
それに──」
透子はほんの少しだけ、
声を柔らかくした。
「私は簡単にいなくならないわよ」
陽斗は息を呑んだ。
(……白石さん……
その言い方……
ずるい……
期待しちゃう……)
透子は鞄を肩にかけ、
教室を出る前に振り返った。
「さ、相沢くん。
これからも頼りにしてるわよ。
ついてきてね」
陽斗の胸が熱くなった。
(……やっぱり
僕は……
この人に……
ついていきたい…
犬じゃないから尻尾振らないけどね…)
──転校の噂は、
静かに、しかし確実に
陽斗の心を揺らし続けていた。




